口先楽園
重たげな焦茶色の開閉式のドアをゆっくりと開ける。共に聞こえるは、機械音声だった。
『ようこそお越しくださいました。案内人の指示に従って、お進みください』
機械音声の定型文なのだろう。
中に入ると、温かなアンティーク調の空間だった。全体が深めな茶色で構成されているからこそ、温かみが出て雰囲気が和らぐ。
だからこそと言えるだろうか。
機械音声が、やけに異質に感じた。
リンは、ワイシャツのボタンを一つ開けたくなったがグッと堪えた。
『面会予定の麟と藍と申します。手続き場所は此方でよろしいですか?』
東方語で丁寧に話すリンを、アイは静かに見届ける。
コレは、先日にリンとアイで決めた出来事だった。基本的な会話はリンが行う。ただし異常を感じた場合はリンの手の甲をニ回指で叩く事。そのまま会話してもいいと思えば一回。即刻武力行使の場合は手を強く握る事だった。
アイは、一回指で手の甲を叩いた。
『本日はご足労いただき誠にありがとうございます。案内人の清水と申します。責任者の面会でお間違いないでしょうか』
『ああ』
『......では、直接責任者のお部屋にとのご指示を頂いておりますので、お部屋に案内させていただきます。私の後ろに着いてきてくださいませ』
『了解した。藍、行――』
アイは二回指で叩いた。
そしてアイは、静かに澄んだ眼差しをリンに向けた。
『き け ん』
声には出さずに、そう口に出した。
――思ったより早いな。どれがだ?
冷静に周囲を見渡すリンを遮るかのように清らかな鈴の音が場を制した。
『案内を頼む』
『かしこまりました。では藍様、麟様。此方へお願いいたします』
長い廊下を歩く中、アイは静かにリンの裾を掴む。リンの緊張を少しでも解そうとしているのが伝わる。
リンは深呼吸をした。今この場で最も冷静にならなければならないのは、リンだった。
いざとなれば、アイを逃さなければならない。
いざとなれば、武力行使も躊躇ってはいけない。
その責任と、重さと、優しさが、リンをより硬直させる。
「リン、任せて」
アイの静かに囁くその眼差しと声音は、全てを超越したかのような、神秘的な異質さを持つ。
『此方でございます。では、ノックさせていただきます』
焦茶色の扉に重々しく書かれている「総責任者部屋」という黒と金の案内板を二人は見つめた。
案内人を名乗る清水は、三回ノックした後『面会者様をお連れいたしました』と声を掛けた。
『そのまま、入ってきてください』
穏やかな声音と共に、扉が開かれた。
開いた瞬間、最初に感じたのは、匂いだった。
土、花、薬品、雨上がりの葉。
――そして、鉄。
部屋の中は植物で埋め尽くされていた。
壁際には蔦が這い、天井近くでは花が咲く。
硝子容器の中では、見たこともない苗が淡く発光している。
まるで森を切り取って、無理矢理閉じ込めたみたいな空間だった。
植物のせいでこの部屋が狭く感じるが、実際にはかなりの広さがある事をリンは察する。
そして、同時に警戒した。
――下手したらこの部屋が迷路だぞ。
アンティーク調の部屋と廊下。そして機械音声。全てが異質であったが、この部屋はあまりにも異常だった。
――風が、叫んでる、泣いてる。
アイはいち早くその異常に気づいたが、リンの緊張した顔を見て冷静になる。
――リンは限界だ。私が役目を果たす。
リンとの約束を反故してでもリンを護るという強い意志は、清廉された鈴の声になって表れた。
『突然の依頼にも関わらず、快く引き受けてくださった事、感謝する。私の名は藍。此方が麟だ』
今までのたどたどしさが嘘のような流暢な東方語にリンは眼を見開いた。
カチャンと音がした。
『私の方こそ、この様な時間に指定してしまって申し訳ございません...少し片すべき資料がありまして』
植物の隙間から僅かに見えた白いシャツ。
そして立ち上がると同時に、
またカチャンと音がした。
ハルシオンの方へ一瞬目を向けた。
――微笑みを絶やさない柔らかな姿勢。
「麟様、並びに藍様。初めまして」
その言葉を、聞き間違えるはずがない。
その言葉は、最も聞き慣れていたからだ。
ハルシオンと名乗る女性は、南諸国の言葉で話しかけてきた。