ホームドラゴンさん、本を買いに来る。4冊目 サキュバスさん、刺激を探しに来る。
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4冊目 サキュバスさん、刺激を探しに来る。

 ここは、決まった時間にだけ異世界へと繋がる、不思議な書店。
 もっとも、不思議なのはそれだけではない。
 店が定休日の日は、なぜか異世界へ繋がることはない。異世界側の客はこちらへ入ってくることができるのに、店員たちが店の外へ出ようとしても、異世界へ足を踏み入れることはできない。
 そして、もう一つ。
 こちらの世界と異世界では、使われている言葉も文字も本来まったく違うはずなのに、なぜか互いに通じる。正確には、通じているというよりも、自動的に翻訳されているらしい。日本語で書かれた本も、異世界の客が手に取れば、自分たちの言葉として読むことができる。
 誰が、何のために。そして、どういう仕組みでそんなことが起きているのか。
 知る者は誰もいない。そして今日もまた――。
 カラン。
 
「いらっしゃいませっ」

 入り口のベルが、小さく鳴ると、静かな店内に明るい女性の声が響いた。
 声の主は、本棚に新刊を並べていた少女、三月みづき彼女は祐介の妹である。

「おお、ミライではないか。久しいのう」

 聞き慣れた声に三月が軽くお辞儀をする。
 そこには、いつものようにフード付きのコートを羽織った小柄な少女が立っていた。

「ラヴィアさん、お久しぶりです」
「ウム。半年ぶりくらいかのう」

 ラヴィアは軽く手を上げて挨拶を済ませると、もはや自分の定位置と言わんばかりに、受付カウンターの近くに置かれた椅子へ腰掛けた。
 以前は客用に置いていただけの椅子だったはずなのだが、最近ではほとんどラヴィア専用席になっている。

「元気にしておったか?」
「まあ、それなりには」
「なんじゃ、その微妙な返事は」
「あはは......色々あるんですよ、色々」

 三月は曖昧に笑って誤魔化した。
 ラヴィアはそれ以上追及することなく、店内を見回す。

「ところで、ユースケの姿が見えんようじゃが。どこにおる?」
「あ、お兄ちゃんですか?」

 三月は少し困ったように笑った。

「お兄ちゃん、夏風邪を引いちゃって......今は二階で寝込んでるんです。なので、しばらくは代わりに私が店番をすることに」
「夏風邪とな? まったく、人間は相変わらず身体が弱いのう

 ラヴィアが眉を寄せ、ため息をつく。

「そういえば、お主は別の場所でも働いていると、前に言っておらんかった?」
「あーはい......でも、全然大丈夫ですよ」
「そうか。じゃが、あまり無理はするでないぞ」
「お心遣い、ありがとうございますっ」

 三月はにこりと笑う。

「あ、今お茶を用意しますね」
「別に後でも構わんぞ。棚を整理しとったんじゃろう」
「いえ、特に急ぎの仕事でもありませんし」

 そう言って、三月は慣れた手つきで湯呑みを用意する。

「それに、ラヴィアさんはうちの大切な常連さんですから」
「......そうか」

 ラヴィアは少しだけ嬉しそうに目を細めた。ほどなくして湯気の立つお茶が差し出される。

「どうぞ」
「ウム。頂こう」

 ラヴィアが湯呑みを持ち上げ、一口すすった。

「やはり、ここの茶は落ち着くのう」
「ありがとうございますっ」

 一息ついた所で、再び入り口のベルがカランと鳴った。
 三月は元気よく顔を上げる。

「あっ、いらっしゃいませ!」
「こんにちは」

 返ってきたのは、どこか甘く、耳に残る女性の声だった。

「あら? 今日は、いつもの可愛い坊やではないのね」
「すみません。兄は少し体調を崩してしまっていて、しばらくは私が代わりに店番をしているんです」
「あらまあ。それは大変ね」

 女性は心配そうな反応をみせると、突然三月の頬へ手を添えた。

「お大事に、と伝えておいて頂戴」
「......はい。伝えておきます」
「ふふ。ありがとう、可愛いお嬢ちゃん。それじゃあ、少し見させてもらうわね」

 女性は三月へ艶やかな笑みを残すと、何事もなかったかのように本棚の方へ歩いていった。
 その後ろ姿を呆然と見送る三月。

「............」

 数秒遅れて、ようやく呼吸を思い出したように息を吐く。

「な、なんですか、今のお姉さん......すごい色気......」

 間近に迫った女性の顔は、思わず見惚れてしまいそうなほど整っていた。艶のある長い髪、まつ毛に縁取られた瞳。唇には薄く紅が引かれ、どこか甘い香りまで漂ってくる。服装もまた、人目を惹く露出がやや多いものだった。
 身体の線を美しく見せながらも、決して下品にはならない。細かな装飾まで計算されたような衣装で、まるで歩くことそのものが一つの演出であるかのようだった。

「なんじゃお主、サキュバスと会うのは初めてか?」
「さ......サキュバス!?」

 その言葉に、三月は取り乱した様子でラヴィアに詰め寄る。

「サキュバスって、あのサキュバスですか!?」
「そうじゃ......なんじゃ、急に慌ただしくなりおって......」
「な、なんでもないです! 本当に何でもありませんから!」

 三月はぶんぶんと首を横に振った。

「そ、そうか」

 ラヴィアは怪訝そうな顔をしながら、再び湯呑みに口をつけた。
 そんなラヴィアを横目に、三月はちらりと先ほどの女性へ視線を向ける。
 サキュバス。名前くらいは知っている。それどころか、サキュバスがどういう魔族なのかも、ある程度は知識として知っていた。なぜなら――私は、異世界ファンタジーが大好きだから!
 主に漫画だけど、それなりには数を触れて来た。

 ――サキュバスといえば。
 色気たっぷり。露出の多い服。人間を誘惑する。そして、とにかくエロい。作品によって多少の違いはあれど、大体そんな感じだ。

 だからこそ。目の前にいる、本物のサキュバスが、いったいどんな本を買うのか。三月は密かに期待していた。
 もしかして、恋愛関係の本?
 いや、サキュバスなんだから、もっと直接的な......えっちな漫画とか。大人向けの雑誌とか。あるいは写真集とか――。

「ごめんなさい。お会計、お願いできるかしら?」
「あっ、はい!」

 突然声を掛けられ、三月はびくっと肩を跳ねさせた。
 いつの間にか、サキュバスがレジカウンターの前に立っている。

「お、お待たせしました! えっと......」

 三月は差し出された本を受け取る。

「............え?」

 思わず声が漏れてしまったが、それほど意外だった。
 手元にあるのは、一冊のファッション誌。表紙には、季節の流行を取り入れた華やかな衣装を身にまとった女性モデルが描かれている。想像していたものとは、あまりにも違った。

「ファッション......誌?」
「ええ、そうだけど?」
「あの......もしかして、異世界のファッションに興味があるんですか?」
「興味っていうより、仕事柄ね」
「お仕事に関係が?」

 三月が質問を投げかけると、サキュバスはファッション誌の表紙を指先で軽く叩いた。

「アタシたちサキュバスの経営も、なかなか大変なのよ」
「経営......?」
「そう。昔は黙って座ってるだけでも客が来たんだけどねぇ」

 サキュバスはカウンターに寄りかかり、何かを思うように話始める。

「でもね、時間が経つにつれて、競合店が増え始めたの。そのせいで新規の客は減って、常連も年老いて来なくなったわ」
「へえ......」
「だから新規の客を増やすために、いろいろ工夫してるのよ。接客方法を変えたり、お酒の種類を増やしたり、店内の雰囲気を変えたり――もちろん、衣装もね」

 サキュバスはファッション誌を持ち上げ、指先で示す。

「客に『またこの店に来たい』って思ってもらうには、見た目だって大事でしょう?」
「確かに、そうですね」

 視覚から得られる情報は大きな印象として記憶されやすい。本の表紙やタイトルロゴだって、無地の横並びよりも装飾や配列を工夫することで、印象が変わる。本のイメージだって付きやすいし『読んでみたい』って思う。
 
「だから、もっとお客さんの目を引くような衣装はないかと思ってたの。そんな時に、この本を見つけたのよ」

 サキュバスはぱらぱらとページをめくる。
 鮮やかな色の組み合わせ。季節に合わせた服装。アクセサリーや髪型の組み合わせ。どのページにも、彼女にとっては見たことのない発想が詰まっている。

「異世界の服って、アタシたちの世界にはない考え方が多くて、とても刺激的だわ」

 楽しそうにページをめくる姿は、先ほどの妖艶な雰囲気とは少し違って、どこか少女みたいな可愛らしさを感じた。

「色の合わせ方もそうだし、肌をどこまで見せるかとか、逆に隠すことでどう見せるかとか......できる限りのことをするの」
「そこまで考えてるんですか?」
「もちろんよ。アタシたちにとって衣装は、仕事道具なの。ただの酒場では味わえない、刺激や安らぎを提供する。それがアタシたちの務めなの」
「なるほど......」

 三月は少し驚いた。
 
「じゃあ、こっちの世界のファッションを参考にして、新しい衣装を作るんですか?」
「ええ。せっかく異世界まで繋がっているんですもの。使えるものは何でも取り入れないとね」

 そう言って、サキュバスはウインクする。

「商売って、そういうものでしょう?」
「......確かに」

 三月は納得したように頷いた。
 相手を楽しませるための工夫、他の店との差別化の工夫。話を聞いた感じだと、サキュバスが営んでいる店というのは、自分たちの世界でいうところの――。

「......キャバクラ」
「うん? 今なにか言ったかしら?」
「あ、いや! なんでもないです!」

 思わず口に出してしまった。それを三月は誤魔化すように笑う。
 サキュバスは会計を済ませると、袋を手に店を後にした。

 「はぁ......」

 三月はカウンターに額をぺたんとつけ、そのまま上半身をだらーっと預けた。

「......さっきまでの元気はどこにいったんじゃ」
「なんか異世界って、思ってたよりも普通だなあって」
「まったく、お主が何を考えておるのか、妾にはさっぱり分からん」

 ラヴィアは呆れたように息を吐き、湯呑みに口をつけた。

➡◇ ➡◇ ➡◇

 サキュバスの女性が店を出てから、しばらくして。
 カラン、再び入り口のベルが鳴った。

「いらっしゃいませっ」

 三月がいつものように声を掛ける。

「............」

 無言のまま、入ってきたのは先ほどのサキュバスと同じ種族の女性だった。
 ただし、雰囲気がまるで違う。
 先ほどの女性が堂々としていたのに対し、こちらはどこかおどおどしている。深くフードを被り、顔の大部分を隠している。だが体型で分かるくらい胸が大きい。
 彼女は店内へ入るなり、右を見て、左を見て。誰かに見られていないか確認するように、そわそわと辺りを見渡していた。

「......?」

 三月は少し不思議に思った。
 どこからどうみても不審者そのもの。だけど、ここは異世界。見慣れない雰囲気に戸惑うお客さんも多い。もしかして何か探してるのかな?
 カウンターから彼女を見つめていると、それに気づいたのか相手からこちらへと近づき、小さな声で話しかけて来た。

「あ、あの......」
「どうかされましたか?」
「ちょっと......聞きたいことがあるんですけど......」

 彼女は周囲を気にするように一度だけ辺りを見回した。
 そして、顔を赤くしながら――。

「......女の子同士が......抱き着いたりする本って、ありますか?」
「......あー」

 三月は何かを察した。
 すると、店の奥へと向かい、本棚を端から順番に眺めていく。背表紙を指先でなぞりながら探すことしばらく――。

「あっ」

 一冊を見つけると本を棚から抜き取り、彼女を呼び寄せる。近くに来たところで、その本を彼女に渡した。

「この本で、よろしいでしょうか?」
「......っ!」

 手に取った本を開き内容を確認した。すると彼女はさらに顔を赤くした。

「こ、こういう感じ......です。あってます」
「良かったです。こういう本なら、結構ありまして......ここの列から隣の棚全部になります」
「こ、こんなに......?」

 彼女の目が輝く。

「はい。漫画以外にも小説もありますし、恋愛の描き方も作品によって結構違いますので。飽きずに刺激を貰えると思いますよ」
「......じゃあ、これを」

 彼女は会計のため、本を差し出す。
 三月はそれを手に取るが、彼女は手放さず表紙を見つめたまま、しばらく固まった。

「......」
「どうしました?」
「あの......」

 彼女は手を離すと、その手を胸元へ押し当てる。

「実は、こういう本を探していた理由があって......」

 彼女は、ぽつりぽつりと語り始める。

「この前、お店で働いていたら......同じ従業員の子と、ちょっとぶつかっちゃって......それで、その......」

 彼女の顔がみるみる赤くなっていく。

「偶然、その子に押し倒される形になっちゃったんです」
「あー......」
「その時に、顔がすごく近くなって......」

 彼女は両手で自分の頬を押さえる。

「......胸が、どきどきして。それで......なんだか、その子のことを意識するようになっちゃって......」
「そういう気持ち、分かりますよ」

 三月はにっこり笑った。

「偶然距離が近くなったりすると、普段はなんとも思ってなかった相手でも、急に意識しちゃいますよね」
「そ、そうなんです!」

 彼女は嬉しそうに頷いた。

「その......お姉さんも、興味あったりしますか?」
「私ですか? そうです......」

 三月は少し考え答えを出した。

「正直、どっちでもいけますね」
「............!」

 彼女の顔がぱっと明るくなる。

「本当ですか!?」
「はい。まあ単純に――」
「あの! わたし、ミレッタっていいます!」

 ミレッタは恥ずかしそうにフードを少しだけ上げる。

「......ああ、私は三月です。よろしくお願いします」
「ミライ......さん」

 ミレッタはその名前を大切そうに繰り返した。
 先ほどまでの緊張した様子が嘘のように、嬉しそうな笑顔を浮かべていた。

「えっと、また来てもいいですか?」
「もちろんです! いつでもどうぞ」
「......ありがとうございます!」

 会計が終わると、ミレッタは大事そうに本を抱え、何度も振り返りながら店を出ていった。その様子を見ていたラヴィアが、湯呑みを置き口を開く。

「お主、さっき何を言いかけたんじゃ」
「ラヴィアさん、聞いていたんですか?」
「正しくは『聞こえた』じゃ。妾は他の種族よりも耳が良いからのう。それで、何を言おうとしたんじゃ?」
「気になりますか? まあ別に隠すこともないのでいいですが」

 三月はカウンターに置かれていた段ボールを抱えると、店の奥へ向かって歩き出した。そして、カウンターを通り過ぎたところでふと足を止め、振り返る。

「単純に――可愛いじゃないですか」
「............」

 ラヴィアはしばらく三月を見つめる。

「まあ、ミヅキらしいのう」

 そう呟くと、ラヴィアは何食わぬ顔でコップに視線を向ける。

「ミヅキ、お茶が切れた」
「これを出したら、新しいの入れますね」

 この時、三月の答えはミレッタの性格を大きく変える事になるが――それはまた別のお話。
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4冊目 サキュバスさん、刺激を探しに来る。

 ここは、決まった時間にだけ異世界へと繋がる、不思議な書店。
 もっとも、不思議なのはそれだけではない。
 店が定休日の日は、なぜか異世界へ繋がることはない。異世界側の客はこちらへ入ってくることができるのに、店員たちが店の外へ出ようとしても、異世界へ足を踏み入れることはできない。
 そして、もう一つ。
 こちらの世界と異世界では、使われている言葉も文字も本来まったく違うはずなのに、なぜか互いに通じる。正確には、通じているというよりも、自動的に翻訳されているらしい。日本語で書かれた本も、異世界の客が手に取れば、自分たちの言葉として読むことができる。
 誰が、何のために。そして、どういう仕組みでそんなことが起きているのか。
 知る者は誰もいない。そして今日もまた――。
 カラン。
 
「いらっしゃいませっ」

 入り口のベルが、小さく鳴ると、静かな店内に明るい女性の声が響いた。
 声の主は、本棚に新刊を並べていた少女、三月みづき彼女は祐介の妹である。

「おお、ミライではないか。久しいのう」

 聞き慣れた声に三月が軽くお辞儀をする。
 そこには、いつものようにフード付きのコートを羽織った小柄な少女が立っていた。

「ラヴィアさん、お久しぶりです」
「ウム。半年ぶりくらいかのう」

 ラヴィアは軽く手を上げて挨拶を済ませると、もはや自分の定位置と言わんばかりに、受付カウンターの近くに置かれた椅子へ腰掛けた。
 以前は客用に置いていただけの椅子だったはずなのだが、最近ではほとんどラヴィア専用席になっている。

「元気にしておったか?」
「まあ、それなりには」
「なんじゃ、その微妙な返事は」
「あはは......色々あるんですよ、色々」

 三月は曖昧に笑って誤魔化した。
 ラヴィアはそれ以上追及することなく、店内を見回す。

「ところで、ユースケの姿が見えんようじゃが。どこにおる?」
「あ、お兄ちゃんですか?」

 三月は少し困ったように笑った。

「お兄ちゃん、夏風邪を引いちゃって......今は二階で寝込んでるんです。なので、しばらくは代わりに私が店番をすることに」
「夏風邪とな? まったく、人間は相変わらず身体が弱いのう

 ラヴィアが眉を寄せ、ため息をつく。

「そういえば、お主は別の場所でも働いていると、前に言っておらんかった?」
「あーはい......でも、全然大丈夫ですよ」
「そうか。じゃが、あまり無理はするでないぞ」
「お心遣い、ありがとうございますっ」

 三月はにこりと笑う。

「あ、今お茶を用意しますね」
「別に後でも構わんぞ。棚を整理しとったんじゃろう」
「いえ、特に急ぎの仕事でもありませんし」

 そう言って、三月は慣れた手つきで湯呑みを用意する。

「それに、ラヴィアさんはうちの大切な常連さんですから」
「......そうか」

 ラヴィアは少しだけ嬉しそうに目を細めた。ほどなくして湯気の立つお茶が差し出される。

「どうぞ」
「ウム。頂こう」

 ラヴィアが湯呑みを持ち上げ、一口すすった。

「やはり、ここの茶は落ち着くのう」
「ありがとうございますっ」

 一息ついた所で、再び入り口のベルがカランと鳴った。
 三月は元気よく顔を上げる。

「あっ、いらっしゃいませ!」
「こんにちは」

 返ってきたのは、どこか甘く、耳に残る女性の声だった。

「あら? 今日は、いつもの可愛い坊やではないのね」
「すみません。兄は少し体調を崩してしまっていて、しばらくは私が代わりに店番をしているんです」
「あらまあ。それは大変ね」

 女性は心配そうな反応をみせると、突然三月の頬へ手を添えた。

「お大事に、と伝えておいて頂戴」
「......はい。伝えておきます」
「ふふ。ありがとう、可愛いお嬢ちゃん。それじゃあ、少し見させてもらうわね」

 女性は三月へ艶やかな笑みを残すと、何事もなかったかのように本棚の方へ歩いていった。
 その後ろ姿を呆然と見送る三月。

「............」

 数秒遅れて、ようやく呼吸を思い出したように息を吐く。

「な、なんですか、今のお姉さん......すごい色気......」

 間近に迫った女性の顔は、思わず見惚れてしまいそうなほど整っていた。艶のある長い髪、まつ毛に縁取られた瞳。唇には薄く紅が引かれ、どこか甘い香りまで漂ってくる。服装もまた、人目を惹く露出がやや多いものだった。
 身体の線を美しく見せながらも、決して下品にはならない。細かな装飾まで計算されたような衣装で、まるで歩くことそのものが一つの演出であるかのようだった。

「なんじゃお主、サキュバスと会うのは初めてか?」
「さ......サキュバス!?」

 その言葉に、三月は取り乱した様子でラヴィアに詰め寄る。

「サキュバスって、あのサキュバスですか!?」
「そうじゃ......なんじゃ、急に慌ただしくなりおって......」
「な、なんでもないです! 本当に何でもありませんから!」

 三月はぶんぶんと首を横に振った。

「そ、そうか」

 ラヴィアは怪訝そうな顔をしながら、再び湯呑みに口をつけた。
 そんなラヴィアを横目に、三月はちらりと先ほどの女性へ視線を向ける。
 サキュバス。名前くらいは知っている。それどころか、サキュバスがどういう魔族なのかも、ある程度は知識として知っていた。なぜなら――私は、異世界ファンタジーが大好きだから!
 主に漫画だけど、それなりには数を触れて来た。

 ――サキュバスといえば。
 色気たっぷり。露出の多い服。人間を誘惑する。そして、とにかくエロい。作品によって多少の違いはあれど、大体そんな感じだ。

 だからこそ。目の前にいる、本物のサキュバスが、いったいどんな本を買うのか。三月は密かに期待していた。
 もしかして、恋愛関係の本?
 いや、サキュバスなんだから、もっと直接的な......えっちな漫画とか。大人向けの雑誌とか。あるいは写真集とか――。

「ごめんなさい。お会計、お願いできるかしら?」
「あっ、はい!」

 突然声を掛けられ、三月はびくっと肩を跳ねさせた。
 いつの間にか、サキュバスがレジカウンターの前に立っている。

「お、お待たせしました! えっと......」

 三月は差し出された本を受け取る。

「............え?」

 思わず声が漏れてしまったが、それほど意外だった。
 手元にあるのは、一冊のファッション誌。表紙には、季節の流行を取り入れた華やかな衣装を身にまとった女性モデルが描かれている。想像していたものとは、あまりにも違った。

「ファッション......誌?」
「ええ、そうだけど?」
「あの......もしかして、異世界のファッションに興味があるんですか?」
「興味っていうより、仕事柄ね」
「お仕事に関係が?」

 三月が質問を投げかけると、サキュバスはファッション誌の表紙を指先で軽く叩いた。

「アタシたちサキュバスの経営も、なかなか大変なのよ」
「経営......?」
「そう。昔は黙って座ってるだけでも客が来たんだけどねぇ」

 サキュバスはカウンターに寄りかかり、何かを思うように話始める。

「でもね、時間が経つにつれて、競合店が増え始めたの。そのせいで新規の客は減って、常連も年老いて来なくなったわ」
「へえ......」
「だから新規の客を増やすために、いろいろ工夫してるのよ。接客方法を変えたり、お酒の種類を増やしたり、店内の雰囲気を変えたり――もちろん、衣装もね」

 サキュバスはファッション誌を持ち上げ、指先で示す。

「客に『またこの店に来たい』って思ってもらうには、見た目だって大事でしょう?」
「確かに、そうですね」

 視覚から得られる情報は大きな印象として記憶されやすい。本の表紙やタイトルロゴだって、無地の横並びよりも装飾や配列を工夫することで、印象が変わる。本のイメージだって付きやすいし『読んでみたい』って思う。
 
「だから、もっとお客さんの目を引くような衣装はないかと思ってたの。そんな時に、この本を見つけたのよ」

 サキュバスはぱらぱらとページをめくる。
 鮮やかな色の組み合わせ。季節に合わせた服装。アクセサリーや髪型の組み合わせ。どのページにも、彼女にとっては見たことのない発想が詰まっている。

「異世界の服って、アタシたちの世界にはない考え方が多くて、とても刺激的だわ」

 楽しそうにページをめくる姿は、先ほどの妖艶な雰囲気とは少し違って、どこか少女みたいな可愛らしさを感じた。

「色の合わせ方もそうだし、肌をどこまで見せるかとか、逆に隠すことでどう見せるかとか......できる限りのことをするの」
「そこまで考えてるんですか?」
「もちろんよ。アタシたちにとって衣装は、仕事道具なの。ただの酒場では味わえない、刺激や安らぎを提供する。それがアタシたちの務めなの」
「なるほど......」

 三月は少し驚いた。
 
「じゃあ、こっちの世界のファッションを参考にして、新しい衣装を作るんですか?」
「ええ。せっかく異世界まで繋がっているんですもの。使えるものは何でも取り入れないとね」

 そう言って、サキュバスはウインクする。

「商売って、そういうものでしょう?」
「......確かに」

 三月は納得したように頷いた。
 相手を楽しませるための工夫、他の店との差別化の工夫。話を聞いた感じだと、サキュバスが営んでいる店というのは、自分たちの世界でいうところの――。

「......キャバクラ」
「うん? 今なにか言ったかしら?」
「あ、いや! なんでもないです!」

 思わず口に出してしまった。それを三月は誤魔化すように笑う。
 サキュバスは会計を済ませると、袋を手に店を後にした。

 「はぁ......」

 三月はカウンターに額をぺたんとつけ、そのまま上半身をだらーっと預けた。

「......さっきまでの元気はどこにいったんじゃ」
「なんか異世界って、思ってたよりも普通だなあって」
「まったく、お主が何を考えておるのか、妾にはさっぱり分からん」

 ラヴィアは呆れたように息を吐き、湯呑みに口をつけた。

➡◇ ➡◇ ➡◇

 サキュバスの女性が店を出てから、しばらくして。
 カラン、再び入り口のベルが鳴った。

「いらっしゃいませっ」

 三月がいつものように声を掛ける。

「............」

 無言のまま、入ってきたのは先ほどのサキュバスと同じ種族の女性だった。
 ただし、雰囲気がまるで違う。
 先ほどの女性が堂々としていたのに対し、こちらはどこかおどおどしている。深くフードを被り、顔の大部分を隠している。だが体型で分かるくらい胸が大きい。
 彼女は店内へ入るなり、右を見て、左を見て。誰かに見られていないか確認するように、そわそわと辺りを見渡していた。

「......?」

 三月は少し不思議に思った。
 どこからどうみても不審者そのもの。だけど、ここは異世界。見慣れない雰囲気に戸惑うお客さんも多い。もしかして何か探してるのかな?
 カウンターから彼女を見つめていると、それに気づいたのか相手からこちらへと近づき、小さな声で話しかけて来た。

「あ、あの......」
「どうかされましたか?」
「ちょっと......聞きたいことがあるんですけど......」

 彼女は周囲を気にするように一度だけ辺りを見回した。
 そして、顔を赤くしながら――。

「......女の子同士が......抱き着いたりする本って、ありますか?」
「......あー」

 三月は何かを察した。
 すると、店の奥へと向かい、本棚を端から順番に眺めていく。背表紙を指先でなぞりながら探すことしばらく――。

「あっ」

 一冊を見つけると本を棚から抜き取り、彼女を呼び寄せる。近くに来たところで、その本を彼女に渡した。

「この本で、よろしいでしょうか?」
「......っ!」

 手に取った本を開き内容を確認した。すると彼女はさらに顔を赤くした。

「こ、こういう感じ......です。あってます」
「良かったです。こういう本なら、結構ありまして......ここの列から隣の棚全部になります」
「こ、こんなに......?」

 彼女の目が輝く。

「はい。漫画以外にも小説もありますし、恋愛の描き方も作品によって結構違いますので。飽きずに刺激を貰えると思いますよ」
「......じゃあ、これを」

 彼女は会計のため、本を差し出す。
 三月はそれを手に取るが、彼女は手放さず表紙を見つめたまま、しばらく固まった。

「......」
「どうしました?」
「あの......」

 彼女は手を離すと、その手を胸元へ押し当てる。

「実は、こういう本を探していた理由があって......」

 彼女は、ぽつりぽつりと語り始める。

「この前、お店で働いていたら......同じ従業員の子と、ちょっとぶつかっちゃって......それで、その......」

 彼女の顔がみるみる赤くなっていく。

「偶然、その子に押し倒される形になっちゃったんです」
「あー......」
「その時に、顔がすごく近くなって......」

 彼女は両手で自分の頬を押さえる。

「......胸が、どきどきして。それで......なんだか、その子のことを意識するようになっちゃって......」
「そういう気持ち、分かりますよ」

 三月はにっこり笑った。

「偶然距離が近くなったりすると、普段はなんとも思ってなかった相手でも、急に意識しちゃいますよね」
「そ、そうなんです!」

 彼女は嬉しそうに頷いた。

「その......お姉さんも、興味あったりしますか?」
「私ですか? そうです......」

 三月は少し考え答えを出した。

「正直、どっちでもいけますね」
「............!」

 彼女の顔がぱっと明るくなる。

「本当ですか!?」
「はい。まあ単純に――」
「あの! わたし、ミレッタっていいます!」

 ミレッタは恥ずかしそうにフードを少しだけ上げる。

「......ああ、私は三月です。よろしくお願いします」
「ミライ......さん」

 ミレッタはその名前を大切そうに繰り返した。
 先ほどまでの緊張した様子が嘘のように、嬉しそうな笑顔を浮かべていた。

「えっと、また来てもいいですか?」
「もちろんです! いつでもどうぞ」
「......ありがとうございます!」

 会計が終わると、ミレッタは大事そうに本を抱え、何度も振り返りながら店を出ていった。その様子を見ていたラヴィアが、湯呑みを置き口を開く。

「お主、さっき何を言いかけたんじゃ」
「ラヴィアさん、聞いていたんですか?」
「正しくは『聞こえた』じゃ。妾は他の種族よりも耳が良いからのう。それで、何を言おうとしたんじゃ?」
「気になりますか? まあ別に隠すこともないのでいいですが」

 三月はカウンターに置かれていた段ボールを抱えると、店の奥へ向かって歩き出した。そして、カウンターを通り過ぎたところでふと足を止め、振り返る。

「単純に――可愛いじゃないですか」
「............」

 ラヴィアはしばらく三月を見つめる。

「まあ、ミヅキらしいのう」

 そう呟くと、ラヴィアは何食わぬ顔でコップに視線を向ける。

「ミヅキ、お茶が切れた」
「これを出したら、新しいの入れますね」

 この時、三月の答えはミレッタの性格を大きく変える事になるが――それはまた別のお話。
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