第四話:ひっそり召喚と管理者のお仕事
カツッカツ......
誰も居ない施設の室内運動場で、とある一人の老人が
床に白いチョークで黙々と魔法陣を書いている。
この真剣な顔をしている、おじいちゃんは
元・世界最強の召喚術士である、ルシアンさん(81)。
「よし。今度こそ」
目を細め、最後の線をスッと引き終わり立ち上がった。
数歩、後ろに下がり手を前にかざすと呪文を唱え始めた。
「我が名の元に......えーっと、なんじゃったけ?
とりあえず、何かこい! 」
掌から青白い光がフワリと魔法陣へと放たれる。
魔法陣は、漆黒の光がドッと立ち昇り渦を巻き始め
室内に突風が吹き荒れた。ルシアンの足がふらつき始める。
ズッズズ......。
「グォォオオ......! 」
複数の低い唸り声が黒くなった地面から聞こえてきたが、
姿はまだ見えない。
「まだ姿が見えぬが、大成功じゃー! 」
笑顔で両手を上げたルシアンおじいちゃんは、風が止むと
その場でピョンピョンと飛び跳ねた。
ゴーンッゴーンッ
「ハッ! いかん、お茶の時間じゃ」
ルシアンは鐘の音が響いたのが聞こえると、チョークを床に置き召喚を中断しようとした。
「中止! ......あれ? 中止にする時は、どうするんじゃったか? 」
何度老人が手をかざし叫んでも、黒い光は止まらない。
そればかりか、黒い光はより一層強く発光し
三つの頭が地面から浮かび上がった。
ドシンッ、ドシンッ
「グォオオオオオオァァ!! 」
魔法陣から出てきたのは、頭が3つある大きなケルベロスだった。
「ほほ! 可愛いワンちゃんじゃないか! 」
『我を呼び出したのは、お前か? 』
真ん中の犬が老人を見下ろし話しかけた。
ルシアンおじいちゃんは笑顔で大きく頷く。
「そうじゃ! 仲よくしよう! ワシはルシアンじゃ! 」
『我は認めた者だけにしか従わぬ! 』
シュッ――
ケルベロスの前足が、ルシアンおじいちゃんへと落とされようとしていた。
「ん? なんて? 耳が遠くて聞こえんな」
耳に手を当てながら、ケルベロスに近づくが足がもつれ転んでしまう。
「うわぁ! 」
ドサッ!
ドォォオン!!
床に大きく転ぶと同時に、ケルベロスの前足はその真横に落ちた。
その後も、ケルベロスは青白い炎を吐き、前足で攻撃をするが
転がっていくチョークを取ろうと、走ったり屈んだりしながら
全ての攻撃を躱していくルシアン。
『クッ。その弱々しき姿は偽りなのか? 』
『兄ちゃん。もう可哀想だから、やめてあげなよ』
『そうだよ。小さいおじいちゃんだよ? 』
左右の弟達に説得された、真ん中の顔は老人を見つめながら
諦めたように溜息をついた。
暫くすると、軽い足音がケルベロスへと近づいた。
タタタッ――
「なぁ! ワシ、そなたをポチと名付けたい! よいか? 」
少年のような笑顔で駆け寄るルシアンおじいちゃんに、
とうとうケルベロスは小さく頷き服従した。
『その名はもう251回、名付けられたが......。まぁ、よい』
「わーい! ポチ!! これからよろしくな! 」
ケルベロスの前足へ抱きつき、撫でていると
パァアッと淡い青白い光が全体を包んだ。
『フンッ、これは退屈しのぎだ。勘違いするなよ』
『兄ちゃん、素直じゃないんだから~』
『このおじいちゃん、優しい匂いがするから僕は好きだよ』
足元の小さいルシアンおじいちゃんを見て、左右の顔は微笑んでいた。
こうして、ルシアンおじいちゃんはケルベロスを服従させてしまったのである。
「ハッ! ワシ、これから用事があるのじゃ。
ポチ! 悪いが、また後でな! 」
駆け出したルシアンおじいちゃんの背中を見つめる三つの頭は、
扉が閉まるのを確認してから影となり消えた。
◆
―― 一方その頃。
そんなことがあるとは知らない、ルルとロイドは
室内運動場から離れた食堂でお茶を配っていた。
「チーフ! まだ今日は黒焦げになっていません! 」
(それ、あまり言っちゃダメな気がするけど......? 良かったね)
私は静かに頷き、木のトレーからコップを置いていった。
食堂で日向ぼっこをしていたフォードおじいちゃん。
椅子の横には聖剣が立て掛けられている。
コトッ
「おお、ありがとう。嬢ちゃんは、どこの配属だ? 」
お茶を運んできた私を見て、首を傾げるフォードおじいちゃん。
(今日は、いつもより短く説明してみようかな)
私は木のトレーをテーブルに置き、スケッチブックにペンを走らせた。
書き終わると、両手でバッと掲げた。
【私は、ここを管理する者】
契約書に書かれていた、施設管理業務。
つまりチーフですよ、という意味である。
「な、なんだと?! 」
(あれ? ダメだったかな? 本当の事なのに)
フォードおじいちゃんは、ガタガタと体を震わせ
椅子から勢いよく立ち上がった後、床に跪いた。
テーブルに置いたばかりのコップが、振動でこぼれた。
「ハッ......! そうか、この館の『主』か......!
我ら英雄すら一言で平伏させる、神の如き絶対強者で管理者......。
失礼した、我のマスターよ......! 」
(え、何で急に平伏したの? )
コトッ
(まぁいいか。コップのお茶、少しこぼしちゃったから
新しいお茶を置いておきますね)
私が困惑しながらお茶を置くと、
隣のテーブルにいたマーサおばあちゃんも、深く頷き
ルルへ小さく拍手をし始めた。
「そうだねぇ。あの不届き者を生け捕りにした手際、
まさに裏世界の『マスター』にふさわしいよ」
(あれ? いつのまにか、私が犯人をやっつけた事になってる......? )
お茶を配り終わったロイドが、困惑しているルルへ駆け寄り
敬礼をしてきた。
「チーフ......いや、マスター!
本日の配膳業務、完了いたしました!
って、この状況は......どうしたのです?」
【分からない】
ロイドとルルは、お互いに首を傾げていると
扉の向こうで廊下を走る音が近づいて来た。
ガラガラ
「遅れてすまない! ワシのお茶はまだあるか? 」
「ルシアンさん! まだありますよ。こちらへ」
ロイドはルシアンの近くに行き、開いてる席へ案内していった。
フォードおじいちゃんの肩をツンツン指でつつき、私はページに書いた文字を見せた。
【お茶冷めないうちに、どうぞ】
「なんと慈悲深い。大切に少しずつ飲むぞ」
椅子に座り直したフォードおじいちゃんは、ゆっくり飲み始める。
私は頷き、ルシアンさんのお茶を入れに移動した。
「~♪」
「ルシアンさん。何かいいことがありましたか?」
小さい声で楽しそうに口ずさむルシアンおじいちゃんに、
ロイドが話しかける。
「ああ。さっき、召喚が成功したのじゃ」
「ち、因みにですけど......どんな動物ですか? 」
「うん? 可愛くて、黒くて大きい犬じゃよ! 顔が3つもある」
「――み、3つ?! もしかして、青白い炎とか――」
「ああ。口からボワッっとな! 名前はポチにした! 」
ハハッと笑うルシアンおじいちゃん。ロイドの顔はどんどん青ざめていき部屋から飛び出した。
「まずい、まずい――! 」
ダダダッ――!
ドンドンドン!!
「チーフ! チーフ! た、大変です! 」
【どうしたの? 何かあった? 】
ルシアンさん専用の茶葉(劇苦い薬草)をポットに入れていると、
鈍い音とロイドの叫び声が聞こえて、扉を開ける。
ロイドが勢いよく部屋に入って来た。
「ハァハァ......。ケ、ケルベロスが......この施設に」
(? ケルベロスって何だろ? )
小さく首を傾げると、腕を掴まれ室内運動場まで連れてかれた。
ガチャ
「で、出てこい! ケルベロス!! 」
シュッと魔法の杖を出し、ゆっくりと歩き出すロイド。
持っている杖は左右に小さく震えている。
【本当に、ここにいるの?】
「ルシアンさんから聞いたんです」
それから暫く2人は、色々な所を探したが
結局見つけることは出来なかった。
「夢を見たとか、嘘だったのか?
いや、でも現実になっていないなら......それが一番いい」
腕を組みブツブツ呟いているロイドを見つめていると、
その先にある柱の陰が揺らいだ気がした。
(あれ、閉めっきりなのに揺らいでる。私、疲れているのかな? )
ルルは片目を擦り、もう一度見ると異変は見えなかった。
トントンッと、ロイドの肩を叩き書いた文字を見せる。
【お茶を淹れにいってきます】
「あ、はい! 連れ回して、すみませんでした! 」
ロイドは頭を下げると、ルルは小さく首を振って調理場へと戻って行った。
この後、まさかあんなことになるとは
誰が予想を出来ただろうか?
翌日以降、巨大な足跡が農園付近に出現したり
新鮮な肉が玄関前に積みあがっていたり。
この施設にまた、新たな彩りが加わる事を――
「ポチ。今頃、何をして過ごしているのかのう? 」
ルシアンおじいちゃんは、窓を見上げながら微笑んでいた。