第6話 映画館とデパート
幾三郎君は ウエイトレスの女の子としばらく話すと 彼女に絵のモデルになってもらう約束を取り付ける。モデル代なのか チップなのか 幾三郎君が 財布から出したお金をサッと受けとると カウンターの方へ行きお店の人と何か話してる。この時代の金銭感覚って まだ よく分からないんだけど チップにしては けっこう大きな金額の気がする。やっぱり モデル料なのかな?
これってナンパ?
ボクの記憶では『女給』って題の付いた裸婦像のモデルは確かに この女の子に似てる気がする。
そして 城隍はモデルの女の子達と交際があったって......。
幾三郎君は 運ばれてきたシベリアを ゆっくりと頬張りながら置いてある雑誌に目を通す。
どうやら芸術雑誌らしいんだけど 旧仮名遣いで漢字も旧態字 写真も少しあるものの 白黒で不鮮明。かなり分かりにくい。たぶん パリ(巴里って表記されてる)の新思想について書かれてるんだけど よく分からない。確か キュビズムは もう発表されてる時期のハズ。
幾三郎君は ボクよりは分かってるんだろうけど この不鮮明な白黒写真で 絵画の勉強するってのは厳し過ぎる。この時期の画家達が みんなパリ留学に憧れたのも納得だ。
しばらくすると 小豆色の着物に着替えた さっきのウエイトレスの女の子が奥から出てきた。小豆色の小紋の小袖に暗紅色の打掛姿。足許も草履に足袋になってる。ほぼ和装だけど 手元にはハンドバッグ持ってる。
幾三郎君とウエイトレスの女の子は 連れ立って ミルクホールを出る。勤務時間とか大丈夫なのかな? 幾三郎君が声掛けたら いきなり仕事終わってるんだけど? 時代が違うとはいえ なんとも釈然としない......。
2人は 少し歩いたところにある 芝居小屋みたいな建物に入る。ウエイトレスの女の子は ちょっとビックリした様子でスゴく喜んでる。
建物の中は 暗い部屋になっていて 入ってすぐのところに大きな機械が置いてある。これは ボクにも予想がつく。映画の映写機だ。上にフィルムを取り付けるためのリールが2つ並んでる。百席ほど椅子が並んだ部屋の正面には 小さな舞台。赤色の緞帳が降りている。
しばらく待ってると燕尾服に丸高帽を被ったおじさんが舞台袖から出てきて 舞台右手の演台に座る。そして 部屋が暗くなり上映開始。小さなスクリーンに白黒の映画が映る。それを舞台横のおじさん(活動弁士ってゆーやつだ)が リズムよく解説してくれる。ウエイトレスの女の子は 手を叩いて お腹抱えて大爆笑。70人くらい入った客席も 大ウケ。......なんだけど ボクは 何が面白いのか よく分からない。ドタバタコメディーみたいなんだけど ストーリーもギャグも 説明されても ついていけない感じ。幾三郎君も たまに声出して笑ってた。この映画は それなりに面白い作品らしい。
ただ 幾三郎君は ほとんどの時間は 映画のスクリーンの照り返しに浮かぶ 活動弁士やウエイトレスの女の子のことをスケッチしていた。ホントに 腰を下ろしたら 画帳が開く。そして 鉛筆が走り始め みるみるミニデッサンが完成していく。
2時間くらいの上映時間の間に 顔のアップや全身画 バストアップなど10枚ほどのデッサンが出来上がっていた。
映画が終わった後 幾三郎君は ウエイトレスの女の子と並んで 弁天町の繁華街を稲荷町の方へと歩き始める。どうやら2人で夕食を 食べるみたいだ。今度も ウエイトレスの女の子は大喜び。
15分ほど歩いてたどり着いたのは ボクも知ってる場所。稲荷町と弁天町の角。大野屋デパートの場所だった。建物は ボクの知ってる大野屋じゃなかったけど〈菱形に大〉のロゴマークは ボクらの時代と一緒だ。四階建ての大きな建物。ボクが こっちに来てから見た建物の中では1番大きい。
正面入口から入り 左手に進むとエレベーター。
ただ ボクの知ってるような密閉型じゃなくて ガレージのサッシみたいな折り畳み式のゲート......しかも手動。
幾三郎君達が乗り込むと制服姿のエレベーターガールが外側 内側の順で手作業で閉める。
そしてエレガントな振る舞いで行き先を聞き 操作盤の〈4〉のボタンを押す。
エレベーターはエレガントとは程遠い轟音を立てながら上昇を始める。
「すんごい 勢いだァ。わたす 初めて乗ったんよー」
ウエイトレスの女の子は 嬉しそうな顔をして 幾三郎君の腕にしがみつく。
ボクは けっこう怖かったんだけど この頃の人にとってはジェットコースターに乗るような感じだったんだろうか?
エレベーターは4階に到着し 内側 外側の順でゲートが開けられ 幾三郎君達は フロアに立つ。
2人は連れだって〈大野屋デパアトレストラント〉と看板の出た食堂へ。ガラスケースに入った食品見本とか定番だけど 見当たらず。まだ無かったんだろうか?
2人はテーブルにつくと 幾三郎君がメニューを見て 相談しながら注文をする。
料理がくるまで 色々とお喋り。
ウエイトレスの女の子のことを尋ねてる。
やっぱり 2人は ほぼ初対面だったみたい。
女の子の名前は福田 稲。
清滝村の農家出身の17歳。小作だって言ってた。貧乏ってことかなぁ?
7人姉弟の1番上。
小学校を卒業したあと 家の手伝いをしてたけど 街の暮らしに憧れて 光岡に出てきたらしい。
街で稼いだお金は 毎月 少しずつ仕送りしてるんだって。
17って言ったら高校生ぐらいだよね。ボクはその年頃のころ バイトもしてなかった。まして 親に仕送りとか......。時代が違うってことなんだろうけど 色々考える。
しばらくすると料理が運ばれてきた。
「うわぁ。大野屋のコロケットだァ。話には 聞いてたけど 本物 見るの初めてだァ」
稲ちゃんは 満面の笑みで 眼をキラキラさせてる。
そう。運ばれてきた料理はコロッケ。実家にいた時は母親の手伝いで時々作ったし 下宿するようになってからは 夕飯 面倒くさい時にスーパーで買って帰って 彼女と2人で囓ったりする。あのコロッケだ。
ボクにとって家庭料理の範疇に入るコロッケが 白い陶器のお皿に付け合わせの千切りキャベツと一緒に鎮座していた。
稲ちゃんは テーブルの上のガラス瓶に入ったソースを恐る恐るコロッケにかけ 不慣れな手付きでナイフとフォークを扱いながら 小さく切り分けて食べる。幾三郎君は もう少し慣れた手付きだけど やっぱり 切り分けて食べてる。
「美味しーなァ。このソオスっての もォちっとかけていいかァ?」
幾三郎君が肯くと 今度はたっぷりかけて ヒタヒタにして 嬉しそうに頬張ってる。
一生懸命 頑張って暮らしてるんだけど こういう姿は 十代の女の子らしいってゆーか ボクらの時代の高校生より純朴な感じ......。
でも この後 ボクは この時代の現実 あるいは 長谷浦 城隍って人の現実を目にすることになる......。
.........。
......。
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