誰ソ彼の契約
そして、いよいよハルシオンとの面会の日を迎えた。
時刻の指定は、人々が家路につく時間だった。
仕立て上げられたばかりの和洋折衷の服に着替え、首筋に一振りだけ香水を纏う。
荷物の確認を何度も行った後、リンとアイは宿を出た。外に出ると真っ先に捉えたのは、橙と藍が混ざる空模様だ。
黄昏時とも呼ばれるその時間帯は、かつてリンと街を歩いた時を思い出させてくれた。
『黄昏時の意味を知ってるか?誰ソ彼でそう読むんだよ』
そんな風に言っていたリンの顔は、やはり黄金の光に邪魔をされて見えなかった。
しかしアイは、何となく感じ取っていた。
――緊張、不安、後は...殺意?
何故殺意を持っているのかと聞きたくなったが、ぐっと堪えた。アイはリンと行動する中で、リンという人物を理解し始めていた。
――常に思考し、道を照らす先導者のようでありながらも、脆い硝子細工のように不安定だ。
アイはリンの事を何処かで「救うべき人」としてみている部分があった。
父を失い、突然言われる使命を果たせとの内容。そして、その使命を果たすために訪れたら居たのは神と崇められている人物。
その願いはまるで、流星のようであった。
一瞬で現れ、消え去る。
アイは、消えないようにと思いながら、夜空のコートを羽織るリンの裾を掴む。
「どうした?アイ」
アイの裾を掴む手を握りながら問いかける姿はやはり優しい。
「リン、私はお前のことが大切だと思っている。変な事は考えるなよ」
「...ありがとう、変な事なんて考えていない。大丈夫だ」
そんな事を言いながら、二人は街行く人々の影を横切りながら歩いていく。
辿り着いたのは、人通りの少ない場所だった。街の提灯が灯り出す。
目的地に辿り着いた二人は思わず息を漏らした。それもそうだろう、寂れた土地からは想像できないほどの大きな建物。
まるで、夜を先取りしたように静かだった。
「アイ、お前は偽名を使おう」
「え、なんでだ」
「...言ってなかったが、お前と俺は、一応国から捜索されている人物だ。危険視される可能性がある。何がいい?」
こんな時でも、アイに選択権を譲るリンはやはり優しいのだろう。
「...あの男の髪は、深い青だった。青は何色なんだ?」
その言葉に、リンは一瞬たじろいだ。
「...藍と書いて、あいって読む」
リンは、父の藍色の髪を思い出す。
無造作に伸ばされたその髪は、まるで夜のカーテンのようにも見えていた。
「他の読み方はないのか?」
その問いかけに、リンは思考した。
無意識に、父に近寄るのを避けようとしているのか、それとも純粋に読み方が分からないのか。
どちらかは、わからないが。
「一応、藍とも読めるらしいな」
「なら藍でランにしよう」
「...了解、入るぞ」