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中編

 晴喜は、小学五、六年生の時のクラスメイトで、当時一番仲の良かった友人だ。

 放課後には連れだって公園で遊び、雨の日はそれぞれの家にお邪魔することもしばしば。

 休みの日には自転車で街中を駆けまわった。

「街にある名店を探すプロジェクト」と称して、行ったことのない個人経営の飲食店を訪れたり(楽しかったが、お小遣いが尽きてすぐにプロジェクトは凍結された)、秘密基地を探して林の中を探検したこともある(夏だったので、やぶ蚊に全身刺されて大変だった)。
 
 彼との日々はそのほとんどが、すこし抜けているが心躍る、キラキラした記憶であふれかえっていた。

 そんなある日のことだ。
 俺の家で、母親が出してくれたお菓子をつまみながら、俺たち二人はテレビを眺めていた。
 そこに映し出されたのは、一面を黄色く埋めるイチョウの葉。

「うわぁ」
「すげぇ」
 
 俺たちは思わず感嘆の声を上げた。

「お母さん、ここ行きたい!」
 画面を指さし母親に訴えれば、彼女は渋い顔をする。
「無理よ。そこ、すごく遠いもの」
 
 地名のテロップが右上に出てはいたが、当時の自分にはそれが何県にあって、ここからどのくらい離れているかなんてわからなかった。
 ただ素直に「そうなんだ」と答え、それで終了と思っていた。

 だが晴喜は違った。

「だったら、大人になったら二人で行こうよ」
「――へ?」
 
 ぽかんとする俺をしり目に、晴喜は得意げに話し始める。

「お金を貯めてさ、飛行機に乗って行けばいいんだよ。日帰りじゃ無理だから、ホテルにも泊ってね」
「あらあら、いいわねぇ」
 
 微笑ましいものを見るような目で、母がふふっと小さく笑った。
 大人になったら二人で。
 ゆっくり浸透していくその言葉に、俺は目を輝かせた。

「いいな、それ! じゃあその時の計画立てよう!」
「うん!」

 そうと決まれば情報収集だ。さっそく家のノートパソコンを開いてネットに繋ぐ。

「ええっと、何県のなんてところだっけ」

 残念ながら、俺はイチョウ以外のことは何も覚えていない。すかさず晴喜が答え、俺はその地名を検索バーに打ち込んだ。
 検索画面に表示された無数の文字列の中に、その町の名前と「観光スポット」という文字が目に入った。クリックすると、紅葉したイチョウと厳かな雰囲気のお寺の写真がトップ画面に表示される。

「駅から徒歩四十分だって。けっこうかかるね」

 画面をのぞき込みながら晴喜がうなる。

「行く途中で、いい観光スポットとかあるんじゃね?」

 下にスクロールしていくと、色々なお店の情報が出てきた。

「あ、この喫茶店いいな。石がたくさん売ってるんだって」

 晴喜が嬉しそうに声を上げる。

「へー。それは行きたいかも」

 店名は......ストーンコレクター。そのまんまの名前だ。
 今、俺たちがはまっているものの一つが石集めだ。休みの日に家族と出かけた先で買った珍しい石や、河原で拾ったちょっと綺麗な石など、手に入れる度にその戦利品を見せ合っている。
 
 俺はリビングに投げ捨てていたランドセルの中から自由帳を取り出すと、ページを開き「ストーンコレクター」と記入した。

「ねえ、足湯があるよ」
「足湯~?」

 正直、あまり興味ない。でも晴喜が気になるようなので、とりあえず「足ゆ」と書き足す。
 その後もあそこはどうか、あっちも気になると話し合い、最後に最寄り駅を確認することにした。パソコンの画面が切り替わり、黒い瓦屋根の武家屋敷を思わせる、立派な駅舎が表示された。
 
「何これ、かっけー!」
 
 あまり見ない古風なつくりの駅に、俺はテンションが上がった。ぜひこの駅の前で記念写真を撮りたいと晴喜に訴える。晴喜は「まかせて」と快諾してくれた。

「そういえば」
 
 晴喜が思い出したように口を開いた。

「お土産は何がいいかな」

 俺は首をひねった。飛行機代にホテル代、食事代に石を買うお金も必要なんだ。お土産なんて買う余裕あるか? いや、大人ならあるのかな。
 しばし考え、いいことを思いついた。

「イチョウ見に行くじゃん? すごく綺麗なイチョウの葉を何枚か持って帰って、しおりにして渡せばよくね? うちのお父さんならそれで十分喜ぶと思う」
「えぇ......。それはちょっとケチ過ぎじゃ......」

 うるせー。俺は、引き気味の晴喜から目を背け、パソコンの中の駅舎をじっくりと眺めた。

「大人って何歳かな? やっぱ二十歳?」
「うーん、二十歳は......大人じゃないと思う」

 俺は腕を組んで悲痛な面持ちで答える。
 実は、俺には八つ年上で今年二十歳になる大学生の姉がいる。けれども、あの体たらくを見る限り、とても大人とは言えないと思う。

「じゃあ、二十五歳くらい?」
「......そうだな。そんくらいじゃね?」
 
 その時の俺は、俺たちの未来を輝かしいものだと確信していた。
 これからも俺たちは一緒に中学生になり、大人になり、そしてあのイチョウを見に旅行に行くんだ。
 それはもう、決定事項。

 そう、あの時までは。
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旅するUnknown作者:すずひろ
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 晴喜は、小学五、六年生の時のクラスメイトで、当時一番仲の良かった友人だ。

 放課後には連れだって公園で遊び、雨の日はそれぞれの家にお邪魔することもしばしば。

 休みの日には自転車で街中を駆けまわった。

「街にある名店を探すプロジェクト」と称して、行ったことのない個人経営の飲食店を訪れたり(楽しかったが、お小遣いが尽きてすぐにプロジェクトは凍結された)、秘密基地を探して林の中を探検したこともある(夏だったので、やぶ蚊に全身刺されて大変だった)。
 
 彼との日々はそのほとんどが、すこし抜けているが心躍る、キラキラした記憶であふれかえっていた。

 そんなある日のことだ。
 俺の家で、母親が出してくれたお菓子をつまみながら、俺たち二人はテレビを眺めていた。
 そこに映し出されたのは、一面を黄色く埋めるイチョウの葉。

「うわぁ」
「すげぇ」
 
 俺たちは思わず感嘆の声を上げた。

「お母さん、ここ行きたい!」
 画面を指さし母親に訴えれば、彼女は渋い顔をする。
「無理よ。そこ、すごく遠いもの」
 
 地名のテロップが右上に出てはいたが、当時の自分にはそれが何県にあって、ここからどのくらい離れているかなんてわからなかった。
 ただ素直に「そうなんだ」と答え、それで終了と思っていた。

 だが晴喜は違った。

「だったら、大人になったら二人で行こうよ」
「――へ?」
 
 ぽかんとする俺をしり目に、晴喜は得意げに話し始める。

「お金を貯めてさ、飛行機に乗って行けばいいんだよ。日帰りじゃ無理だから、ホテルにも泊ってね」
「あらあら、いいわねぇ」
 
 微笑ましいものを見るような目で、母がふふっと小さく笑った。
 大人になったら二人で。
 ゆっくり浸透していくその言葉に、俺は目を輝かせた。

「いいな、それ! じゃあその時の計画立てよう!」
「うん!」

 そうと決まれば情報収集だ。さっそく家のノートパソコンを開いてネットに繋ぐ。

「ええっと、何県のなんてところだっけ」

 残念ながら、俺はイチョウ以外のことは何も覚えていない。すかさず晴喜が答え、俺はその地名を検索バーに打ち込んだ。
 検索画面に表示された無数の文字列の中に、その町の名前と「観光スポット」という文字が目に入った。クリックすると、紅葉したイチョウと厳かな雰囲気のお寺の写真がトップ画面に表示される。

「駅から徒歩四十分だって。けっこうかかるね」

 画面をのぞき込みながら晴喜がうなる。

「行く途中で、いい観光スポットとかあるんじゃね?」

 下にスクロールしていくと、色々なお店の情報が出てきた。

「あ、この喫茶店いいな。石がたくさん売ってるんだって」

 晴喜が嬉しそうに声を上げる。

「へー。それは行きたいかも」

 店名は......ストーンコレクター。そのまんまの名前だ。
 今、俺たちがはまっているものの一つが石集めだ。休みの日に家族と出かけた先で買った珍しい石や、河原で拾ったちょっと綺麗な石など、手に入れる度にその戦利品を見せ合っている。
 
 俺はリビングに投げ捨てていたランドセルの中から自由帳を取り出すと、ページを開き「ストーンコレクター」と記入した。

「ねえ、足湯があるよ」
「足湯~?」

 正直、あまり興味ない。でも晴喜が気になるようなので、とりあえず「足ゆ」と書き足す。
 その後もあそこはどうか、あっちも気になると話し合い、最後に最寄り駅を確認することにした。パソコンの画面が切り替わり、黒い瓦屋根の武家屋敷を思わせる、立派な駅舎が表示された。
 
「何これ、かっけー!」
 
 あまり見ない古風なつくりの駅に、俺はテンションが上がった。ぜひこの駅の前で記念写真を撮りたいと晴喜に訴える。晴喜は「まかせて」と快諾してくれた。

「そういえば」
 
 晴喜が思い出したように口を開いた。

「お土産は何がいいかな」

 俺は首をひねった。飛行機代にホテル代、食事代に石を買うお金も必要なんだ。お土産なんて買う余裕あるか? いや、大人ならあるのかな。
 しばし考え、いいことを思いついた。

「イチョウ見に行くじゃん? すごく綺麗なイチョウの葉を何枚か持って帰って、しおりにして渡せばよくね? うちのお父さんならそれで十分喜ぶと思う」
「えぇ......。それはちょっとケチ過ぎじゃ......」

 うるせー。俺は、引き気味の晴喜から目を背け、パソコンの中の駅舎をじっくりと眺めた。

「大人って何歳かな? やっぱ二十歳?」
「うーん、二十歳は......大人じゃないと思う」

 俺は腕を組んで悲痛な面持ちで答える。
 実は、俺には八つ年上で今年二十歳になる大学生の姉がいる。けれども、あの体たらくを見る限り、とても大人とは言えないと思う。

「じゃあ、二十五歳くらい?」
「......そうだな。そんくらいじゃね?」
 
 その時の俺は、俺たちの未来を輝かしいものだと確信していた。
 これからも俺たちは一緒に中学生になり、大人になり、そしてあのイチョウを見に旅行に行くんだ。
 それはもう、決定事項。

 そう、あの時までは。
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