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第3話 長谷浦 幾三郎




 こっちに来てから 約2週間が経った。
 だいぶ 状況が把握できてきたから 1度整理しておこうと思う。

 ボクは宮村 亜樹。
 21歳の美大生。
 21世紀生まれの現代っ子。
 スマホ手放すとか想像できない暮らしをしてきた若者だ。

 ボクが 今 いる時代は ボクがいた時代から丁度 百年ほど前。
 1922年。
 元号で言うと大正十一年ってことになる。
 
 現在地は なんて言ったら良いんだろうか......。
 簡単に言うと 長・谷・浦・ 城・隍・の・中・だ。

 ボクの意識は 長谷浦 城隍の中にある。
 ボクが城隍になってるワケじゃあ無・い・。
 城隍の意識の中にいて そこから外の世界を眺めてる感じ。

 ボクは幾三郎君(そう。この時期は まだ城隍って名乗っていないんだ)の意識に一切干渉できないし 幾三郎君の考えていることも分からない。
 
 見てるものは ボクにも見える。
 言ってることは 聴こえるから解るけど 内言語は分からない。
 味覚や触覚 嗅覚はスゴく鈍くなってる気がする。
 もしかしたら ボク自身の経験と照らし合わせて補完してるだけかもしれない......その程度の感じ方。

 例えて言うとゲームの実況配信を視てるような感じ。
 実況者(幾三郎君)の声は聴こえるけど姿は見えず 考えてることも分からない。
 だけど 配信者が見てること 聞いてることは 解る......そんな感じだ。


 そして 幾三郎君が 今いるのは 光岡市 本町六丁目。
 ボクらの時代なら オフィス街になってる辺り。
 でも この時代は 木造家屋が建ち並ぶ住宅街。
 平屋建ての和風建築の六畳間。

 幾三郎君の1日は この部屋から始まる。
 起床は決まって朝6時の少し前。
 どういう仕組みなのか 目覚まし時計も無いのに 正確に目を覚ます。
 目を覚まして数分すると 家に1つしかない居間の時計が

 ボーン... ボーン... ボーン...

 と6つ鐘を鳴らす。
 
 その音を聞くと蒲団から起き出し 寝間着を畳む。
 パジャマじゃない。寝間着だ。よく旅館とかで貸し出ししてくれるヤツって言えば解るだろうか?
 更に言うと幾三郎君はパンツじゃなくて褌ふんどしを締めてて 上には 白いランニングシャツ。
 褌!?って思ったけど この時代の男性は 大抵そうみたい......風呂屋に行った時に確認した。

 ボクなら悪戦苦闘しそうな 着物着て 袴はかま履いてってゆー着付けも手慣れた動きで一瞬で終わらせる。
 顔洗ったり歯を磨いたりっていう朝の身支度も 洗面所なんて無くて 庭先にあるポンプ式の井戸から タライに水を汲んでやる。今は9月だからいいけど 冬場は辛そうな気がする......。

 その後 台所へ行って 納戸なんどに仕舞ってある朝食を居間の卓袱台ちゃぶだいに並べ 壁掛け時計のゼンマイを巻く。
 これは決まって幾三郎君の仕事。

 その頃になるとお兄さんも起き出してくる。
 そう。この家は兄弟2人暮らし。

 長谷浦 幾三郎は 光岡の北 悟堂ごどう町(ボクらの時代だと星光市内になってる)出身で造り酒屋の三男坊。五人兄弟の4番目。
 この時期 陸軍光岡連隊勤務だった次兄と同居してた。


「兄さん おはようございます。」

「おはよう。いつも 朝の支度すまんな」

 
 お兄さんは 25歳。
 名前は郁二郎いくじろう。
 顔は幾三郎君によく似て整った目鼻立ちだけど もう少し精悍な感じ。
 背は ほんの少し低いみたいだけど 軍隊で鍛えられて ガッシリとしてる。
 陸軍中尉だそうで広河原の輜重しちょう連隊に勤務している。お城の横にあったらしい歩兵連隊とは どうやら別みたい。輜重ってゆーのは補給部隊のことらしい......あんまり詳しくないから よく分かんないけど。

 補給部隊勤務ってだけあって 優しそうな人。声 荒げることなんて一切ない。ボクのイメージしてたファナティックな陸軍軍人って雰囲気なんて微塵も無い。穏やかな風貌で どっちかと言うと理系の研究者って感じ。


「今日も美術院か?」

「はい。午前は先生の指導を受けて 午後は帝展に向けた作品用のスケッチをして回ろうと思っております」


 幾三郎君は この年20歳。
 5歳上のお兄さんに しっかり敬語で話す。ボクにも8歳上の兄さんがいるけど敬語で話したことなんて1度も無い。そういう時代だったのか 長谷浦家の家風なのか......。
 敬語で話してるし お兄さんの喋り方は かなり上から目線なんだけど 兄弟の絆みたいなのは感じる。
 仲悪いわけじゃなさそうだ。
 

「うん。去年 帝展に入選したのは 親父も鼻が高いって喜んでいた。幾三郎を美術院に入れてやれって言った 俺の面目も立った。今年も頑張れよ」

「......はい」


 そうなんだよな。
 この時期 幾三郎君は 帝展を目指しているんだよな。この後 パリ留学を経て帰って来た城隍は 官展の強烈な批判者として 画壇に登場するワケだけど......。
 この時期の城隍は 世間的には風景画家として認識されてる。帝展入選作も たぶん風景画だったハズ。美術院在学中から公募展に入選する若き天才風景画家。それが長谷浦 幾三郎だ。
 ちなみに ボクが追っている20数点の裸婦像は描かれたのは この時期だけど 公表されたのは ずいぶん先の時代だ。『しのぶ』に至っては 城隍の死後 自宅のアトリエから発見されたっていう曰く付きの作品だ。
 何故 公表しなかったのか?ってのも 城隍をめぐる謎の1つ。

 
 幾三郎君が いつも持ち歩いてる画帳(スケッチブック)には 何枚かのヌードデッサンがあった。
 作品に描いてるとこは まだ見てないけど この時期に描いた裸婦像もあるハズなんだ。
 城隍の裸婦像をめぐる謎の目撃者にボクはなれるんだろうか......?
 .........。
 ......。
 ...。

 
 
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城隍亭 画帳控え作者:金星タヌキ
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 こっちに来てから 約2週間が経った。
 だいぶ 状況が把握できてきたから 1度整理しておこうと思う。

 ボクは宮村 亜樹。
 21歳の美大生。
 21世紀生まれの現代っ子。
 スマホ手放すとか想像できない暮らしをしてきた若者だ。

 ボクが 今 いる時代は ボクがいた時代から丁度 百年ほど前。
 1922年。
 元号で言うと大正十一年ってことになる。
 
 現在地は なんて言ったら良いんだろうか......。
 簡単に言うと 長・谷・浦・ 城・隍・の・中・だ。

 ボクの意識は 長谷浦 城隍の中にある。
 ボクが城隍になってるワケじゃあ無・い・。
 城隍の意識の中にいて そこから外の世界を眺めてる感じ。

 ボクは幾三郎君(そう。この時期は まだ城隍って名乗っていないんだ)の意識に一切干渉できないし 幾三郎君の考えていることも分からない。
 
 見てるものは ボクにも見える。
 言ってることは 聴こえるから解るけど 内言語は分からない。
 味覚や触覚 嗅覚はスゴく鈍くなってる気がする。
 もしかしたら ボク自身の経験と照らし合わせて補完してるだけかもしれない......その程度の感じ方。

 例えて言うとゲームの実況配信を視てるような感じ。
 実況者(幾三郎君)の声は聴こえるけど姿は見えず 考えてることも分からない。
 だけど 配信者が見てること 聞いてることは 解る......そんな感じだ。


 そして 幾三郎君が 今いるのは 光岡市 本町六丁目。
 ボクらの時代なら オフィス街になってる辺り。
 でも この時代は 木造家屋が建ち並ぶ住宅街。
 平屋建ての和風建築の六畳間。

 幾三郎君の1日は この部屋から始まる。
 起床は決まって朝6時の少し前。
 どういう仕組みなのか 目覚まし時計も無いのに 正確に目を覚ます。
 目を覚まして数分すると 家に1つしかない居間の時計が

 ボーン... ボーン... ボーン...

 と6つ鐘を鳴らす。
 
 その音を聞くと蒲団から起き出し 寝間着を畳む。
 パジャマじゃない。寝間着だ。よく旅館とかで貸し出ししてくれるヤツって言えば解るだろうか?
 更に言うと幾三郎君はパンツじゃなくて褌ふんどしを締めてて 上には 白いランニングシャツ。
 褌!?って思ったけど この時代の男性は 大抵そうみたい......風呂屋に行った時に確認した。

 ボクなら悪戦苦闘しそうな 着物着て 袴はかま履いてってゆー着付けも手慣れた動きで一瞬で終わらせる。
 顔洗ったり歯を磨いたりっていう朝の身支度も 洗面所なんて無くて 庭先にあるポンプ式の井戸から タライに水を汲んでやる。今は9月だからいいけど 冬場は辛そうな気がする......。

 その後 台所へ行って 納戸なんどに仕舞ってある朝食を居間の卓袱台ちゃぶだいに並べ 壁掛け時計のゼンマイを巻く。
 これは決まって幾三郎君の仕事。

 その頃になるとお兄さんも起き出してくる。
 そう。この家は兄弟2人暮らし。

 長谷浦 幾三郎は 光岡の北 悟堂ごどう町(ボクらの時代だと星光市内になってる)出身で造り酒屋の三男坊。五人兄弟の4番目。
 この時期 陸軍光岡連隊勤務だった次兄と同居してた。


「兄さん おはようございます。」

「おはよう。いつも 朝の支度すまんな」

 
 お兄さんは 25歳。
 名前は郁二郎いくじろう。
 顔は幾三郎君によく似て整った目鼻立ちだけど もう少し精悍な感じ。
 背は ほんの少し低いみたいだけど 軍隊で鍛えられて ガッシリとしてる。
 陸軍中尉だそうで広河原の輜重しちょう連隊に勤務している。お城の横にあったらしい歩兵連隊とは どうやら別みたい。輜重ってゆーのは補給部隊のことらしい......あんまり詳しくないから よく分かんないけど。

 補給部隊勤務ってだけあって 優しそうな人。声 荒げることなんて一切ない。ボクのイメージしてたファナティックな陸軍軍人って雰囲気なんて微塵も無い。穏やかな風貌で どっちかと言うと理系の研究者って感じ。


「今日も美術院か?」

「はい。午前は先生の指導を受けて 午後は帝展に向けた作品用のスケッチをして回ろうと思っております」


 幾三郎君は この年20歳。
 5歳上のお兄さんに しっかり敬語で話す。ボクにも8歳上の兄さんがいるけど敬語で話したことなんて1度も無い。そういう時代だったのか 長谷浦家の家風なのか......。
 敬語で話してるし お兄さんの喋り方は かなり上から目線なんだけど 兄弟の絆みたいなのは感じる。
 仲悪いわけじゃなさそうだ。
 

「うん。去年 帝展に入選したのは 親父も鼻が高いって喜んでいた。幾三郎を美術院に入れてやれって言った 俺の面目も立った。今年も頑張れよ」

「......はい」


 そうなんだよな。
 この時期 幾三郎君は 帝展を目指しているんだよな。この後 パリ留学を経て帰って来た城隍は 官展の強烈な批判者として 画壇に登場するワケだけど......。
 この時期の城隍は 世間的には風景画家として認識されてる。帝展入選作も たぶん風景画だったハズ。美術院在学中から公募展に入選する若き天才風景画家。それが長谷浦 幾三郎だ。
 ちなみに ボクが追っている20数点の裸婦像は描かれたのは この時期だけど 公表されたのは ずいぶん先の時代だ。『しのぶ』に至っては 城隍の死後 自宅のアトリエから発見されたっていう曰く付きの作品だ。
 何故 公表しなかったのか?ってのも 城隍をめぐる謎の1つ。

 
 幾三郎君が いつも持ち歩いてる画帳(スケッチブック)には 何枚かのヌードデッサンがあった。
 作品に描いてるとこは まだ見てないけど この時期に描いた裸婦像もあるハズなんだ。
 城隍の裸婦像をめぐる謎の目撃者にボクはなれるんだろうか......?
 .........。
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