通学路
あの「にや」が、頭から離れない。
あまり恋愛にキョーミはない。
今はテニスとくだらないことすることで手一杯。
周りが恋だ何だってはしゃいでるのを見ると、俺は少しつまんない。
⋆˙⟡
「――はい、おしまーい。プリント回収ー」
数学教師がそう言うと、一番後ろの席の生徒が、自分の列のプリントを回収していく。
この間の席替えで俺の列の一番後ろになったのは、同じテニス部で仲のいい武藤。
プリントを回収すると、「どーよ?」と声をかけてきた。
俺は、ぐっと親指を立てる。
「完璧」
「まじで?」
「完璧に、半分はわからんかった」
「だろうな」
「だろうなってなんだ!」
笑いながら、さささっとプリントを回収していく武藤。
すると、隣の列のプリントを持った笠原さんの手にあろうことか、プリントの束を重ねた。
「よろしく」
「............??」
理解不能、みたいな顔で固まる笠原さんに、ははっと笑う武藤。
(......なにやってんの? あいつ)
理解不能。
「俺、たまに武藤がわからんわ......」
休み時間、ぼそっと呟くと、前に座っていた佐々木がこっちを向いた。
「あー......、武藤はなんていうか、普通の男子って感じだよな」
佐々木の目線につられて俺も、後ろを振り返る。
列の一番後ろで横を向いて、隣の笠原さんに話しかけていた。あれ? 席替え前は前後じゃなかったっけ。
「......いや、普通の男子って何? 佐々木は何なの? 人生2回目?」
「人生2回目ってなんだ」
ふっと笑う佐々木。
「長谷、ほんと面白いな」
「なんでよ。つーか、あれ」
「ん?」
俺は、廊下を顎で指した。
「しる子ちゃん、来てるけど」
「ああ」
佐々木は最近、謎の女子にストーキングされていた。
いつも「冷やししるこ」をちらちらとちらつかせながら、クラスの前の廊下から、じっ......、と佐々木を観察している謎女子だ。
名前がわからないので、俺らは彼女を「しる子ちゃん」と呼んでいる。
佐々木は心底嫌がってる......と思ったら、そうでもないらしく、彼女の姿を確認してはいつも、なぜか笑う。
「気味悪くねーの?」
「別に」
理解不能。
⋆˙⟡
(......なんかなー......なんか、面白くないような)
テスト期間に入ると朝練がなくなる。
朝、俺はもやもやとした気分で朝練の時間よりも混雑したバスに揺られていた。
因みに、乗りたいバスには間に合わなくて、今乗ってるのは遅刻ギリギリのやつ。
多分信号いっこ止まったら間に合わない。そんなレベル。
高校最寄りのバス停に留まる。
降りたのは俺ともう1人だけだった。
(うわ......背でか)
めちゃめちゃ背の高い女子だった。
180センチ近くあるんじゃないかという。
黒髪短髪で、スカートじゃなければぱっと見男子だ。
うちの学年にこんな目立つ女子はいないから、恐らく先輩。
遅刻ギリギリだからだろうか。彼女は早足で歩き出す。
(足はええ!)
164センチしかない俺よりはるかに広い歩幅でずんずんと進んでいく。
悔しくなって俺も、早足で追いかける。
その背に近づく。
すると、彼女はさらにスピードを上げた。
(なんか......抜かさせねぇという気概を感じるような......?)
むっとして俺は抜かそうと歩幅を広げる。
すると彼女も大股で対抗してきた。
先に正門をくぐったのは、彼女だった。
一瞬遅れて、俺。若干息が上がる。何だったんだ、今の。
その時。
先輩が一瞬こちらを振り返り、してやったりな顔をしたのだった。
「面白くねぇ!!」
がっ! と俺は水筒を机に叩きつけた。
ぽかん......と呆気に取られている武藤と佐々木。
「......どした、長谷」
「どうせテスト勉強せずゲームでもしてたら怒られたとかだろ」
「それはそうだけど!!」
「そうなのかよ」
笑う2人を尻目に、俺はあの「勝った」みたいなしたり顔が頭から離れない。
(腹立つな......! 次会ったら、ぜってー先正門くぐる!)
その日はあっさりやって来た。翌日。
また一本前のバスに乗れなかった俺は、ギリギリの時間に最寄りのバス停へ降り立つ。
すると、先輩も同時に降り立った。
はた、と一瞬見合う。
するとすぐに踵を返す彼女。
俺もほぼ同時に地面を蹴った。
「だめだった......!」
俺はまた、がっ! と水筒を机に叩きつけた。
ぽかん......と呆気に取られている武藤と佐々木。
「最近どうした、長谷......」
「どうせテスト勉強したくないから朝やろーって寝て寝坊したとかだろ」
「それはそうだけど!!」
「そうなのかよ」
むかむかと込み上げる。悔しい。
(女子に競歩で勝てないなんて......明日こそ!)
次の日から、あえてそのバスに乗ることにした。
ギリギリの時間に最寄りのバス停へ降り立つ。
先輩も同時に降りる。
一瞬見合うのが、合図。
そして同時に地面を蹴る。
結局これを、テスト期間中ずっと繰り返した。
ずっと繰り返したけど、俺が彼女よりも先に正門をくぐることは一度もなかった。
彼女は先に正門をくぐるたび。
にや、とこちらを振り返って、昇降口へと駆けて行った。
テスト最終日。
来週から、朝練がまた始まる。
この時間のバスに乗るのは、次のテスト期間までお預けだ。
俺はバスを降りると。
先輩の顔を見ることなく、地面を蹴った。
えっ、と先輩が小さく声を漏らした気がした。
彼女が前にいないのは初めてだった。
このくだらない競争に、何でこんな闘志を燃やしてるのか、自分でもよくわからない。
あの「にや」が頭から離れなくて、何か面白くない。
そんだけだ。
そんだけ。
正門が見えてきた。
今日こそ――
そう思った時だった。
先輩が、横をすり抜けた。
「えっ」
走っていた。大股で。スカートをなびかせて。
俺は思わず見とれた。
最後、大きくジャンプすると、敷地内にふわりと着地。
呆気に取られている俺の方を振り返ると、
「イエーイ!」
ピースサインを向けてきたのだった。
そこで俺は我に返る。
「はあー!? ずりー!!」
「勝ち!」
「先輩のくせに! 女子のくせに!!」
そう声を上げると先輩は目を丸くして、大声で笑った。
「あはは! めっちゃ悔しがんじゃん! うける!」
「くっそー......!! 走んのなし......!!」
その場でしゃがみ込むと、遠くから「おーい、正門締めるぞー」と先生の声がする。
「梅木、いつもギリギリだなー」
「朝錬ないと起きれないタチなんです」
「運動部多いな、そういうやつ。おーい長谷もはやく入れ」
ちらりと顔を上げると、先輩もこちらを見ていた。一瞬目が合う。
すると先輩はひらひらと手を振り、いつものように昇降口へ駆けて行った。
「くっそぉ......」
そう言って机に突っ伏すと、頭上から武藤と佐々木の声がする。
「......どした、長谷」
「テスト全滅?」
「テストじゃなくて、競歩......」
「理解不能」
武藤と佐々木の声がハモった。
ずっとあの、したり顔が頭から離れなかったのに。
(......梅木先輩)
さっき楽しそうに笑った顔が離れなくなるとか。面白くねえ。
はっ! と俺は鼻で笑った。
(次のテスト期間は、ぜってー先正門くぐる!)