3冊目 吸血鬼さん、コスメを買いに来る。
ここは、決まった時間にだけ異世界へと繋がる、不思議な書店。
人間、エルフ、獣人、魔族――今では様々な種族が、異世界からやってくる本を求めて足を運ぶようになっていた。
あちらの世界の昼間とは違い、今夜も店内には何人もの客がいる。
漫画を真剣に読み比べる獣人。料理本を片手に何やらメモを取っている小柄なドワーフ。雑誌の写真を指差しながら、楽しそうに話している二人組の魔族。
いつの間にか、この光景も珍しいものではなくなっていた。
そして――。
「ここも随分と賑やかになったのう」
受付カウンターの近く、そこに置かれた椅子へ腰掛け、湯気の立つカップを傾けながらラヴィアが呟いた。
「なんか、おばあちゃんみたいなこと言ってますね」
「誰がおばあちゃんじゃ!」
すぐさま鋭い視線が飛んでくる。
「あはは......冗談ですよ」
祐介は笑って誤魔化した。
何千年も生きているという意味では間違っていない気もするが、それを口にしたら確実に怒られる。というか、長寿種からすれば俺たちと年齢は、そう大差ないのかもしれない。そこで祐介は、ふと以前から気になっていたことを思い出した。
「そういえば、ラヴィアさん」
「なんじゃ?」
「ずっと気になってたんですけど、店の中でもそのコートだけは絶対脱がないですよね」
ラヴィアはいつものように、身体を覆う厚手のコートを羽織っている。
祐介たちの世界では夏。こっちの世界でも店内にいる客の中には、上着を脱いで腕に掛けている者もいれば、最初からかなり薄着の者だっている。見る限りでは、それなりに外の気温は高そうだった。
「暑くないんですか?」
「......ここは涼しいからな、問題ない。むしろ妾にはちょうどよいくらいじゃ」
「ならいいですけど」
もしかして、ドラゴンって意外と寒がりなんだろうか? 鱗の色からして炎のイメージなのに。
そんな疑問を抱いていた、その時。
カラン、入り口のベルが鳴った。
「いらっしゃいませ」
祐介がいつものように声を掛ける。
「ほう......」
店内へ入ってきた男は、ゆっくりと周囲を見渡した。
「ここが噂に聞く、異世界の書店か」
低く、艶のある声だった。決して大きな声ではない。それなのに不思議と耳へ残る、重厚で落ち着いた声。
祐介は思わず男を見上げた。
長身で肩には黒を基調とした長いマントを羽織り、そこから覗く服装もどことなく貴族めいている。肌は透き通るほど白く、整った顔立ち。長い淡金色の髪は綺麗に後ろへ流されていた。
立っているだけなのに、妙な威圧感がある。
「噂には聞いていたが......実に興味深い」
男は店内を眺めながら、満足そうに口元を緩めた。
「お客様、もしかして初めてのご来店ですか?」
「ん?」
男の視線が祐介へ向く。
「そなたは......もしや、この店の主か?」
「いや、店主というより店番ですけど」
「ほう。随分と若いのだな」
「大学生なので」
もっとも、異世界の住人に「大学生」と言っても伝わるかは怪しい。
「初めてでしたら、よければ店内をご案内しますよ」
「その必要はない」
男は静かに手を上げる。
「私はすでに、目当ての物を決めて来ている」
「そうなんですね。でしたら、お目当ての場所をご案内します。何をお探しですか?」
男は一度だけ頷き答える。
「――コスメだ」
「............」
祐介は瞬きをした。
「......コスメ?」
「ああ」
男はいたって真剣な顔をしている。
「それと、美容に関する書物があると聞いた。それも頂きたい」
「ああ!」
そこで祐介は思い出した。
最近、母親の提案で店の一角に美容用品を置くようになったのだ。「店内に彩りを」と、化粧品や日用品なども少しずつ取り扱い始めている。本当は自分が使いたくて、始めたんだと思うけど。
「ありますよ。最近できたばかりのコーナーです」
「ほう。それは運がよい」
「では、こちらへどうぞ」
祐介は男を連れて店内を進む。
「ここです」
そこには、女性向けファッション誌や美容誌。その近くには、化粧水や乳液、フェイスパック、日焼け止めなどの商品が並べられていた。
「ごゆっくりどうぞ」
「ああ。そうさせてもらおう」
祐介が受付へ戻ると、ラヴィアがちらりと男の方を眺める。
「吸血鬼とは、これまた珍しい客じゃのう」
「あーやっぱりそうなんですね」
青白い肌。貴族のような服装。そして口を開いた時、一瞬だけ見えた鋭い犬歯。自分たちの世界でイメージしている吸血鬼って感じだ。
「俺、こっちの世界で吸血鬼を見るの初めてですよ」
「だろうな」
ラヴィアはお茶を一口すする。
「今、こちらの世界は昼じゃからな。吸血鬼は陽の光を苦手としておる。基本的に夜に活動する種族なんじゃ。こんな時間に外を歩いておる吸血鬼など、そうそうおらん」
「へえ......」
祐介はもう一度、男へ視線を向ける。
男は美容誌を片手に、恐ろしく真剣な顔でページをめくっていた。
やっぱり、こっちの世界でも吸血鬼は俺たちが思ってるイメージ通りなんだ。陽の光が苦手って事は......弱点だよな。陽の登っている時間で、どうやって来たかは分からないけど。死ぬかもしれないのに、命がけでここまで......この書店は、異世界にとても愛されているんだな。
「吸血鬼以外にも、夜に活動する種族はいくつかおってな。そうした者たちはまとめてアンデッド族と呼ばれておる」
祐介が想像で感動に浸っていると、奥の方から大声が聞こえる。
「店主! 店主はいるか!」
「は、はいっ!」
突然、先ほどの重低音が響き、祐介は反射的に背筋を伸ばした。
「今行きます!」
急いで美容コーナーへ向かう。
「ど、どうかされましたか?」
そこには、先ほどまでの落ち着いた雰囲気から一転、美容誌を見開いたまま目を見開いている吸血鬼の姿があった。
「店主よ」
「......はい」
「この書物に記されている――『ひやけどめくりぃむ』なるものは、陽の光から肌を守る物なのか?」
「え?」
祐介も誌面を覗き込む。
そこには夏の日焼け対策についての記事が掲載されていた。
「ああ。そうですね。紫外線による日焼けとか......肌へのダメージを防ぐために使うものです」
「......なんとっ!」
男の表情が変わった。
「では、これさえあれば......我ら吸血鬼も、陽の光の下を自由に歩くことができるというのか......!」
「完全に防げるわけじゃないですけど」
「素晴らしいぞ!」
あ、これ聞いてないな。
男は感動したように日焼け止めを見つめている。
「数百年生きてきたが......よもや、このような技術が存在しようとは......」
「そこまで大げさな物じゃ......」
言いかけて、祐介はやめた。
自分たちの世界では、一般的な代物だが、こっちの世界にとっては革新的なアイテムみたいな感じなんだろう。
「昼更かししてまで来た甲斐があった」
「......昼更かし?」
「店主、この書物と、この道具を三つ。今すぐに用意してくれ」
「あっはい」
「それから、この『けしょうすい』とやらと『にゅうえき』。こちらの『ほごくりぃむ』も頂こう」
「け、結構買いますね」
「で、では......お会計しますので、こちらへどうぞ」
祐介は大量の商品を抱えてレジへ戻った。
一つずつ袋へ詰めていると、男がふと思い出したように口を開く。
「そういえば、まだ名を名乗っていなかったな」
男はマントを整え、胸へ片手を添える。
「我が名は、アルカード・スーヴェン。由緒ある吸血鬼一族、スーヴェン家の当主を務めている」
「俺は祐介です」
「ユースケか」
アルカードはその名を一度確かめるように呟く。
「覚えておこう。今後ともよろしく頼むぞ」
「はい。こちらこそ」
後で美容系の商品発注を増やしておかないとな。一瞬で在庫切れになりそうだ。
「ありがとうございました」
「ああ。また来るとしよう」
その後、会計を済ませ、商品を詰めた袋を渡すとアルカードは満足げに帰って行った。
アルカードの背中が向こうへ消えるのを見届け、祐介は不安げに眉を寄せた。
「あの、ラヴィアさん、一つ聞いてもいいですか?」
「構わんぞ」
「吸血鬼って......陽の光が弱点なんですよね。命がけの帰り道......大丈夫でしょうか」
「弱点? 妾はそんなこと言っとらんぞ。苦手なだけと言ったんじゃ」
ラヴィアは何でもないことのように答える。
その言葉に祐介は困惑する。
「......と言うと?」
「長い時間、陽の光を浴びれば肌が焼けたり、酷ければ火傷のようになることもあるが、命に関わるほどではない。そもそも、あやつらは治癒力が高い。放っておけばそのうち完治する」
イメージしてた吸血鬼と違う......。
「だったら、なんであんなに日焼け止めに感動してたんですか?」
「あやつら吸血鬼は、異常なほど美意識が高いからのう。『白い肌こそ一族の誇り』などと言っておってな。日焼けして自分の美しい顔や肌が損なわれることを、死ぬほど嫌っておる」
「つまり、昼間に活動しない理由って......」
「日焼けをしたくないからじゃな」
「............」
どうやら、俺たちの世界で語られている異世界の魔族は、たいぶ印象が違うみたいだ。