第九話:数字に震える会議室と夕焼けの影
「ごちそうさまでした! 」
食堂に皆の声が響き渡る。
コッコちゃんが毎朝産んでくれる新鮮な卵で作った
極上プリンを食べ終えたおじいちゃん達は、自室に戻って行った。
「我々も移動しましょうか」
施設長の声かけに、ルル達は王と一緒に会議室へ向かった。
階段を上り、長い廊下の奥にそびえ立つ黒く大きい扉へ
施設長は手をかざした。
ピッ!
ガチャ――
パチンッと施設長が指を鳴らすと、部屋の灯りが一斉に照らし始める。
大きいホワイトボードの左側は、先日受け取った修繕費の長い請求書。
そして数字がぎっしり書かれている、損益書の一部が貼られている。
言葉にできないほどの重苦しく、ピリついた空気が満ちていた。
「......フンッ。甘味で我が口を塞ぐとは、危うく懐柔される所じゃったわい」
『城で出たプリンよりも美味しかったし、もっと食べたかったよ~。
後でレシピ聞いてもらっちゃおうかな~』
口ではそういっても、まんざらでもなさそうな顔の男。
豪華な赤いマントを羽織り、ソファにふんぞり返っているのは......。
今後、自分の息子に王位を譲って隠居する予定の『国王』である。
彼の背後には、騎士団の数人が控え会議室は重々しい空気に包まれた。
ルルは、室内の端でお茶を淹れるとテーブルに置き始める。
湯呑みを王の前にそっと置いた時、騎士が口を開いた。
「おい! 皆と同じ茶を陛下に出すとは、なんたる無礼な!
このような安物の茶を出すなど!――」
『あぁ、もうやめてー。お前もクビにしちゃうぞ?
騎士団減っちゃう!! それによく見るんだ。
見事な茶柱が2個も立っておる。縁起が良いではないか! 』
王は鋭い眼光に変わり手をバッと横に広げ、騎士を制止させた。
「よい」
「しかし――」
ドンッ
「いやー。陛下、騎士の皆さま! お忙しい中、視察ご苦労さまです! 」
騎士の言葉を遮るように、施設長はテーブルに分厚い書類や冊子を置いた。
「はい! 上半期の『定期業務報告』を発表しちゃいますね」
微笑んだ施設長は、ホワイトボードに文字を書き始めた。
ルルとロイドは静かに頷き、その姿を見つめる。
「ほう......。歳をとっても世界を揺るがしかねん者達の管理数値か。
国家の命運を左右する極秘情報、聞かせてもらおう」
国王は、ゴクリと喉を鳴らした後、身を乗り出した。
背後の騎士団たちも、冷や汗を流しながらノートを取り出す。
「まずは『今月の脱走率』です。ボードの数字をご覧ください。
先月に比べて、なんと8%低下しました! 」
「な、なんだと!? 」
王がガタッと椅子から立ち上がり、ボードの数字を凝視する。
「あの、かつて幾つもの国家の監獄を軽々と脱獄した
『伝説の暗殺者』や『魔王軍の幹部』たちの脱走率を、
さらに低下させただと......!?」
施設長はニヤリと笑みを浮かべ頷いた。
「どんな強力な結界を上乗せしたというのだ......!?」
「結界ではありません。ルルチーフ考案の『毎日の美味しいおやつ』と
『足湯』で夜間の脱走が激減したからです!」
(お湯の温度もこだわりましたよ。皆、よく眠れてるみたいです)
ルルは数回頷き、心の中で事務的な感想を抱いていると、
国王は、口をパクパクと空気を食べていた。
「あ、足湯......!?『肉体の自由を奪う精神操作系の禁忌呪術』を。
この娘は『足湯』という隠語で呼んでいるのか!?
何という恐ろしい術式......! 」
(えーっと。王様、ただのお湯ですよ? )
王の勘違いが、どんどん加速していく。施設長の発表は続いた。
「続きまして、最重要項目!
『入居者の方を怒らせ率』の発表です!」
国王の目つきが更に鋭くなり、室内は静まり返った。
騎士団の面々も、ペンを握りしめる手に力を込めた。
『騎士の一言で凄まじい暴走を起こすくらいだ。
この項目が最も重大な事は正しい。考えるだけで胃が痛む』
「一部の事例をあげていきます。
ロイド君がフォードさんの剣を勝手に砥石代わりに使った件」
バンッ!
「ば、馬鹿者――!!」
「丁度、目の前にあったもので......」
王の絶叫と机を叩く振動に、ロイドの体が小さく縮む。
その後も、施設長が発表する事例に王は叫び騎士含め職員はおびえていた。
「ハァ、ハァ......叫び疲れたわい」
荒い呼吸を整えるように、湯飲みの茶を一気に飲み込む王。
「他にも色々と......この不手際により、
入居者の皆さんを怒らせてしまった率は38%を記録しました!」
「38%?! だ、とぉぉお?!
貴様ら、国を崩壊させたいのかぁぁあああ?! 」
「陛下、落ち着いてください! 」
「ほんの僅かでも機嫌を損ねれば、この世界は塵と化す!
これを落ち着いてなど居られるものかぁあ!! 」
ロイドは、深く頷きながら王へ話し始めた。
「その通りです、国王陛下!
この施設の職員がドジを踏むたびに、あの入居者の機嫌は損なわれ
世界は滅亡の縁に立たされるのです」
(ロイド君が、それを言うのは何か違う気がするんだけどな)
ルルはジッとロイドを見つめた。
ロイドは急に立ち上がり、片手を胸に、もう片方の手を天井へ向ける。
「ワタクシはそのたびに、盾として焼き焦げ、
入居者の皆様の怒りを一身に受けているのです......!
そして、チーフがいなければ更に大事になっていたことでしょう! 」
「ロ、ロイド......! そなた、この狂気をもう受け入れているとは......!」
王は頭を抱え、視察した短い時間を思い出していた。
『きっと、まだ見ていない利用者の暴走があるのだろう。
そして、あのボードに貼られた請求書の額が被害の壮絶さを物語っておる!
クゥウー! 恐ろしい。なんと恐ろしいんだ!』
王は、顔を上げると勢いよく立ち上がり
プライドも王族の威厳もすべて投げ打って床に両膝を着いた。
「へ、陛下! なにを――」
次の瞬間。ルルへ向かって頭を擦り付け、床に叫んだ。
「先ほどの無礼の数々......。お、お許しください、マスタールル......!
貴女の統べるこの『最凶の組織』を、愚かにも視察などと......!
予算(おやつ代)は倍どころか五倍にします!
どうか、どうか我が国をお守りください!!」
「ハハッ! 五倍だって! やったね~ルルちゃん! 」
施設長が軽いノリで笑うが、ルルは目に髪が一瞬入り瞼を擦った。
王の肩をツンツンと、人差し指でつつきながら文字を見せる。
【5倍? ありがとうございます】
それを見た国王は、目と口を大きく開き更に深く絶望した。
『貴様、五倍程度だと思っているのか?と
騎士達が分からないように伝えているの......か!? 』
ルルは無言の王へと首を小さく傾げ、王の視線は床に落ち体は小刻みに震え始める。
コンコンッ
「陛下。そろそろお時間です」
騎士の一人が扉を叩き、王の表情は元に戻った。
『助かったぁ~。早く城に帰りたい』
「フゥ......。短い時間であったが、現状は分かった――」
「お見送りします」
立ち上がった王と共に、ルル達は出口へ向かい
あと数メートルで馬車に乗り込める位置まで来た。
ドシンッ! ドシンッ!
地面が大きく何度も揺れる。
騎士達は腰に掛けた剣を引き抜き、戦闘態勢を即座にとった。
「皆―! きのこが沢山採れたぞー! 」
リュックを背負い、片手のカゴを空へ掲げたルシアンおじいちゃんが
ケルベロスのポチの背に乗りこちらに向かってきた。
「ガゥゥゥゥウウ!! 」
『マスター! きのこご飯を作ってくれ! 』
「ヒッ! ケケケ、ケルベロス――!? どういうことだ!
報告書には記載がなかったぞ! 」
「アハハッ、最近ポチは来たので」
王は驚き、施設長は笑っていた。
「ここからの景色は素晴らしいぞ! ポチの背中に乗りたい人―? 」
「誰も乗りたいわけ――」
ロイドが言いかけたその時。
ルルは静かに手を上げ、その横で微笑みながら手を上げる施設長。
騎士の方へロイドが目線を向けると、数人小さく手を上げている者がいた。
「んんんっ!! いや。皆、乗りたいんかいぃぃぃ! 」
「コホンッ」
『我も乗ってみたい。誰か、一緒に乗りませんかって言いてくれないかな』
王は騎士の方へ顔を向け、嘘っぽい咳をしながらチラチラ視線を送る。
だが、その合図は手を下げろという認識をされてしまい一斉に手を下げられた。
『違うの! 違う! ケルベロスに誰だって男なら背に乗りたいと
思うだろ?! ほれ、もう一回手を上げれるんだ! 』
目をガッと見開き、強い圧を騎士たちに向ける王。
ビクッと体が跳ねた騎士達の視線は地面へと落ち、王は溜息をついた。
裾を軽く引っ張る感触に王は下へ視線を移すと、ルルが文字を見せた。
【王も一緒にポチに乗る? 】
「ルル殿......。いや、マスター。ああ。」
『この子は、天使だ。強くて優しい子だ』
【ポチ、伏せ! 】
ドシィィンッ
ポチは3つの頭を下げ土煙が舞った。
「な、ケルベロスまで従えているとは――」
王はルルの力に恐れを抱きつつも、自身の好奇心にすぐ掻き消された。
それぞれルルと王、ルシアン。
背中にロイド施設長と騎士2人が乗り込んだ。
「さぁ、ポチ! 皆を振り落とさぬように走るんじゃ! 」
「ガウゥ!」
『今日だけ特別だぞ!』
ダッ――!!
「フハハッ!! 早い、早いぞ!! 」
「だから、何でワタクシまでぇぇぇええ!! 」
まるで遊園地に来た子供のように、大人たちがはしゃいでいる。
「いいなぁ~。俺も乗りたかった」
見守る騎士の一人が呟くと、乗れなかった周りの騎士達は無言で頷いていた。
「もう一周だ! 頼む! 」
「ガウゥッ! ガゥ!! 」
『子供みたいに言いおって。分かった、分かった』
王は目を輝かせながら、少年に戻ったように
ケルベロスの高さから見える景色を目に焼き付けた。
夕日に照らされた少女と大人数名がケルベロスの背に乗り
施設の周りを楽しそうに数周走っていた。