第2話 大正の街へ
「......そんなワケで まぁ ちょっと悩んでるって感じですね。今のところ 資料が全然 無くて 手詰まりなんです」
「別に 資料で調べろって課題でもないんでしょ~?」
「あー まぁ それは そうなんですけど。美術史の課題じゃあないんで......。作品を読み解いて 作家の心情に迫れれば それで いいんです。ただ もっと 踏み込んで知りたいって思うんですよね。ホント 会って どんな人だったか聞いてみたい感じですかね。『城隍先生 この〈しのぶ〉さんって 何処のどなたなんですか?』って......」
そう言って 軽く笑ってみせる。
七海さんも ボクのツマンない冗談に愛想笑い。
「ほんと 会って聞けたら 一番ね~。それができたら 一番よね」
そこまで 言って 眼から笑みが消える。
柱時計の振り子の立てる微かな音しかしない静かな空間。
昼までで下校する小学生の笑い声が 遠くに聞こえる。
「ほんとに 会ってみたい?」
その黒い瞳に 輝きはなくて 暗い深淵が拡がっていた。
吸い込まれるような 墜ちていくような感覚。
畏怖じみた感情を抱くけど それでも正直な気持ちを話す。
「会ってみたいですね。これだけの絵を描かせるだけの女の人って そうはいないと思うんで」
ボクも かつて 全身全霊を込めて 1人の女の子を描いたことがある。
そして それ以前とは 全く 違う人間になった。
きっと 城隍さんも そんな経験をしたんだろう。
だから ボクなら その経験の意味を理解できるんじゃないだろうか?
そんな想いで 七海さんの質問に答えた。
ところが 七海さんは 相貌を崩し おどけたような顔。
「......ほんと 会えたら 色々 聞けそうなのにね。でも もうとっくに死んじゃった お爺さんでしょ。ど~しよ~も ないわね。まぁ せっかく来たんだし 奥にお茶用意するから 飲んでって~。七海にできる応援 それくらいだし~」
そう言いながら 店の中ほどにあるティーテーブルに ボクを案内してくれる。
なんだったんだ?って思うけど 七海さん 超マイペースな謎人間だしな。
あんまり気にしてもしょうがない。
それより お茶だ。
七海さんは 桜橋でハーブティーの専門店もやってるお茶のスペシャリスト。
外は ホント暑くて死にそうだった。
ここに寄ったのも もしかしたら お茶 ご馳走になれるかもって思ったから......。
......今日は どんなお茶が出るんだろう ちょっと楽しみだ。
.........。
......。
...。
七海さんが出してくれたお茶は 少し黄色っぽい色。どことなく懐かしい香りがした。遠い昔の記憶を呼び覚ますような甘い香り......。
ボクが覚えているのは そこまで。
次に気がつくと 稲荷町の路地を西に向かって歩いていた。
......長谷浦 城隍として。
.........。
......。
...。