薔薇手紙の祈り
宿に辿り着いた二人は荷物を預けた後、もう一度桜を見たいというアイの要望に答えるために、宿から離れて付近の公園を散策していた。
「リン、淡い桃のようだ」
「桜色なんて言葉があるくらいには有名だ」
「とても綺麗だ、前にも見たことがあるんだ、その時は誰かとすれ違って...」
アイの言葉に、ボクは喜びを感じた。
神の事、覚えててくれたんだ!
「...どした?」
「てんしとあくまとは、どんな存在なんだ?」
先ほどの書店での件が、アイはどうも気になるみたいだった。
リンは、そんなアイを察して分かりやすいように噛み砕きながら説明をし始めた。
「天使ってのは...言わば良い人として書かれる。悪魔は悪い人として書かれる事が多い」
ゆっくりと語るのは、アイにより分かりやすいように言葉を選んでいるからだ。その様子は、風に頼らずともアイは感じ取ることができた。
だから、美しい桜から目を離し、ただ静かにリンを見つめるのだろう。
「理由としては...天使は人々を導く、いわば太陽だ。だけど悪魔は人々を欺き、誘惑し、そして堕落させる」
「だらく?」
「悪い道に進ませるってことだな」
その言葉に、アイは目線を桜へと移した。
稀有なオーロラが、キラキラと輝く。
「.........あの本を書いた人は、どんな思いでそれを記したのだろうか...煤のような、昼に飲んだあの苦いお茶のような...とても、心がぎゅっと締め付けられるような、匂いと...感覚がした」
「うーん...この国は、伝統文化を特に重んじる傾向にあるからか?昔の思想が受け継がれている場合も多いんだろうな」
その瞬間、少し冷たい夜風が二人を刺す。
「夜は冷えるな、そろそろ戻ろう」
その言葉に、アイは静かに頷いた。
そして、宿に戻って二人は眠りについた。
生活が、一ヶ月ほど経った。
夏を迎える前に、一つの手紙が届いたと連絡がきた。
宿員と思われる人物が、襖越しに東方語で『シュテルリヒト様、失礼します』と言いながら扉を開けた。
アイは、慌ててサングラスを掛け直した。
『リン・シュテルリヒト様。お休みの所大変申し訳ございません。先程、お手紙が送られてきましたので参りました。宛名はカナタ店店長の薫様からです』
『ありがとう、頂戴する』
『失礼します』
そう言った後、宿員は手紙をリンに渡した後、アイにも軽い会釈を行い扉を閉めた。一つ一つの動作に品があり、無駄がない。
――綺麗な淡い空と桜模様だな。
「リン、なんだ?それ」
「手紙だよ、薫さんは俺たちが街を出たの気づいてるんだろうな」
「誰にも言ってないのにか」
「はは」
――結構な大騒ぎにはなってるんだけどな。
その言葉は、声にはならなかった。
リンは一度襖を開けて周囲に誰もいないことを確認した後、シーリングされた封を開けて中身を覗いた。
「見たら分かる。お前も読めるように南国の言語で書かれてるが...文字そのものがダメなのか?」
「勉強はしたが...殆ど意味を持たないみたいだ」
「ええ...何の文字の勉強したんだ」
「私の名前だ」
「名前は殆ど勉強とは呼べないな...」
「......だからだろうな、殆どの文字そのものがダメだ...理解ができない。ただ...美しい薔薇の匂いと共に、優しい色合いが見て取れる...きっと身を案じてくれているのだと分かる」
前に少しだけ勉強したが、それは自身の名前を学ぶためであり、言葉としてではなかった。
つまり、殆んどの文字を知らないのだ。
「察しがいい」
そう言いながら、リンは糊付けされていたもう一枚の手紙をぺりぺりと剥がしていった。
手紙の内容はこんな感じだった。