第六話:肉球の契約と魔王のハンバーグ
ロイドが杖を振るおうとしたその時。
「やめるんじゃ! 」
ルシアンおじいちゃんがケルベロスを庇うように前へ出た。
『危ないから後ろに下がっていろ』
『そうだよ。ここは任せて』
「この少年もマスターも、ワシの家族なんじゃ」
『主の家族だったのか? 』
『それじゃあ、心配しちゃうよね』
ケルベロスの動きが止まったのを見たロイドは駆け出した。
タタタッ――
「ルシアンさん! こちらに来てください」
「え、ああ。痛っ――」
ロイドが焦って強くルシアンの腕を引っ張ったせいで、
おじいちゃんの顔が歪んだ。
その表情を見逃さなかったケルベロスのポチは、
目を細め青白い炎をロイドへ飛ばす。
ボワッ!
「あ、あちぃぃぃいい!! 」
「グワァァァァア!! 」
『我の主に何をする!! 』
3つの頭は牙を剥き出しにして吠えた。
ロイドは綺麗な黒焦げに仕上がりながら、後ろへ後ずさりしている。
「も、もうお終いだぁぁああ」
ケルベロスの口から青白い炎が再度、生み出され始める。
ロイドは叫びながら、目をギュッと瞑った。
ザッ――
ルルは、黒焦げのロイドの前に出た。
ペンを大きく走らせ、ジト目でスケッチブックをバッと突き出す。
【おすわり!! 】
(そろそろ、皆のおやつタイムだから大人しくしてください)
一切の容赦のない威圧が漂う表情(おやつの時間を守りたい真顔)。
それを正面から見たケルベロスは、本能的な恐怖を察知してしまった。
(我を見ても動じない......。本能が言っている。
この人間の小娘、この主よりも強い。)
『兄ちゃん......』
『分かっておる』
「クッ、クゥーン......」
ドォォオンッ
【ふせ!!】
ズゥゥンッ
ケルベロスは静かにその場へ座った後、
土煙を上げながら素早くひれ伏した。
ルルはサラサラとページに文字を書き、ケルベロスへ見せた、
【よくできました(花丸)】
(ワンちゃんは、いつもこれで大人しくなるんだよね)
タタタッ――
「おーい! ルルちゃん、ロイド君。どうしたの? 」
施設長がスーツ姿で走って来た。
事情をロイドから説明を受けると、施設長は数歩ケルベロスの前へ進んだ。
「もしかして、あの沢山のお肉をくれたのは君達? 」
コクコクとケルベロスは頷く。ルシアンは前足を撫で、口を開いた。
「ワシが肉を食べたいって言っていたのを聞いていたのか?
なんてポチは、優しい犬なのじゃ」
クルッとルル達へ振り返った施設長は、笑顔で声を出した。
「じゃあ、この施設で飼っちゃおう! 」
「な、何を言ってるんですか?! 」
「だって、修繕費が増えて食費の予算を削っててさ―。
お肉とか出せてないし。
ポチちゃんがいてくれたら、色々心強いよね? 」
「そ、そうですけど......。私は反対です!
他の人が怪我したらどうするんですか?! 」
「ルルちゃんと、ルシアンさんの言う事は聞く感じだから
大丈夫だよ! 」
『どうする? 』
『人間の考えている事は分からぬ』
『でも、ここに居ていいのは嬉しいよね』
ポチは、静かにその光景を見つめていると、
ルルが側へやって来てルシアンおじいちゃんと一緒に前足を撫でた。
その後、スケッチブックの文字をポチに見せる。
【今日から家族。ポチ、よろしくね】
すると、青白い光がルルとケルベロスを包み
ルルの手の甲に小さい肉球の紋章がポワッと現れた。
驚いたルルは、ポチへと目線を上げた。
『主よりも強いこの娘。認めよう。マスターと』
(声が聞こえ始めた。違うよ? 私はマスターじゃない。ルルだよ)
『ふむ、謙虚さがある人間は嫌いじゃない。マスターこれから世話になる』
『よろしくね』
『また、美味しいお肉持ってくるね』
(モフモフ好きだし、まぁいいっか)
それから、ルルとルシアンおじいちゃんがポチの背中に乗り
遊び始めている後ろで、
ロイドは一生懸命ポチを施設に入れないよう働きかけたが
施設長は穏やかに微笑むばかりだった。
◆
「というわけで、今日から施設の家族になったポチです!
皆、仲良くね」
「ガウゥ! 」
(よろしくな)
「まぁまぁ! なんて可愛らしい」
「俺も昔、犬を飼っていた。懐かしいな」
ルシアンさんに、少し体を小さくして貰ったポチは挨拶が終わると
皆がポチの周りを囲み、三つの頭を優しく撫でまわし始める。
その尻尾は、いつまでも嬉しそうに左右に揺れていた。
パンパンッ
暫くすると、施設長が手を叩いた。
「そして、今日は新しい仲間が来ましたよ~! どうぞ、入って」
施設長は扉の方へ声を掛けると、大柄な男が1人部屋へ入って来た。
「皆さんへ、自己紹介お願いしますー!」
「我、魔王なり」
腕を前に組み、堂々と言う本物の元魔王。
一瞬、室内の皆はシーンと静まり返った。
だが、すぐ笑い声があちらこちらから沸いた。
「アハハハ! 居るよね~。自分のことドラゴンとか魔王だっていう人! 」
「いいじゃない! 面白い人ね! で、あなたの本当の名前は? 」
皆は魔王の言葉を信じず、冗談だと思い笑っている。
「魔王は、本当だ!! 疑うでない!!
このオーラが見えぬか?! 我はベルゼだ」
(良かった。なんだか皆、楽しそう)
それから、ロイドはそのまま部屋に残り。
ルルは調理場に移動し挽肉の形を整えていた。
(ポチの分も沢山作らないと)
銀色のテーブルの上に置かれた鉄板へ、沢山のハンバーグの素を作っては並べていく。
並べ終わった鉄板を、他の職員がオーブンへと入れていった。
「ルルチーフ、いつも手伝ってくれてありがとうございます」
ベテラン職員の女性が手を洗っていたルルへ頭を下げた。
ルルは首を横に小さく振って文字を書き、そっと見せる。
【これくらいしか出来ないから】
「そんなことないわ。また手伝ってくださいね」
職員の微笑みに、静かに頷くルル。
その後、調理場からレクリエーションルームへ歩いて行った。
ガラガラッ
扉を横に引くと、この世の終わりを告げるような地鳴りが響き渡っていた。
(空気が、おかしい)
ルルは部屋を見渡すと、窓際で黒いオーラをまとった人物が視界に入った。
「ククク......! ついに、ついにこの時が来た!
我が真の姿を取り戻す時がなぁぁぁ! 」
中心で禍々しい漆黒の球体を撒き散らしているのは、
さっき新しく入所してきた、かつて世界を暗黒で包み込もうとした
『元・魔王』ベルゼさん(1200歳)。
今の彼は、記憶の巻き戻りが限界突破中。
自分が『世界を滅ぼす直前の最強の魔王』だった瞬間に巻き戻ってしまっていた。
「見よ! この溢れ出る暗黒の魔力を! これさえあれば......
この小っぽけな館ごと、いや。この国と共に地図から消し去ることなど造作もないわ! 」
ベルゼおじいちゃんの背後に、巨大な魔王の幻影が浮かび上がる。
部屋のガラスがビリビリと割れ、天井からはパラパラと塵が落ちてくる。
本物の、世界滅亡のカウントダウンのようだった。
「ここは、私が食い止めます」
ロイドは真剣な表情で杖を構え、皆の前に一歩踏み出した。
(足はすごい震えているけど、カッコイイぞ)
「ロイド君。頼んだよ! 」
施設長とルルは、他の皆を別室へ誘導し始めた。
移動が終わり、ロイドを心配したルルは元の部屋に戻る。
状況はかなり悪化していた。
(あ......ロイドくん。やはり黒焦げになってる)
「やっぱり......。だ、誰か、誰か助けてくれーっ!
こんなの講義と本でしか知らないよぉぉ!お母さあああぁぁん!」
チャキッ――
光り輝く剣の先と赤い布が、ロイドの視界に入った。
「坊主。早く逃げろ」
「フハハッ! やっと来たか。フォードよ」
『助けて』という言葉で巻き戻った、元剣聖のフォードおじいちゃんが
光を剣に纏わせ、鋭い眼光と共に剣を構え直した。
「なぜ、ワシが倒したお前がここに居る」
「あれは我の分身じゃ。気づかんかったか? 」
「学校では、魔王は倒されたと聞いてますよ?!」
「馬鹿め! 我が魔族の暴走を止め、魔界で静かに暮らしてやったのだ」
まさかの歴史の事実に、フォードやロイドは一瞬言葉を失った。
(本当は魔王さん、いい人? )
「ええい! ごちゃごちゃと! ここでお前を倒せば良いだけの話よ」
「歳を重ねても、良い目をしておる。さぁ、こい! フォードよ! 」
ヒュンッーー
ガキィィインッ
元・魔王が放った漆黒の球を、フォードは剣で真っ二つに斬っていく。
だが、その欠片は壁や窓へと流れて破壊していった。
ロイドの叫び声が部屋に響いていく。
「うあぁぁああ!! 昨日直したばかりだったのにぃぃい――」
(ロイド君、後で頑張れ。でも今回は、修理屋じゃないと無理そう)
そんな地獄絵図の中を、私は溜息をついた後トコトコと真顔で歩み出た。
右手にはいつものスケッチブック。
私は、元・魔王ベルゼと元・剣聖フォードの間で立ち止まり、
ペンを走らせた。そして、バッとスケッチブックを掲げる。
【ベルゼさん、チーズ入りハンバーグ冷めるよ】
ベルゼが、ピタッと動きを止めルルの文字を見つめる。
漆黒のオーラが、一瞬でシュン――と霧が散るように消えた。
「ん? な、何? は......? はんばーぐ......? 」
【早く席につかないと、誰かに食べられちゃう】
「な、何だと......! 至高のハンバーグを奪われるというのか!? 」
ベルゼおじいちゃんはハッと我に返った。
頭の中で、巻き戻りが『世界征服』から『今日のご飯の楽しみ』へと
奇跡的なシフトチェンジを起こしたのだ。
「ええい、世界征服などいつでもできる! 今は後回しだ!
チーズが固まる前に、我が胃袋へ収めてくれるわ! 」
さっきまで世界を滅ぼそうとしていた元・魔王が、
そそくさと食堂の席へと向かって走っていった。
「ま、待て! ワシもハンバーグ食べたい! 負けるものか! 」
その後をフォードおじいちゃんが追いかけて行った。
(いや、ただのご飯の案内なんだけどな。ハンバーグの力ってすごい......)
ルルは悲惨な状況の室内を見渡していく。
壁際で頭から煙を上げているロイドは、私を見上げてガタガタと震えていた。
「ま、魔王の『世界滅亡の衝動』すら、ハンバーグの誘惑で完全に無力化するなんて......。
あの人は、魔王の精神をも支配する、本物のグランドマスターなんだ......! 」
(いや、ロイド君。早く着替えないとハンバーグ無くなっちゃうよ?)
食堂では、美味しいハンバーグを競い合いながら食べている
元・魔王と元・剣聖の姿があった。
――その日の夜。
皆、各自の部屋で眠るだけになった時間。施設長室は逆に騒がしかった。
「施設長!なんで元魔王がここに入居してるんですか!! 」
ロイドは施設長室で机を叩きながら叫んでいた。
「ん~なんか面白そう......だ・か・ら! 」
ウィンクをしながら答える施設長。
ロイドは唖然と口をパクパクさせて固まってしまった。
「は、はい? 」
「いやあ、他の施設で断られ続けてるって聞いたからさ。可哀想じゃん? 」
ロイドの不服そうな視線が変わらないことに気づいた施設長は、
頬を膨らませ言葉を続けた。
「何? ロイド君は、可哀想な人見ても見放す人?
えー、そんな薄情だったの~? 悲しいなぁ~」
施設長はペンで遊び始めながらチラ、チラとロイドの顔を見ている。
「いえ! そっ、そんなことは――」
ロイドは勢い余って身を乗り出した体を、ゆっくり椅子へと戻した。
「そうだよね? ね? うんうん、君は優しく天才で魔術も使える!
元魔王の面倒見てたって肩書があれば、
今後どこ行ってもすごいって言われるしさ。頼りにしてるよ~ね? 」
そう言うと施設長は、ロイドが欲しがっていた貴重な薬草を引き出しから静かに出した。
コトッ
机の上に、他国でしか生息していない貴重な薬草が置かれた。
「これなーんだ? 」
「そ! それは!! 」
「どうする? 君が研究で必要な貴重な薬草を......。
今後、給料日に1つ支給するとか? 」
不敵な笑みをしながら首をかしげ、薬草をロイドの前で左右に振っている施設長。
薬草を目で追うロイドは、気持ちが揺らいだ。
「うっ......。そ、そうですね......。もう少し頑張ってみます」
パタンッ
それからロイドは、施設長に言いくるめられて部屋を出る。
ダンッ
部屋を出たロイドは近くの壁を拳で叩いた。
「く、屈してしまったぁぁ......」
目をギュッと瞑り、そのままズルズルと床へ座り込む。
「大人って、怖い......」
小さく呟いた後、ふらふらと立ち上がったロイドは
トボトボと自分の部屋へ歩いて行った。