第七話:世界最強のテイマーと神話級のコッコちゃん
「こちら請求書です」
修理屋が、一枚の長い紙を施設長へ手渡した。
連日の元・魔王と剣聖の戦い。そしてケルベロスのポチ。それ以外にも色々あった。
ロイドの修復魔法では限界があり、修理屋に見積もりを頼んだ午前。
請求書を両手で持ったまま、無言でプルプルと肩が震えている施設長。
「おはようございます! 施設長! 」
「......」
いつもなら、元気に挨拶を返してくれる施設長は珍しく無言だった。
ロイドは首を傾げながら、回り込んで顔を覗き込む。
「どうしたのです? あれ、請求書。
一、十、百......。へっ?! 金貨730枚?! 」
施設長は、静かにぎこちなく頷いた。
現実から目を逸らしたいと言わんばかりの表情をしている。
ロイドは、修理屋へ話しかけた。
「あ、あの。おまけして頂くことは――」
「1階から5階までの修復と、あと数室の結界が破損してるので無理ですね」
「で、ですよね......」
僅かな希望は、直ぐに散ってしまう。
すると、やっと現実を受け入れたのか施設長はまっすぐ修理屋を見つめ口を開いた。
「ホ、ホホホッ......! いいでしょう! お支払いいたしますわ!
修理は、かなり強固な感じで頼みますわよ~!! 」
「な、なんか悪役令嬢みたいな話し方になってる!?
施設長、壊れちゃったよぉぉおお」
「オーッホホホホッ!! もう笑うしかありませんわぁーー! 」
「修理費、高いよぉぉおおお!! 」
ロイドの絶叫と施設長の悪役令嬢風笑い声が、
エントランスホールに暫く響いていた。
――その日の午前。
「クシュンッ」
(なんだろう、一瞬寒気がした)
ルルは周りを見渡しながら、再び作業に取り掛かる。
『白銀輝の園』の裏庭にある広大な菜園で、
私はおじいちゃん達と一緒に夏野菜を収穫していた。
皆が麦わら帽子を被り、楽しそうな声と刈り取る音が聞こえてくる。
一見するとただの平和な農作業なのだが、ここに参加しているメンバーが問題だった。
トマトやナスを収穫しているのは、かつて一時は大陸の半分を支配したと言われている
元・魔王のベルゼおじいちゃん(1200)と、
元・魔王軍最高幹部のユグシルおじいちゃん(790)である。
「ユグシルよ。我が収穫したこのトマトを見よ。
なんと禍々しく、美しい赤色か。
まるでかつて我が滅ぼした聖王国の都が炎上した時のようだぞ」
ニヤリと笑みを浮かべ、一番大きく成っているトマトを見せつける
ベルゼおじいちゃん。
「流石はベルゼ様! ですが、私の収穫したこのナスビも負けておりませぬ。
この深淵なる紫は、まさに禁忌の暗黒魔術そのもの......! 」
両手にツヤツヤのナスを握りしめ、前へ差し出すユグシルおじいちゃん。
(いや、全部それ普通の夏野菜なんだけど......)
私は二人の肩を叩き、カゴを差し出す。
すると、かつての魔王と最高幹部は直ぐガバッと立ち上がり
声を揃えながら頭を下げた。
「マスター! ありがとうございます! 」
ルルは数回頷きカゴを手渡し、スケッチブックの文字を見せた。
【熱いから、こまめに水分補給】
「御意!! 」
ルルが軽く頭を下げ立ち去ると、再び作業に戻った二人は
嬉しそうにトマトとナスビをカゴに入れ始めた。
「すみません。遅れました! 」
ロイドが疲れた顔をしながら、軍手に麦わら帽子の姿でやって来た。
【ロイド君は向こうの畑をお願いします】
「はい! 行ってきま――」
バサッ――
その時、大きい翼の音と黒い影が農園の半分を覆った。
ゴゴゴゴッという地響きと共に、鼓膜が破れそうな大爆音が響き渡る。
「コケコッコーーー!!!」
「ギャァァッ!? な、なんだ!あの巨大な生き物は! 」
ロイドは、ドサッと後ろに尻もちをついて空へと絶叫した。
現れたのは、体長5メートルを優に超える、全身が黄金の炎で包まれた巨大な鳥。
頭は鶏の形。羽とトサカは絶え間ない炎を纏っていた。
「ハッ! 図鑑で見た事あるぞ......。
あれは伝説の『不死鳥(フェニックス)』だぁぁ!! 」
その不死鳥の首にガッシリと縄をかけ、
ロデオのように背中にまたがっている小柄なおばあちゃんがいた。
彼女の名前は、エリザおばあちゃん(83)。
普段は編み物が大好きな可愛いおばあちゃんだが、その正体は......。
かつてあらゆる幻獣・魔獣を従えて世界を震撼させた、
元・世界最強のマスターテイマー。
今日のエリザおばあちゃんは、魂が全盛期に巻き戻ってしまっていた。
「アハハハ! 良い景色だわ!コッコちゃん! この敷地を焼野原にしておしまい! 」
「コケェェェーーーッ!! 」
『あたいに命令しないで!! あと、そのダサい名前やめて! 』
不死鳥は不完全なテイムと、付けられた名前に激怒していた。
『あたいは高貴な存在! こんなふざけたテイムに乗るものですか!
自分がやりたいように動くのみよ!』
怒りを吐き出すように、口から数千度の火炎を吐き散らす。
裏庭の木々が一瞬で炭化していく。
「チーフ逃げてください! あの炎は触れただけで灰になる!
私が時間を稼ぎます――」
ブワッ――
杖の先から水の渦が空へと昇っていく。
その先頭は大きな竜が口を開けて不死鳥を飲み込もうとしていたが、
激怒している不死鳥の口から火球が放たれ竜は消え去ってしまった。
蒸発しきれていない熱湯と、低空飛行してきた不死鳥の羽がロイドの頭をかすめた。
「あっつ! あちぃぃぃッ! 」
バタンッ
ロイドは、本日一回目の黒焦げに仕上がった。
「祝福があってよかった......もうヤダ......」
ピクピクしながらロイドくんは呟いている。
(今日一回目だね......ロイドくん)
『彼の祝福は、老死以外で死ねないんだよ』
(そういえば、面接の日に施設長が言ってた。そういう事か)
私は、ぼんやりと施設長が言っていた話を思い出していた。
暴走する不死鳥は、軌道を変えルルの方へと向かっていく。
「嬢ちゃん、逃げてーー! コッコちゃんダメよ! 」
エリザおばあちゃんが不死鳥の背中を叩きながら叫ぶが、制御が上手く効かない。
私は一歩も動かなかった。
なぜなら、せっかく魔王たちが綺麗に収穫してくれたトマトのカゴに、不死鳥の炎が引火しそうになっていたからだ。
(今日のご飯で使う野菜。台無しになっちゃう)
私はペンを凄まじい速さで走らせ、
突っ込んでくる不死鳥の顔へと、バッと力強く叩きつけるように掲げた。
【野菜を燃やしたら、きみを丸焼きにする!! 】
「コ、コケェッ―――!?」
『あたいを丸焼き!? ですって!? 』
ルルが放った、ただ「ご飯を守りたい執念」を殺気と勘違いした不死鳥は、その場でピィンッ!と硬直したかと思うと、
ルルに向かっていた不死鳥は、急に軌道を変え空へと舞上がった。
(本能が言っているわ。この子を怒らせたら間違いなく消される......と)
その後、静かに空から舞い降りた不死鳥は、
自身に纏わせていた炎と体を小さくした。
「コ、コケェ......コケッコ」
『ちょっと、あたい......調子に乗ったわ、ごめんなさいね』
さっきまで世界を焼き尽くさんばかりだった不死鳥が、
翼を綺麗に折りたたんで、その場にペタンと座り込んだ。
タタタッ――
おばあちゃんは鳥から降りてルルに駆け寄る。
「嬢ちゃん大丈夫? ごめんね、今日は上手く制御できなかったわ」
【大丈夫。無事だよ】
「ちょっと、コッコちゃん! あんたも謝りなさい!! 」
おばあちゃんが鳥を睨みつけ、ルルはジッと不死鳥を見つめていた。
ビクッと体を跳ねさせたコッコちゃんは、
アヒルくらいの小さい姿に変わり
ルルの足元に近づいたかと思うと頭を擦り付けた。
(ワンちゃんとは違うモフモフ......素晴らしい)
高級な羽毛のようなモフモフに、そっと目を閉じるルル。
すると、その表情を見たコッコちゃんは更に勘違いを重ね、
羽をばたつかせた。
「コケッ......コッコ?!コケェェ?!」
『まさか、丸焼きをいつ実行するか考えてる!? 』
(フワッフワだ~。これで布団を作ったら、よく眠れそう)
ハッと我に返ったルルは、目をガッ!と見開きコッコちゃんを見ると
ビクッと体が跳ねた不死鳥。
バサッ!――
その後、凄まじい勢いで、地面に仰向けになり羽を広げた。
ルルがいつも使っているペンが、パッと赤く光る。
(あれ、鳥の模様がペンに刻まれてる)
それを見たエリザおばあちゃんは、大きく口を開き
よろよろと地面に座り込んだ。
「ま、まさか......。私が全魔力を懸けても従わなかった不死鳥が、
紙切れ一枚だけで完全に屈服。いや、テイムするとは!
嬢ちゃん、誰だか分からないけど......真のマスターなんだね! 」
おばあちゃんは感動で、目をウルウルし始める。
横では、ベルゼやユグシル達は拍手をしていた。
「流石は我がマスターだ! 」
隅で、髪から煙を上げているロイド君は、全身が小刻みに震えていた。
「せ、世界最強のテイマーが命がけで手懐けられなかった神話級の魔獣を、
一瞬にして完全従属させるなんて......魔獣の魂すら支配する凄腕マスターなんだ! 」
(いや、ただのしつけなんだけどな。
鶏はコラッ!って怒れば静かになるって田舎のおばあちゃんが言ってたし......。
それよりロイドくん、夏野菜まだ足りないから収穫に戻ってね?)
ザッザッ――
「皆―! 無事―? 」
皆が声の方へ振り返ると施設長が走ってこちらに向かっていた。
「光と音がすごいから来てみたら......。どうしたの?」
ロイドくんが施設長へ状況を説明し、施設長は一瞬悩んでいる顔をしていた。
「コッコちゃんだっけ? 召喚を解除するとか出来ないかな?
元居た場所に帰すとか」
施設長が、エリザおばあちゃんに聞いていた。
「今日の私、なんだかおかしいのよ。今は出来ないわ」
首を横に振りながら答えるおばあちゃん。
ジッとその様子を見ているコッコちゃんと目が合うルル。
(勝手に呼び出されて、帰れるかって......。可哀想だよね)
私はスケッチブックにペンを走らせ、コッコちゃんへ文字を見せた。
【コッコちゃん。皆と一緒に来る?】
「コッ!?......。コケッ」
『いいの!? うん! 』
首を数回、縦に振ったコッコちゃん。
「いや!施設ごと炭火焼にされちゃうから!チーフ何言ってるんですか!」
ロイドが後ろで叫んでいるのを、私は聞こえない振りをしながら
次の文字を見せた。
【許可なく火を吹いたらダメ。分かるよね? 】
コッコちゃんはガタガタと全身を震えさせながら、
高速で縦に首を振り続けた。
「はーい! じゃあ、癒しペット枠で飼っちゃおう! めでたし、めでたし! 」
施設長が笑顔で両手を数回パンッと叩きながら決定を下した。
「ねぇ! どこが癒しなんだよぉぉおお!! 」
ロイドの叫び声と、地面を何度も拳で叩く音が
爽やかな風が吹く農園に虚しく響き渡っていた。
こうして、裏庭を焼き尽くしかけた不死鳥は、
我が施設の「ペット(毎朝卵を産んでくれる優秀なコッコちゃん)」
として、またルルや皆の癒しとして家族の一員になったのだった。
◆
「フム......。そろそろ事実確認が必要じゃな」
豪華な馬車の中で、この国の王が白銀輝の園からの報告書に
目を通していた。
最後の文には、こう書いてあった。
『ある新人職員が入ってから、園が変わった。』と――