散華 帰鳥
――この疲労の中で俺の番かよ。
そう思いつつも、悪魔対策本部創設者との面会には必要なことだと考え直し、リンは真剣な表情で店員と向き合った。
アイは無意識だったのかもしれないが、悪魔対策本部を創り上げたというハルシオンの記憶を風で読んだ時にふと出た言葉。
『ユズリハ ハルシオン』
――期待と、悲しみと、なんだっけ?あ、好奇心か。
そして、嫌に目に惹かれた感覚を味わった楪菖蒲と言う作家の絵本。
一見すると偶然にしか思えないが、リンには偶然だと思う事はできなかった。
――もし、推測が正しければハルシオンは...。
「リン、リン!大丈夫?」
鈴の呼び声に、思考が止まった。
「ああ、大丈夫だ」
そう言いながら、心の中では不安だった。
――下手したらアイと相性最悪だぞ。
「リン、これ似合いそう」
そう言いながらアイが指差した生地は、意外にも黒曜石のような色合いの布だった。視線によっては深い藍色に見えるその布生地は、自然と父を連想させた。
「俺に似合いそうか?」
「黒だけど青い、理論的なリンによく似合う。リンは、私には言わないけどいつも何か考えてる」
「.........そう?なら、コレにしようかな」
少し声が震えた。実感できるほどの違和感だ。アイが気づかないはずがない。しかしアイは気づいていないかのように「うん」と頷くだけだった。
『黒曜石の布をお選びですか、お連れ様と反対色であるお色味は、御二方の雰囲気をより神秘的にさせてくれることでしょう』
――吉兆と出るか凶兆とでるかは分からずか。
最終的にリンの服装は上は白いワイシャツで、襟元には竜胆の花の刺繍が施されている物を選んだ。
黒曜石の布はあえて羽織にではなく、袴風パンツの生地として使用することにした。
帯部分をウエストベルト風にすることで和洋折衷の雰囲気を醸し出させた。
靴下は、同じく竜胆の色の物を使用することで統一感を出し、下駄風履物の色も黒曜石のような異質な輝きを放つ物にした。
「...アイ、お前髪はどうするんだ?」
「おろすのはダメなのか?なら前にリンやリンの父がしてくれたような...編み込みは?」
「編み込みもいいんだがなんだかなぁ...髪飾りが黄水晶だと合わねえだろ、好きなの選べ」
その言葉に、付近に待機していた店員がすぐに複数の髪飾りを渡しに来てくれた。リンは太客と思われているのだろう。
...実際かなりの金額だもん。ボクでも分かる。
『髪飾りを複数お持ちいたしました。髪留めやカチューシャ、銀箔など様々な物がございます』
硝子細工のような簪を見つめた。
白銀の花。翡翠の玉。蝶。鶴。桜。
様々な髪飾りが並ぶ中、アイは静かに視線を巡らせていた。
風が揺れると共に薫る匂いと色。
――祝いの色だ、淡い桜と、空だ。
――こっちは、期待。願い。幸福。
髪留めは、幸福の物なのだろうか?そんな思考をする中で色彩豊かな想いが混ざる。
ふと、風がアイの持つオーロラを刺した。
一つだけ。まるで墨を溶かしたような色と焼け焦げた匂いを持つ簪があった。
瞬間、アイの呼吸が止まる。
――絶望、喪失、後悔、諦観...。
それらが粘つくように絡みついている。
まるで、まるで...。
――誰かが帰ってこなかったような記憶。
「アイ?」
リンの声で、漸く意識が戻る。
「......これは、無理だ」
アイにしては珍しく、即答だった。
震えた指で指した簪は鈴がついたもので、太陽の形を模していた。
『太陽がお好みでないのでしたら、こちらの月をモチーフにした簪は如何でしょうか。後、此方に、お客様が先ほど選ばれた椿の簪もございます。二つとも白銀ですので、選ばれた物とよくお似合いになるかと』
アイは、太陽の簪から逃げる様に三日月の簪と椿の簪を見つめた。
リンはさりげなく、太陽の簪を店員に渡し『隠して』と小声で伝えた。
店員はすぐに簪を隠した。
隠したことを確認したリンは、三日月と椿の簪を交互に見た。