第五話:折り紙の作戦会議と地獄のポチ
――早朝。
施設の周りには、薄っすらと霧が立ち込め
鳥の低い鳴き声が遠くで響いていた。
ガチャッ
ギィィイ――......。
「うぅ......。やはり、朝は冷える」
寝ぼけ眼のロイドは、身震いしたあと小さく呟き
施設の農園へ水やりをしようと外へ出たが
何かにぶつかり後ろによろけた。
瞼を擦って目の前の塊へ顔を近づけてよく見ると、
そこには高値で肉が取引されている獣達が積みあがっていた。
「え。えぇぇ?! な、なんじゃこりゃぁああ!? 」
静かな森にロイドの叫び声が、こだましていく。
白銀輝の園は、ロイドの絶叫で起きることなくスヤスヤと夢の中。
「ハァ、ハァッ......。叫び疲れた。もういい、水やり終わらせよう」
それからロイドはトボトボと農園へ行くと、
大人4人分が横に並ぶくらいの巨大な足跡が視界に入り尻もちをついた。
「うぅ......。平穏な日なんて1日もない」
よろよろと立ち上がり服の後ろを手で叩くと、掌を空へと掲げる。
ポヨンッと水の塊が徐々に大きくなっていく。
指を鳴らすと、細かい粒子に変化した水が
育てている野菜たちへ降り注ぎキラキラと輝いて見えた。
こうして白銀輝の園は、騒がしい1日がまた今日も幕を開けた。
【今日の朝食は角煮と生姜焼きです】
「うぉぉおお! 肉だ! 」
「今日は、何かの祝いか?! 」
久し振りの肉を使った献立に、湧き上がる食堂のおじいちゃん、
おばあちゃん達。
調理場では、ロイドとベテラン職員達が手分けして調理をしていた。
ロイドが魔法で肉を宙に浮かせ、食べやすいようにカットして
鍋や大きいフライパンの上へ移動させる。
その横で、ベテラン職員は野菜をものすごい速さで切り刻んでいく。
「ワタクシ......料理をするために魔法を覚えた訳じゃ――」
「ほら、ロイドさん手が止まってます! 」
「すみません」
美味しそうな匂いが食堂まで届くと、食堂のボルテージは一気に上がった。
座りながら、両手を上にあげて喜びの舞を踊るおばあちゃん。
肩を組みながら、肉の歌を歌っているおじいちゃん達。
テーブルに、ご飯、角煮と生姜焼き、コンソメスープが並べられた。
「せーのっ、全ての命に感謝を! いただきます! 」
「いただきます!! 」
朝とは思えない、全員の大声量と共に始まったご飯タイム。
一口食べた全員は、固まった。だがすぐ食べる速度が上がっていく。
「おぉ! ナイフで切らなくても、この肉は柔らかいぞ! 」
「ボアの肉とは思えないわ! ご飯との相性抜群ね! 」
「おかわり!! あと2人前くれ! 」
いつもなら、少し残してしまう人も続々とお皿を上に持ちあげて
おかわりを宣言した。
ルル達はバタバタと、おかわりコールに対応していき
用意した鍋やフライパンの肉は、綺麗に空になった。
皆が、お腹をさすりながら笑顔で自室へと戻って行く。
ロイドとルルは調理場の皿洗いをしていた。
「大変だったけど、こんなに喜んでくれて良かったです」
疲れてフラフラになりながら、ロイドは空の鍋を見ると微笑んだ。
【お疲れさまでした】
コンコンッ
「ロイドさん。解体が終わりました! 」
職員総出で行っていた獣の解体が、終了したことを告げに来た。
「これから、残った肉を氷魔法で凍らせてきます」
ルルは静かに頷き、皿洗いを再開した。
(ロイド君は色んな事が出来て、いいなぁ)
泡だらけの皿を流しながら、ルルは溜息を小さく吐いた。
ゴォーンッ、ゴーンッ......
暫くすると、午前10時の鐘が鳴った。
朝食の片付けを終えた私は、鐘の音を聞き
レクリエーションルームに向かう。
穏やかに、折り紙で花を作っているおばあちゃんの奥には
魔力無しのルルでも見える程の、壮大な黒いオーラを放っている一人の老人が居た。
彼の名前は、ユグシルさん(790歳)。
かつて人類を滅亡寸前まで追い詰めた、元・魔王軍の最高幹部である。
普段は裏庭の農園で土いじりをするのが大好きな
大人しいお爺ちゃんなのだが、
今日は、現役時代の「世界征服の作戦会議」に魂が巻き戻ってしまっていた。
机には、折り紙で作られた鳥が数個。
異国の古い地図が、何枚か広げられていた。
その地図の上にチェスの駒をいくつか前後に動かしながら、険しい顔をしている。
バンッ!
「ええい、おのれ人類め! 魔王様が居ないときに調子に乗りおって!
我が魔王軍の全戦力をもって、拠点を壊滅させてやるぞ!! 」
ユグシルおじいちゃんは、笑みを浮かべながら片手を見つめる。
ブワッと青白い炎が浮かび上がり、禁術の呪文を呟き始めた。
部屋中に禍々しい紫色の魔力の暴風が吹き荒れ、空間がミシミシと音を立てる。
「ヒィッ! 禁忌魔術! 国が滅ぶ!」
ロイドが必死に杖を構えて結界を張るが、
おじいちゃん、おばあちゃんを守るのに必死でロイド自身には薄っすらとしか結界が張れなかった。
「クッ! 魔力量が足りないぃぃ――」
全体的に防御結界が張られた室内ですら、家具がミシミシと亀裂が走っていく。
「フハハハッ! やるではないか! 」
笑った後、目を細めたユグシルおじいちゃんは更に光を強めた。
「うあぁぁぁ!! 」
ロイドだけ壁まで吹き飛ばされ、いつものように綺麗な黒焦げに仕上がった。
「な、なんで......いつも私だけなんだ」
そんなロイドくんを踏み越え、ルルはいつもの真顔でトコトコと
ユグシルおじいちゃんの前に歩み出た。
よく見ると、今度は椅子に座ったユグシルおじいちゃんは
両手に凄まじい密度の破壊エネルギーを込めながら、
目の前に置かれている『折り紙で作成した鳥』へと、
そのすべての魔力を注ぎ込んでいた。
「ドラゴンよ。ワシの腕となり働くのだ」
そう、彼は禁忌魔術の全てを注ぎ込み
質の高い折り紙(ドラゴンのつもり)を量産していたのである。
世界を滅ぼす勢いの魔力で作られた折り紙のドラゴンは、
今にも動きを開始しそうなほどカタカタッと震えだし
暗黒な色と濃い紫色のオーラで輝いている。
私はすかさず、ペンでスケッチブックに文字を書き、
おじいちゃんの目の前に掲げた。
【折り紙の使い方がとっても上手。100点満点(花丸の絵)】
ユグシルおじいちゃんは、ハッと動きを止めた。
その禍々しい魔力の暴風が、一瞬でピタッと収まる。
「花丸嬉しい......っじゃなくて。
当然だ! 我が魔王軍のドラゴン作戦(折り紙)に
抜かりなどあってたまるか!! 」
ユグシルは、ギロリとルルを睨みつけ大声を出した。
だが、折り紙に注いでいた魔力の光は急激に失速していく。
「べ、別に褒められても嬉しくなどないわ......」
世界を滅ぼしかけた大悪党が、ルルが書いた1枚のページだけで
耳を少し赤らめていた。
私はスケッチブックを机に置いた後、ゆっくり拍手をする。
すると、他のおじいちゃん、おばあちゃんも一緒に拍手をし出した。
「な、何が起きているんだ?! 」
ロイドはぐったりしながら、その光景をジッと見ていた。
「フンッ、小娘よ。おだてても何も出ないぞ?
でも、100点なんて魔王様にも言われたことなかったな――」
ブツブツ小声でつぶやき始めると、それ以降は完全に大人しくなった。
魔力を出し切ったのか?思考が切り替わったのか定かではない。
いつの間にか、完全に黒紫の光は無くなり何事もない状態になった。
ルルは、追加で書いた文字をバッと見せた。
【次の作戦で使う、別の魔物を作りましょう! 】
「そ、そうだな。次は海の魔物を作るとしよう」
笑顔で頷いたユグシルおじいちゃんは、椅子に座り直して
折り紙(イルカ)を折り始めた。
「ま、魔王軍の最高幹部を、ただの褒め言葉だけで手懐けた......!?
精神操作系の固有スキルまで魔力無しで操れるというのか......!? 」
壁際で少し黒焦げになったロイドくんが、
手を口にあてガタガタと震えながらルルを見つめている。
(いや、ただ折り紙を褒めただけなんだけどな......)
私が心の中でため息をついていると、
今度は廊下の向こうからこの世のモノとは思えない低い獣の唸り声が聞こえてきた。
ドシンッ、ドシンッ......。
地面が一定のリズムで揺れている。
ロイドと私は部屋の窓から廊下を見に駆け出した。
「ガルルルゥゥ......」
「やはり、召喚の話は本当だったんだ! 助けにいかないと! 」
ロイドが扉へと伸ばした腕を、ルルはガシッと掴み後ろへ引いた。
【様子をみましょう】
「なぜです!! ハッ......! もしや、何か作戦が!?
分かりました。マスターに従います」
(何も作戦はないよ?
あのワンちゃん、そんなに悪い子じゃない気がするから)
ルルは小さく頷くと、ガラガラと部屋の窓を開けた。
「ポチ~。今日はご機嫌ななめじゃな~。少し体を小さくしたからか? 」
首を傾げながら見上げて話しかける、ルシアンおじいちゃんに
ケルベロス達は、念話で答える。
『そうではない、なぜこの首輪をつける』
『いいじゃない! 僕はこの首輪、可愛いから気に入ってるよ』
『兄ちゃん、そんなに怒らないでよ。おじいちゃんありがとうね』
凶暴な3つの顔、その首には3つそれぞれ違う首輪がつけられていた。
左は青色の革に星の形をした宝石。右は赤色の革にひし形の宝石。
そして真ん中だけ、レースのような白い首輪にハート型の宝石。
『なぜ、我だけ女のような首輪を......』
「寝ずに、頑張って作ったのじゃが......。気に入らんかったか」
しょんぼりと肩を落としたおじいちゃんを見た左右の頭は、
真ん中の兄をギロリと睨みつける。
『兄ちゃん! 謝って! 』
『そうだよ! 兄ちゃんの宝石すごい加護が入ってるんだよ?! 』
『クッ......』
左右の弟に責められている、兄の顔は気まずそうに歪んだ。
小さく首を振ったおじいちゃんは、笑顔で話しかけた。
「いいんじゃ。
ワシの所に来てくれた感謝の気持ちを表したかっただけじゃ。
ほれ、頭を下げてくれたら首輪をはずそう」
おじいちゃんが両手を広げて待っていると、
真ん中の兄は頭を下げたかと思うと、そっとルシアンの頬を舐めた。
『べ、別にはずせと言っておらん。その、すまなかった』
左右の弟と、ルシアンおじいちゃんは微笑みながら何度も頷いていた。
「では、ポチ! 散歩に行くぞ~。あ、そんなに引っ張っちゃダメ――」
『早く、早くー! 』
『主に、またお肉を食べさせたいんだ! 』
ドドドッ......
ルシアンおじいちゃんが、フワッと宙に浮いたまま
凄まじい速度で出口へとケルベロスに連れていかれているように見えた。
ロイドの目が鋭くなり、ルルと目が合うとお互いに頷いた。
「チーフ! 私、行きます! 」
ルルとロイドも、その後を追った。
バーーンッ!!
出口の扉が体当たりで、ぽっかりと大きな穴が開いた。
ロイドは叫び声を上げ、ルルは心の中で呟いた。
「しゅ、修繕費がぁあああ!! 」
(今回は、一体......。始末書の文字数はいくつだろう)
「止まれぇぇぇえええ!! 」
シュッ――
ロイドが拘束魔法をかけると、1つの耳にかかり
ゆっくりとケルベロスは振り返り、青白い炎を口からこぼし始める。
「グルゥゥゥゥウウ」
「ここは、私が倒します! チーフ下がっててください! 」
目を細めたロイドは、魔法の杖を構え直した。