Prologue
その娘の名は、「シンデレラ」。
シンデレラと呼ばれ、もとの名で呼ばれることは無いでしょう。
* * *
――可哀相な私。可哀相なシンデレラ。
シンデレラは毎日泣き暮らしていました。
豪奢なドレスと煌びやかな宝石を身に纏い、整えられた髪は金銀のかんざしで飾られ、唇には流行りの色の紅をさし、シンデレラはまるで磨かれた珠のように美しく変身しました。
ある日、お城の使いがやってきて、貧しい家に生まれた彼女を「シンデレラ」に生まれ変わらせたのです。
野良仕事をすることも、床に這いつくばって雑巾がけをすることも、ぼろぎれのような衣服を着ることもなくなりました。手のあかぎれも足のしもやけも癒えました。
けれど、シンデレラは笑顔を失ってしまったのです。
シンデレラは泣き続けます。
「かえして、もとの私に」
シンデレラは魔女を呪いました。
魔法をかけて、お城の舞踏会へといざなった、あの魔女――......
あの魔女さえ現れなければ。魔法をかけたりしなければ。
何もかも、あの魔女のせいなのだ。私を誑かし、不幸のどん底に突き落とした、憎い憎い魔女。
シンデレラは我が身の不幸を憐れみました。
王子の寵愛を得られれば、貧しい暮らしから抜け出せる。贅沢な暮しができる。幸せになれると、シンデレラは信じきっていたのです。
それなのに、いったいどうしてこんな酷い目に遭わねばならないのか。
「かえして。かえしてかえしてかえして......っ」
シンデレラは手元にあったガラスの靴を......何種類もある美しいクリスタルの靴を壁に投げつけては壊し、砕け散ったガラスの破片を拾い集めては、落涙しました。
両の手の中、ガラスの破片は血にまみれていました。
シンデレラは銀糸の美しい絨毯にうずくまり、さめざめと泣き続けました。
無力なシンデレラは絶望に浸ることしかできないのです。
愚かなシンデレラ。
惨めな屍を晒すがいい。それだけが、シンデレラに許された未来なのだ。
王子と魔女の高笑いが、シンデレラには聞こえるようでした。
* * *
王子は常に新しい「シンデレラ」を探していました。
「可哀相なシンデレラ」を救ってやることこそが、王子の使命なのです。
城には幾人ものシンデレラが閉じ込められていました。
魔女の甘言に誑かされ、貧しい娘達は有頂天になって自ら城にやってくるのです。
シンデレラの家族には、わずかな買い付け金が渡されます。娘の消息は問わぬという条件をつけて。
王子は笑います。
「私の慈善を、下々の者達は、さぞや感謝していることだろう」
使命感に溢れ、王子は精力的に娘を探し、眼鏡にかなった娘達は即座に買い受けました。見目麗しい王子様の元へゆけるならばと、拒む娘は一人としていませんでした。
どんなに身分の低い娘でも使い道はありました。
悦楽を得る道具として。征服感を味わうための奴隷として。死に様の美麗さを観察する玩具として。
壊れるまで、王子はシンデレラを傍に置き、愛で続けました。
王子は艶麗に微笑み、嘯きます。
「美しく愚かなシンデレラを、これからも救ってやらねばな」
そうしてまた、シンデレラのための舞踏会は開かれるのです。
あとがきあるく
Salagadoola mechicka boola bibbidi-bobbidi-boo!
グリム童話「シンデレラ(灰かぶり)」より
”…und wenn du sonst in Noth bist, so will ich dir Huelfe schicken, nur bleib fromm und gut.“