第三話:不届き者は生け捕りで(ボコボコにしましょう)
――勤務開始から一ヶ月後
カタンッ
オーブンから、鉄板を引き出し調理場の銀のテーブルに置いた。
小麦粉の香ばしい匂いが広がる。
(できた)
ルルは、15時のおやつ用として調理場でクッキーを作っていた。
以前、住み込みで働いていた喫茶店で出していたメニューの1つ。
(案外覚えているものね。今日のおやつも、気に入ってくれたらいいな)
出来立てのクッキーを、ガサッと布を敷いた木のカゴに移し替える。
時計を見ると、そろそろおやつの時間になっていた。
【今日のおやつはクッキーです】
お昼寝から目覚めた皆は、食堂に集まっている。
ルルは、今日のメニューを伝えると、一斉に拍手が部屋に響いていた。
チョコや紅茶が入ったクッキーを、
ロイドとルルは手分けして一人一人の皿に盛っていく。
「いい香りね~」
そっと目を閉じ、微笑むおばあちゃん。
「我はチョコクッキー多めがいい! 」
目をキラキラさせて、順番を待っている甘党なおじいちゃん。
ルルは、その光景を見るのが好きだった。
(平和な時間がずっと続きますように)
――そんなある日の深夜。
私は、夜間の見回りのため静まり返った廊下を一人で歩いていた。
(魔法が使えたら、重たいランプを持たなくていいのにな......。)
真っ暗な長い廊下に、ランプの小さい光が足元の先へと照らしていく。
すると、事務室の部屋からガタンッ!と大きい音がした。
(気のせいかな? それとも......。
眠れずに、起きてる人が部屋に入っちゃった? )
私は、事務室のドアをそっと開け覗き込んだ。
だが、そこにいたのは、お年寄りではない。
この施設の運営費や、皆のおやつ代を管理している
会計士の男だった。
男は金庫を開け、中にある大量の金貨を大きな袋に詰め込んでいた。
「クククッ......老人達と、声の出ない小娘。
それに使えない新入り魔導士しかいない施設だ。すぐには発覚しないだろう」
男は、ニヤニヤしながら従業員用の小袋まで袋に入れ出した。
「これだけあれば、高飛びして一生遊んで暮らせるぞ......! 」
(絵に描いたような、ゲス横領野郎さん......。)
ルルの眉間には、シワがどんどん深くなっていく。
(それに私のお給料まで、許せない! 早く、警備を呼ばなきゃ)
私は扉の隙間から男を睨みつけていたが、警備を呼ぼうと立ち去ろうとした。
その時、男の背後の闇から、スッと人影が現れた。
花柄のパジャマを着た小柄なおばあちゃん。
彼女の名前は、マーサ。
普段は笑顔でルルやロイドに、お菓子をくれる優しいおばあちゃん。
その正体は、かつて大陸全土の要人を恐怖させた
元・伝説の『神速の暗殺者』である。
マーサおばあちゃんは、気配を完全に無くしたまま
男の真後ろに立っていた。
その目は、完全に現役時代の冷徹な暗殺者に巻き戻っているかのようだった。
男が最後の小袋を手に取った瞬間。
無言で立っていたマーサおばあちゃんの口が開いた。
「おや......若造。いい手際だねぇ。若い頃の私を見ているようだ」
「ハッ!? い、いつの間に?! 」
驚いた会計士は後ろへ飛び跳ね、尻もちをついた。
同時に、袋が地面に落ち金貨が散らばった。
ポキッ、ポキポキ......
マーサおばあちゃんは、笑顔で手を鳴らしながらにじり寄っていく。
「......で? この私に気づかないとは、いい度胸じゃないかい? 」
暗闇の中で、おばあちゃんの目がキラーンと赤く光った気がした。
「ヒッ!? だ、誰だ。お前は!――」
ドゴォ!!
マーサおばあちゃんは、見えない速さで拳を床へ落とした。
床から粉塵が立ち込め、男は恐怖のあまり固まった。
ダダダッ――
バンッ!
騒ぎを聞きつけたロイドが、パジャマ姿で杖を構えて飛び込んできた。
「何事です! 泥棒か!? ルルチーフ、危ないですから私の後ろに――」
私はロイドくんの手を制し、小さく首を振った。
いつもの真顔のまま、ササッとスケッチブックに文字を書いた。
(盗む不届き者には容赦しないけど、ロイドくんの魔法で被害を増やしたくない)
私は、暗殺者モード全開のマーサおばあちゃんに向けて、ページをバッと掲げた。
【やるなら生け捕りで! 】
ササッと二枚目を見せる。
【どこから情報が漏れたか、裏の組織を暴きましょう】
横領中の会計士は、一瞬で顔が真っ青になりルルの方を見つめて叫ぶ。
「お、おい!ガキ......! 余計なことを――
(このガキ、俺を拷問にかける気か......!?)」
私は、事務的な再発防止策と施設の安全(始末書の回避)を考えていた。
(始末書1件につき、1万文字はいつも大変だからね)
ページの余白に追撃の指示を書き加えた。
【静かに、華麗にボコボコタイム! 】
私は書き終えると、深く頷き親指を立てた。
(施設の備品を壊すと更に文字数が増えるので、静かにお願いします)
それを見たマーサおばあちゃんは、嬉そうにニヤリと口元を上げた。
「嬢ちゃん。まかせな! あたしゃね、プロだよ?
こんな子ネズミ一匹静かに葬り去れるさ」
ルルはコクコクッと数回頷いていると、ロイドに両肩を掴まれ前後に揺さぶられた。
「チーフ! 何を煽っているんですか?! 止めてください! 」
「あんたが誰だか知らないけど、良く分かってるじゃないか! 」
ルルを見てニヤリと笑みを浮かべ、そのまま男に視線を落とすと
ゆっくりとした足取りでマーサおばあちゃんは男に近づく。
「情報なんて、何もない! 誰か! け、警備を――」
「アハハハッ! 皆、同じ言葉を言うんだよ。
じゃあ、覚悟はいいね? 」
「ヒッ! 助けてくれ! 警備兵を呼んでくれぇぇぇっ!」
会計士が絶叫するが、すでに遅い。
次の瞬間、マーサおばあちゃんの姿が部屋から消えたかと思うと、
事務室内を縦横無尽に黒い影が駆け巡った。
ドガァァァン! バキッ!ドカッ!
メキメキッ!
「ギャァァァァァッ!!! 」
国家最高峰の暗殺技術による、慈悲なきボコボコタイム。
私は横で、スケッチブックをパタンと閉じた。
見えない空間へ、ペコリと丁寧にお辞儀をする。
「いや、全然静かに処理してねぇって! 誰か止めろ!! 」
ロイドは、緊急時のボタンを探すが既に壊されていて
どうすることも出来ない。
「おい! チーフも場を収めました感ださないで!! 」
ロイドの絶叫ツッコミが事務室に響き渡る。
ロイドと犯人の視線の先には、もはや恐怖しかなかった。
(ルル......あいつを怒らせたらきっと終わる。
あいつは笑顔で伝説の暗殺者に『生け捕り』を命じる、
裏の支配者なんだ......!)
ビリビリッ......
カーテンを引き裂く音が、部屋に響いた。
「あぁ......。始末書の文字が追加決定だ――」
ロイドは、その場で膝から崩れ落ち床に力なく座り込んだ。
キュッ
事務所のカーテンを引き裂き、犯人をグルグル巻きにした
マーサおばあちゃんは笑顔で振り向いた。
「久々に大物を仕留められたよ! あんた達、私の子分にならないか? 」
【検討します。闇の組織をつぶしてくれてありがとう】
「チーフ?! 検討しちゃうの?! 」
ルルの文字に、口をあんぐりと開けたロイドは固まっていた。
「いいんだよ! また、困った事があったら言うんだよ」
マーサおばあちゃんは、ルルとロイドの頭を数回撫でた後、
静かに部屋から出て行った。
――翌朝。
(あれからあまり眠れなかった。)
気怠さが残ったまま、ルルはベッドから降りて朝の業務に取り掛かる。
ガチャ
真っ先に向かったのは、マーサおばあちゃんの部屋。
ルルは頭を深く下げた後、スケッチブックのページを見せた。
【おはようございます。昨日はありがとう】
「おはよう。えーっと、お嬢ちゃんは誰だい......?
昨日の夜......? はて、なんのことだい?」
マーサさんは昨日の記憶も、私の名前も忘れている。
私は、そのまま適当な会話をして窓辺にあった花瓶の花を変えていた。
(いつも通りの朝で安心した。)
パタンッ
扉を閉めると、一階からロイド君が私を呼んでいるのが耳に入る。
階段を降りて一階に辿り着くと、職員達が集まっていた。
その中には、今朝に帰って来た施設長もいる。
私はロイドの顔を見つめた。
(数時間しか離れていない間に、ロイド君は随分老け込んだ気がする。)
目にはクマが出来ていた。私と一緒で眠れてなかったのだろう。
「まさか、真面目だと思っていたのに残念だよ」
横領した会計士を見つめた施設長は、寂しげに呟く。
街の警備兵が持ってきた縄で再度、縛られた会計士は
俯きながら施設の出口へ歩いていた。
連行される途中、私を見て立ち止まった男は目を大きく見開き
ガタガタと震えながら叫びだす。
「あ、あの女だ......! あの無口な女が、
化け物どもを裏で操る本物の黒幕だァァァッ! 」
サッとロイドがルルの前に出て、両手を広げる。
ルルは首を傾げた。
(私、何も悪い事してないのにな。
それに、なぜロイド君は前に出たんだろう? )
「何言ってんだ。こんな華奢な子がそんな訳ないだろう。
おら! 早く歩け! 」
手綱を持った警備兵は、男を小突くと再び歩き出した。
「覚えていろ」
会計士が小さく呟いた言葉は、誰にも届かなかった。
私は、男が乗り込んだ馬車へ手を小さく振って見送り
また業務に戻るのであった。
(バイバーイ。子ネズミさん。真面目に、これからは生きてね)