梅ソーダ
それでも……今日も会えますように
私は、自販機の前に立つ。
男子クラブ室奥の、校舎からは一番遠い自販機。
財布を胸の前でぎゅっと握って、軽く目を伏せた。
(今日も、梅木先輩に会えますように......!)
ピッ。
ガコン。
私は今日も、この自販機にしかない梅ソーダを買う。
⋆˙⟡
初めて見かけたのは入学して結構すぐで、先輩は教室の前の廊下を通り過ぎていくところだった。
友達2人に挟まれて歩いていて黒い短髪がさらさら揺れて。
先輩だけ頭いっこ大きくて、とても目を引いた。
視界から消えるか消えないかくらいのとき、隣の友達が、
「ちょ、梅木!」
と言って、先輩を腕で小突いた。
「あーあの先輩、バレー部部長の」
友達の伊織ちゃんが教えてくれた。バド部の隣で練習してるから見たことある、って。
「......うめきせんぱい」
私はその日から、あのさらさらした黒髪とその下の笑顔が、頭から離れなくなった。
「......だからって、梅ソーダ握りしめながら私越しに先輩見に来ないでよ、紬」
「い、いいじゃんいおちゃん」
「どうせ私はダシですよ」
「がーんばれ! いーおちゃん! がーんばれ! いーお――」
「はずいはずいはずいから!!」
すると体育館奥にいた先輩がこちらをちらっと向いた。
近くの部員たちと、笑い合う。
(わ......笑った......!)
次の日はちょっとうきうきしてしまった。
うきうき弾んでいた拍子にペットボトルを落としてしまい、開けたら噴き出した。
別の日は、掃除の時間、たまたま中庭にいる先輩を見つけた。
(わ......先輩、今週中庭掃除!?)
や、やったあ! と教室の窓に張り付いた瞬間――
クラスメイトの女の子だろうか。先輩の腰に冗談っぽくくっついて、私はその場にしゃがみ込んだ。
(別に......好きってわけじゃないし......。かっこよくて素敵だから見ちゃうだけで......そう。見たいだけ。あの笑顔に元気貰いたいだけ。推しのアイドルのようなね。好きとかそんなんじゃ......)
誰にするでもない言い訳を頭にいくつも並べて、私は頭を預けていた自販機から身体を離した。
(それでも......今日も会えますように)
ピッ。
ガコン。
転がり出てくる、いつもの梅ソーダ。
今まで恋なんてしたこともなくて。
(そもそもこれは恋ではない)
どうしていいかわからないからだと思う。毎日、祈るように梅ソーダを買うのは。
願掛けのような。先輩を見たらそれだけで元気になるし浮上するし。先輩が笑ったらつられて笑っちゃうし。
(......それだけ)
私はペットボトルを取り出すと、いつものように小走りで校舎へと向かった。
それから。
あの先輩の腰に冗談っぽくくっついていた女の子が毎日のように隣にいる姿を見かけるようになると。
私は咄嗟に目を逸らすようになった。
別になんてことない。
学年も部活も違くて、会話もしたことなかったんだから。
隣にクラスメイトの女の子が毎日一緒にいるのなんて普通なのに。
なのに。
『がーんばれ! いーお――』
『はずいはずいはずいから!!』
あの時こっち向いて、可笑しそうに笑った顔が、なぜか目の前でぼやけるなんて。
私は掃除を終え、「冷やししるこ」という謎飲み物を手にしながら、窓からぼんやりと中庭を眺めていた。
この週は、先輩は中庭掃除じゃないみたい。見かけない。
でも何だか今日は会えない気がした。
自販機の梅ソーダが売り切れていたから。
縁の切れ目のような気がした。
いつまでも梅ソーダに頼ってんなよ、っていう自販機からのお告げのようにも感じた。
小銭は入れてしまっていたから、仕方なくどんな飲み物かもよく見ずに、隣のボタンを押した。
そして出てきたのが、「冷やししるこ」だった。
(......どういうお告げ?)
私は首をかしげながらも、一口口に含む。
「あまっ」
すると――
「――つーか、今度は何でしるこ!?」
中庭へ、男の子たちがわあわあと声を上げながら歩いてきた。
「それ水分補給になんの?」
「糖分補給」
「意味わかんねー!」
(......あれ?)
テンション高そうな男の子3人のうちの1人に、何だか見覚えがあった。
その彼の手には、私と同じ、『冷やししるこ』。
無意識に釘付けになっていた、その時。
ちらっと、その男子が、こちらを横目で見た。