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第5話 ミルクホール




 弁天町までは歩いて15分ほど。
 幾三郎君は早足でスタスタと歩く。昨日は友人と2人連れだったけど 今日は1人。六ヶ杜の緑の間を抜け西へと歩く。ボクらの頃 県立美術館になってる辺りはレンガ造りの高い塀に囲まれている。たしか この時代は光岡侯爵家の本邸として使われているハズ。昨日は ここの正門から黒塗りの自動車が出て来るのを見た。華族様とかリアルにいたんだよな......。

 弁天町の端に着く。星光市内 随一の歓楽街として有名な場所だけど それは大正時代も同じ。表通りには和風建築は少なく漆喰仕上げや石壁 レンガ造りの洋風建築が建ち並び 色とりどりの看板や のぼりが眼を惹く。とは言え ほとんどの建物は2階建てで チラホラ3階建てが見える程度。電信柱もほとんど無いから 9月の青い空が街の上に広がっていた。


 幾三郎君は 黄土色の漆喰仕上げの2階建て ファッサードに【ミルクホール〈ラ・セヱヰヌ〉】って看板の出た店の石造りのポーチを三段上がる。いかにもアールヌーヴォーって感じの装飾的なドアを押して店内へ。店の中は大きな明かり取りのガラス窓のおかげでかなり明るい。少なくとも薄暗い感じだった美術院の教室に比べると格段の明るさ。
 天井も高いってゆーか 半分くらい吹き抜けになっていて 表から見ると2階部分の窓に見える窓も1階部分へと光を取り込んでいた。
 黒い鉄製の細い手摺がついた螺旋階段が入って正面の左手奥にあってロフト状の2階席から1階席が見下ろせるようになってる。
 その2階席の下の部分がカウンターになっていて 厨房に繋がってるみたい。
 店の中は 昼食時ってことなのか 書生スタイルの若者達や背広姿の勤め人の姿が多い。全体的に客層は若い感じ。だけど40代~50代って感じの中年男性の姿もチラホラ。

 幾三郎君は 窓際のこれまたアールヌーヴォー調の木製丸テーブルに席を決める。コーヒーでも頼むのかなって思ったけど メニュー表にはコーヒーの文字は無く ミルクやオレンヂジュース サンドイッチや食パンの文字が......食パン お店で頼むの?って思うけど この頃は普通だったのかな?

 
 メニューをしばらく眺めていると ミモザ色の着物にフリルのエプロンを着けたウエイトレスさんが注文を聞きにきてくれる。ミモザ色(和の色味だと何て言うのかな?)の地に 濃い緑色の細いストライプが入った生地の着物に洋風のエプロンが いかにも大正っぽい。頭には黒リボン。靴も黒色のローファー。

 
「いらっしゃいませ。何をご注文ですかァ?」

 
 和洋折衷って感じが可愛いらしいウエイトレスさん。
 ちょっと喋り方が舌足らずっぽい。
 クセっ毛っぽい黒髪が肩上辺りでフワッと広がってる。
 背は あんまり高くない。
 大きな目に薄っすらソバカス そしてプックリとしたちょっと厚めの唇がチャーミング。
 年齢は いくつくらいだろう?
 軽くお化粧してるみたいだけど 十代後半って感じかな?


「ミルクとシベリア2つ」


 シベリア?
 シベリアって何だ?
 あのロシアのシベリア?
 

「ミルクとシベリア2つ~」


 ウエイトレスの女の子は 驚いた風もなく 復唱して カウンターへ向かいオーダーを通す。
 幾三郎君も いつものように画帳を開き デッサンを始める。
 モデルは さっきのウエイトレスの女の子。
 ページの上に〈九月拾三日ラ・セヱヰヌ之女給〉と書き入れてからデッサン開始。

 カウンターに向かってオーダーを通す後ろ姿を 描く。背中からお尻にかけてのライン お尻の丸みが瞬く間にケント紙の上に現れ出てくる。
 2度3度とオーダーを通しに彼女が背中を向けてカウンターのまえに立つ度に 細かな修正を入れ その間の時間に陰影を描き込んでいく。


「ミルクとシベリア2つ~ お待たせしすました~」


 ウエイトレスの彼女が 銀色のトレーに陶器のコップに入った牛乳と三角形に切った羊羮(?)を挟んだカステラが2つ乗ったお皿を持ってきた時には 背景のカウンターまで描き込まれた 絵葉書サイズのデッサン画が ほぼ完成していた。


「あらァ? わたす私を描いてくれたんかァ?」


 舌足らずで〈わたし〉が〈わたす〉に聞こえる奇妙に抑揚の付いた話し方で ウエイトレスの女の子が 聞いてくる。舌足らずなんじゃなくて訛ってるのかな?


「うん。背中の線が綺麗だったからね」

「せなかァ背中 きれェー綺麗って 失礼じゃねェかァ。わたす 顔も かーいー可愛いって よー言われんでなぁ?」


 ちょっと膨れて怒った顔見せるけど 本気で怒ってる感じじゃない。どっちかってゆーと幾三郎君に興味津々って感じ。鏡で見た幾三郎君は なかなかの美男子。ボクは 男のことカッコいいとか あんまり思わないけど 幾三郎君は ボクでも綺麗な顔って思った。切れ長の目に白い肌。いわゆる優男ってヤツだ。
 その上 女の子を褒めるのが上手だ。
 スッと伸びた背筋に繋がるプリっとしたお尻のラインが 確かに綺麗ってゆーか 魅力的ってゆーか。そこの部分を美しくデッサンした上で さらっと綺麗って言ってみせる。女の子が喜ばないハズがない。
 

「確かに 眼と口許も美しいね。描いておきたいな」

「お兄さァ 美術院の書生さんかァ?」

「うん。僕の名前は 長谷浦 幾三郎って言うんだ......」

 .........。
 ......。
 ...。
 
 

 
 
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城隍亭 画帳控え作者:金星タヌキ
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第5話 ミルクホール




 弁天町までは歩いて15分ほど。
 幾三郎君は早足でスタスタと歩く。昨日は友人と2人連れだったけど 今日は1人。六ヶ杜の緑の間を抜け西へと歩く。ボクらの頃 県立美術館になってる辺りはレンガ造りの高い塀に囲まれている。たしか この時代は光岡侯爵家の本邸として使われているハズ。昨日は ここの正門から黒塗りの自動車が出て来るのを見た。華族様とかリアルにいたんだよな......。

 弁天町の端に着く。星光市内 随一の歓楽街として有名な場所だけど それは大正時代も同じ。表通りには和風建築は少なく漆喰仕上げや石壁 レンガ造りの洋風建築が建ち並び 色とりどりの看板や のぼりが眼を惹く。とは言え ほとんどの建物は2階建てで チラホラ3階建てが見える程度。電信柱もほとんど無いから 9月の青い空が街の上に広がっていた。


 幾三郎君は 黄土色の漆喰仕上げの2階建て ファッサードに【ミルクホール〈ラ・セヱヰヌ〉】って看板の出た店の石造りのポーチを三段上がる。いかにもアールヌーヴォーって感じの装飾的なドアを押して店内へ。店の中は大きな明かり取りのガラス窓のおかげでかなり明るい。少なくとも薄暗い感じだった美術院の教室に比べると格段の明るさ。
 天井も高いってゆーか 半分くらい吹き抜けになっていて 表から見ると2階部分の窓に見える窓も1階部分へと光を取り込んでいた。
 黒い鉄製の細い手摺がついた螺旋階段が入って正面の左手奥にあってロフト状の2階席から1階席が見下ろせるようになってる。
 その2階席の下の部分がカウンターになっていて 厨房に繋がってるみたい。
 店の中は 昼食時ってことなのか 書生スタイルの若者達や背広姿の勤め人の姿が多い。全体的に客層は若い感じ。だけど40代~50代って感じの中年男性の姿もチラホラ。

 幾三郎君は 窓際のこれまたアールヌーヴォー調の木製丸テーブルに席を決める。コーヒーでも頼むのかなって思ったけど メニュー表にはコーヒーの文字は無く ミルクやオレンヂジュース サンドイッチや食パンの文字が......食パン お店で頼むの?って思うけど この頃は普通だったのかな?

 
 メニューをしばらく眺めていると ミモザ色の着物にフリルのエプロンを着けたウエイトレスさんが注文を聞きにきてくれる。ミモザ色(和の色味だと何て言うのかな?)の地に 濃い緑色の細いストライプが入った生地の着物に洋風のエプロンが いかにも大正っぽい。頭には黒リボン。靴も黒色のローファー。

 
「いらっしゃいませ。何をご注文ですかァ?」

 
 和洋折衷って感じが可愛いらしいウエイトレスさん。
 ちょっと喋り方が舌足らずっぽい。
 クセっ毛っぽい黒髪が肩上辺りでフワッと広がってる。
 背は あんまり高くない。
 大きな目に薄っすらソバカス そしてプックリとしたちょっと厚めの唇がチャーミング。
 年齢は いくつくらいだろう?
 軽くお化粧してるみたいだけど 十代後半って感じかな?


「ミルクとシベリア2つ」


 シベリア?
 シベリアって何だ?
 あのロシアのシベリア?
 

「ミルクとシベリア2つ~」


 ウエイトレスの女の子は 驚いた風もなく 復唱して カウンターへ向かいオーダーを通す。
 幾三郎君も いつものように画帳を開き デッサンを始める。
 モデルは さっきのウエイトレスの女の子。
 ページの上に〈九月拾三日ラ・セヱヰヌ之女給〉と書き入れてからデッサン開始。

 カウンターに向かってオーダーを通す後ろ姿を 描く。背中からお尻にかけてのライン お尻の丸みが瞬く間にケント紙の上に現れ出てくる。
 2度3度とオーダーを通しに彼女が背中を向けてカウンターのまえに立つ度に 細かな修正を入れ その間の時間に陰影を描き込んでいく。


「ミルクとシベリア2つ~ お待たせしすました~」


 ウエイトレスの彼女が 銀色のトレーに陶器のコップに入った牛乳と三角形に切った羊羮(?)を挟んだカステラが2つ乗ったお皿を持ってきた時には 背景のカウンターまで描き込まれた 絵葉書サイズのデッサン画が ほぼ完成していた。


「あらァ? わたす私を描いてくれたんかァ?」


 舌足らずで〈わたし〉が〈わたす〉に聞こえる奇妙に抑揚の付いた話し方で ウエイトレスの女の子が 聞いてくる。舌足らずなんじゃなくて訛ってるのかな?


「うん。背中の線が綺麗だったからね」

「せなかァ背中 きれェー綺麗って 失礼じゃねェかァ。わたす 顔も かーいー可愛いって よー言われんでなぁ?」


 ちょっと膨れて怒った顔見せるけど 本気で怒ってる感じじゃない。どっちかってゆーと幾三郎君に興味津々って感じ。鏡で見た幾三郎君は なかなかの美男子。ボクは 男のことカッコいいとか あんまり思わないけど 幾三郎君は ボクでも綺麗な顔って思った。切れ長の目に白い肌。いわゆる優男ってヤツだ。
 その上 女の子を褒めるのが上手だ。
 スッと伸びた背筋に繋がるプリっとしたお尻のラインが 確かに綺麗ってゆーか 魅力的ってゆーか。そこの部分を美しくデッサンした上で さらっと綺麗って言ってみせる。女の子が喜ばないハズがない。
 

「確かに 眼と口許も美しいね。描いておきたいな」

「お兄さァ 美術院の書生さんかァ?」

「うん。僕の名前は 長谷浦 幾三郎って言うんだ......」

 .........。
 ......。
 ...。
 
 

 
 
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