第十一話:運動会と国王のダンス
「赤組がんばれー! 白組も負けないでくださいー」
施設長のゆるいアナウンスが、王国最大の競技場に響き渡る。
「どうか、無事に終わってくれ――」
目を瞑り、祈りを捧げるロイドの横でルルは点数の集計をしていた。
遠足から1週間後。
あの時に遭遇した盗賊を成敗した為、国から感謝状と共に招待状が届いた。
手紙の文末には、
「皆さんには、広い場所を使って是非とも気分転換を......!」
と、震えた文字で書いてあった。
◆
ガタッガタッ!
5つの馬車が会場の入り口に到着し、ぞくぞくと降りていく。
「やっと着きましたね......うぅ」
「大丈夫かい? 会場までもう少しだから頑張って」
馬車酔いでぐったりしているロイドは、
施設長の肩をかりて歩いていると案内係に話しかけられた。
「ようこそお越しくださいました。職員の方はこちらへ、
選手はあちらの扉になります」
案内された先には、白いテントがいくつもグランド横に設置されていた。
中央のテントには、国王や騎士団。結界や治癒という腕章を着けた魔導師。
観客席には、一部の貴族が席を埋め尽くしている。
入口の受付で渡されていた救護班の腕章を、ロイドとルルは腕に付け始めた。
施設長は、皆の点呼を取り終わると魔道具の拡声器を会場へ向ける。
「えー。......では、選手宣誓を始めます。
赤組代表フォード殿、白組代表ベルゼ殿、前へどうぞ~」
施設長の緩い掛け声とともに、スタジアムの中央に二人が進み出た。
伝説の元・剣聖フォード、魔界を統べた元・大魔王ベルゼ。
光と闇の代表者が横に並んでいる姿を、誰が想像できただろうか。
「コホン! 我ら赤組部隊は、マスターの慈愛と栄光の下に
正々堂々と戦うことを誓う!
そして勝利の暁には大将のハチマキをマスターへ献上しよう」
ロイドは振り返り、施設長に向かって叫んだ。
「こ、これ運動会の誓いですか?! 出陣の号令ですよね?! 」
「元気があっていいじゃない~。まぁ、見守ろうよ。あ、これ食べる? 」
「けっこうです! 弁当食べるの早くないですか?! 」
ギャーギャー言っているロイドの後ろでは、
フォードおじいちゃんが剣を持つ右手をスッと高く掲げた。
バリバリバリッ――!!
晴天の空から、一筋の凄まじい稲光が一瞬スタジアムを照らし轟音が響き渡る。
「ヒッ! 雷やめて! ワタクシ苦手なのです――」
ロイドが控え席で耳を塞ぎ、その場でしゃがみ込む。
「うぉぉおおおおお!! 」
ロイドの叫び声をかき消すように背後の赤組が、
雄叫びと共に槍や盾を空へとかざした。
(皆、その武器はどこから? )
ルルは首を傾げながら、皆を見つめる。
次は白組の選手宣誓が始まった。
「白組軍! 良く聞け! 我ら暗黒の炎をもって、マスターへ勝利を捧げようではないか! 」
ベルゼが両手を広げ叫ぶと、黒い炎がグランドを駆け巡り
この国の紋章の鳥が浮かび上がった。
国王や貴族達の顔が青ざめて頭を抱え始める。
(......なんか、普通に戦争の始まりみたいになってる)
ルルは、ギュッとペンを握りしめながらスケッチブックに文字を書き始めた。
トントンッと施設長の肩を叩き、スケッチブックを見せる。
【すぐ競技を始めてください。競技場が持ちません】
施設長は微笑みながら頷くと、席を立ち壇上へと上がり
両者の大将の両肩に手を置いた。
「はい! 2人とも素晴らしい挨拶でした!
怪我無く、皆で楽しみましょう! 」
会場を拍手が包み込み、最初の競技の準備が行われた。
ゴトッ、ゴトッ――
騎士達が大きな鉄の箱を均等に置いていく。
そして、大きな鉄板を大人5人掛かりで組み立て設置した玉入れ台が登場した。
この重厚な箱の中身は、この日の為に王直属の職人が作った
特注品の球が入っている。
スライムのようなプニプニの感触。
どんな重力にも弾けない。ミスリルの剣でも切れない。
火山でもほぼ燃えない優れもの。
「フンッ、災害用に作らせていたこの素材。
まさか、ここでも役に立つとはな。いかなる英雄達でも壊せまい」
王は、球が入った箱を見てニヤリと笑みを浮かべた。
(当たっても、プニプニしてるから痛くないよ~。
さぁ、思う存分楽しむのだ! )
ザッ――
「フハハハ! 白組の勝利は、我が暗黒の魔力でもたらしてくれよう!」
白組の大将ベルゼが立ち上がり、手にした球に禍々しい漆黒の炎をまとわせた。
「おのれ魔王め......そうはさせるか! 」
赤組の大将フォードも、手にした玉に魔力を込める。
金色に輝きだすと同時に開始の笛の音が鳴った。
両組は物凄い速さで玉入れ台へと投げ込む。
シュッ――
ドガガガガガガッ!!
「想像と違う!! 」
同時にガタッと椅子から立ち上がったロイドと国王は、声を揃えて叫ぶとお互いに目を合わせた。
カゴを支えていた中央の頑丈な鉄板が、ミシミシッと音をたて
亀裂が走っていく。
パキンッ......
ドォォオンッ!
耐え切れなくなった玉入れ台が真っ二つに折れて、地面へ土煙を上げながら倒れた。
「キャァァアア!! 」
観客席の貴族達が悲鳴を上げ、王は机から身を乗り出し固まっている。
ルルはトコトコと歩み出で、ピィィィイッ! と笛を吹いた。
バッとスケッチブックを掲げる。
【壊したので、両者失格。おやつ半分】
「な、何じゃとぉぉぉーー!? 」
「お、お前のせいだからな! フォードよ!! 」
ズササーーッ
ベルゼは勢いよく、膝でスライディングをしながらルルへ近づく。
「マスター! お許しを!
あの冷ややかな至高の甘味を、半分にされるなど――」
【みんなが怪我したら悲しいから、ダメ】
「ベルゼよ、諦めろ。マスターを悲しませたいのか? 」
フォードはベルゼの肩に手を置き、立ち上がらせ、
肩を落とした元・魔王と一緒に待機場所へ戻った。
施設長はルルが作ったお弁当を食べ続けている。
ロイドは溜息をつきながら拡声器を、そっと手に取った。
「えーっと。玉入れは引き分けです!
続いての競技は、障害物競争です! 位置について下さい」
アナウンスが開始すると、空からコッコちゃんが舞い降りた。
バサッ――
「よーい、始め!」
ピィィッ! と笛をルルが鳴らすと一斉に走り出す選手達。
ペットのコッコちゃんの背に飛び乗ったエリザおばあちゃんは勢いよく手綱を引いた。
「さあ行くよ、コッコちゃん! すべて焼き尽くして勝利を勝ち取るよ!!」
「コケェェェーーーッ!!」
『分かっているわ! 勝利をマスターに! 』
炎を撒き散らし、グラウンドをドロドロに溶かしながら猛進するコッコちゃん。
選手達は端へと逃げ始め、独走状態のエリザおばあちゃんとコッコちゃん。
「あ、チーフ! 助けて、ゴールテープを持ってる私の命が危な――
ギャァッ! 熱い!! 」
ゴール前でテープを引っ張っていたロイドは風に舞った小さい炎が
髪に引火し、本日一回目の黒焦げ(髪だけ)に仕上がった。
「このままではスタジアム全体が灰になるではないか――」
王が立ち上がり叫ぶと、手を上げた。
魔導師が王の前に横一列にならび始める。
シュゥゥウウ――
「放て!! 」
ピュンッ ――!
水魔法をコッコちゃんへと放ち始めるが、軽々とかわされ観客席下の壁へとぶつかる。
ルルは、目を細めながらスケッチブックにペンで書いた後、
グランドへと走り出した。
「チーフ! 来てはダメです! 」
ロイドの声を無視したルルは、迫りくるコッコちゃんの前に立ちはだかった。
ザッ――
バッ
【コッコちゃん、分かってるよね? 約束は? 】
風圧でルルの前髪がフワリと浮いた瞬間、
ルルの文字を見たコッコちゃんは、全身に恐怖が走った。
(ヤクソク......! 忘れてた! これ以上、怒らせたら
鳥スープにされちゃう――)
「コ、コケェ......」
コッコちゃんは急ブレーキをかけ、グラウンドにペタンと座り込んだ。
「コッコちゃん? どうしたの? ほら、飛びなさい! 」
手綱を上下に振るが、コッコちゃんは首を横に振った。
それを見た観客席の貴族、本部席の国王と騎士団は
恐怖のあまり全員が静まり返る。
「み、見たか......。少女の一睨みと紙切れ一枚で、
完全に戦意を喪失してペットになり下がったぞ......!」
「支配者という噂は本当だったのだ! 」
観客席の貴族が、それぞれ口を開いてはルルに注目した。
ピィーーーーッ!
笛をならした施設長が、拡声器魔道具でアナウンスした、
「そこまで! えー、競技続行が難しいので一旦終わりにします」
拡声器をバッと奪い取った国王が皆に告げ始める。
「これ以上の競技は中止!! 最後の余興を行う! 演奏部隊、準備を」
『これ以上、競技場と観客に何かがあってはならぬ』
「陛下、申し訳ありません。皆、張り切ってしまって」
苦笑いする施設長を睨みつける王。
「よい。招待したのは我なのだから」
『皆に怪我をさせたくないだけなのだ......』
バタバタっと演奏部隊が椅子と楽器を持ち位置に着いた。
~♪
調整の音のあと、フォークダンス用の曲が演奏された。
「あら! 学生の時に踊ったこの曲、まだこの時代でも使われているのね」
「懐かしいな」
おじいちゃんとおばあちゃん達は、ぞろぞろとグランドの中央へと歩み始めた。
「はい! では準備が出来ましたので、フォークダンスを踊りましょう! 」
施設長のアナウンスに伝説の英雄たちが手を取り合って円を作って踊り始めた。
本部席で、頬がこけたように見える王は溜息をついた。
「ハァ......」
『やっと平和になった、良かった。お城に帰りたい』
そんな国王の前へ、ルルはトコトコと歩み寄った。
肩をトントンッとつつき、文字を見せ首を傾げた。
【踊りましょう】
「え、いや......。我は王だぞ? このような――」
ルルは、国王の手をグイッと引っ張ると中央へ移動した。
暫く立ち尽くす王に、ルルは首を傾げて文字を見せた。
【王様、踊りたくない? 】
ルルは真顔なのに、王は少女の表情は悲し気に見えた。
「わ、わかった! 踊ればいいのだろう!?」
『ダメだ。孫を思い出して断れなかったぁぁあ! 』
~♪
音楽が鳴り響く中、伝説の魔王や剣聖たちに囲まれて、国王はぎこちないステップを踏み始めた。
周囲には、同じく恐怖で震えながら、無理やりダンスに引きずり込まれた騎士団の面々もいる。
王は空を一瞬見上げ小さく呟く。
「......我、何やってるんだろうな」
『でも、まぁ......こんな日も良いだろう』
国王の口元が緩みながら、クルッと一回転をして周囲を見渡した。
さっきまで恐れていた面々は、皆楽しそうに踊っている。
ふと、王は元・魔王と目が合う。
「おい、国王よ! 足がもつれているぞ。マスターのダンスに泥を塗る気か 」
「......くっ、やかましいわ! 精一杯やっておる!! 」
ルルはその光景を見ながら、初めての運動会というものを楽しんでいた。
(運動会は最後、皆で踊るって聞いた事があったから......。
踊ってみたかったんだよね)
ルルはクルクルと回りながら、今度はフォードおじいちゃんの手を取った。王は魔王の手を取る。
「見てよ、孫とおじいちゃんが踊ってるみたい。可愛らしいわ」
「そうね。伝説の英雄達が楽しそうにしているのが見れて良かった」
会場からは、どこからともなく温かい言葉が溢れては微笑む観客達が
増え始めた。
音楽が終わると、本部のテントから歩いてきた施設長が笑っていた。
「ルルちゃんと国王のダンス最高だったよ! 」
満面の笑みで親指を立てている施設長。
ルルは深く頷く。
そうして運動会は平和に幕を閉じた。
ルルは、スケッチブックを皆へと掲げた。
【皆さん、お疲れ様でした。おやつの時間です】
ドサッドサッーー
ロイドが風魔法で移動させた3つの冷凍箱を、
目の前でパカッと開けると皆の目が輝きだした。
「おおお!マスター、万歳!! 」
ロイドとルルが手分けをして皆へシャーベットが入った容器と
スプーンを配っていく。
フォードとベルゼの容器は、真っ二つに割れていたのを渡され
寂しげな表情を浮かべている。
「ほ、本当に......半分だ。御意」
コトッ
本部の長いテーブルに、ルルはそっと容器に入ったおやつを置いた。
【どうぞ】
「我にもくれるのか? 」
ルルは静かに頷いた。
【招待してくれたお礼です】
「うっ! ......感謝する」
『なんて優しい子なんだ。幼いのに気を使いおって――
後で施設に上質な果実を手配してやろう』
その後、控え席に居た騎士達や魔導師にもおやつを配った。
(昨日の夕方から作ったスイカシャーベット。皆喜んでくれたらいいな)
ルルはキョロキョロと、食べている皆の表情を確認した。
「美味しい! 」
「これはレストランでも食べたことがないぞ! 」
ルルは手元にあった自分のシャーベットを一口食べ、フゥっと息を深く吐いた。
(皆が笑顔になってるのを見るのが好き。作るの大変だったけど良かった)
―― 一方、観客席では
「皆何を食べているのかしら? 」
「気になりますわね。後で聞きに行きましょ」
そんな貴族達の声が流れていく中、
一人の貴族の男がポケットから小さい望遠鏡を取り出し一点を見つめていた。
貴族の男はニヤリと笑みを浮かべた。
「これは、面白いものを見せてもらった」
男は、隣に座っていた男へ耳打ちをする。
「あの少女を調べろ」
「御意」