月下、風揺らぎ
――確かに悪くないデザインだ。シンプルでも造りがいい、上等品だな。
珍しく素直な感想が出た。
――統一感を出すなら椿だな、アイも椿の花を推したくらいだ。それに月は少し神秘的すぎるというか...危ない橋を渡る様なものだろう。
無言で見つめるアイに「どうだ?」と優しく問うリンだったが、アイは何かを思考しているのか瞬き一つと見せない。
食い入る様に見つめているその姿は、まるで三日月だけがアイを照らすかのようだった。
「リン、この月がいい」
指を指したのは、意外にも三日月をモチーフとした簪だった。
「.........うん、よく似合うよ」
『月の方。綺麗』
『はい、とてもお美しいです』
店員は、アイのオーロラの瞳のことを言うかのように呟く。
最終的な金銭は幾らだったかは分からないが、かなりの金額を軽々と払える程の財力をリンは持っているということだけが、領収証の紙を横目に見て理解したアイだった。
かくして二人は、ハルシオンとの面会に備えた和洋折衷の服を手に入れたのだった。
本来なら一ヶ月以上はかかるはずの作業を、三日で終わらせてみせると言ってくれた従業員にリンは一瞬だけ嫌悪感を抱いた。
――アイのおかげか。アイのせいか。
捉え方次第で、アイの評価は大きく変わることだろう。
製作を、元より一週間以内で終わらせてくれと頼むリンもリンであるが、その投げかけをしてくれる者は誰もいない。
宿へ戻る途中、昼間まで賑わっていた露店が、妙に静かになっている事にアイは気づいた。
風鈴の音は鳴っているというのに、人の笑い声が少ない。
どこか遠くから声が聞こえた。
『また出たらしい』
『黒い角だったって』
『悪魔対策本部が動いたとか......』
アイとリンの隙間を風が横切る。
その風はまるで、アイに異変を告げるようだ。
「......風が、焦ってる」
その言葉に警戒したかのようにリンは周囲を見るが、見た目に変化はない。悪魔が出たと騒がれているわけでもなければ、周辺で家事や泥棒と言った事件が起きているわけでもない。
確実に、アイにしか分からない異変だった。
一人の恐怖は小さい。
けれど千人分集まると、風は濁る。
「リン、視られてる」
――何処だ?いや...何処かとかじゃないのか。感じてるのか。
怯えたようにリンの服の裾を掴んだ。
「大丈夫、落ち着けアイ。一先ずは宿に戻る。俺の手を繋げ、絶対に離すなよ」
そう言いながら手を掴んだアイの手は酷く冷たく、震えていた。
その日の夜、アイは珍しくリンと同じ布団で眠りについた。
三日後。
リンは、一人で完成した服を受け取った。
去り際、店員に『またのご来店をお待ちしております』と言われた。愛想も良く、かつ丁寧な接客ではあったが、リンは行く事はもうないだろうなと思っていた。