ホーム›祝福›白鶴の帰還
← 次の話目次前の話 →

白鶴の帰還

 そして長い船旅を終え、二人は東方倭とうこくやまとと呼ばれる国へ辿り着いた。
『嬢ちゃん、良き旅路を』
 船主は去り際に、アイに一つのブローチを手渡した。それは、羽の部分が翡翠の宝石になっている鶴の形をしている代物だった。
 ――上等品だな。
 リンは見ていてそう思う。
「いいの貰ったじゃん」
 そう言われ、アイはゆっくりとブローチを太陽に向けた。太陽の陽射しの祝福を受けたブローチはキラキラと輝きを放つ。
『鶴は縁起がいいんだ。その羽根は羽ばたいても、ちゃんと帰ってくるからな』
「...良い動物?」
 東方の言葉を読み取るのにまだ慣れていないのだろう。部分的にしか感じ取ることができていなかった。しかし、最も重要な部分だけは聞き取れたようだった。
 ――嬉しい?何故?
 アイは嬉しいと思う理由が分からなかった。
 理由としては、自分の物を他者に渡すというのは、言わば取引であり契約だと認識しているからだ。その考えはボクも同じ考えだ。
 人とは、対価があってこその契約が生まれると思っているから。
「鶴は、縁起がいいって言われてるんだよ」
『ああ、必ず帰ってくるという意味もある』
「帰るって意味もあるんだってよ」
 リンが笑いながら言う。
 アイは、もう一度太陽の祝福を受けている翡翠のブローチを見つめた。
『ありがとう、船主』
『いいってことよ、縁があればまた会おう』
 その言葉に、リンも東方語で『次は誘拐犯と思うなよー』と返す。

 黎明れいめい十五年 春 東国倭とうこくやまと 統地とうちへ到着。

 二人はゆっくりと街を歩き始めた
 倭の桜は南国と違った色合いだった。
 南国が赤に近い色合いであれば、倭はより桃に近い色。
 咲き誇る瞬間も美しいが、今は散り始めの頃で桜の絨毯が敷かれている。
「綺麗だ」
 落ちている花弁をできるだけ踏まないように歩きながらアイは言う。
 その姿を、リンは静かに見つめた。
「ははっ、確かに神様ではお目通り叶わない桜景色ってやつだ」
「桜景色これも、あの男は見ていたのか」
 その言葉に、リンは過去を懐かしむような眼差しを桜に向けながら「うん」と返す。
 アイは、桜景色を記録するかのように瞬きを繰り返す。サングラスを外したいと思ったが、この人混みの中では外すことはできない。
「夜の桜も綺麗だ、そん時はサングラスを外して見れる」
 そんな気持ちを察するかのようにリンは言う。
「では、夜にまた来よう」
「了解。とりあえず昔世話なってた宿があるからそこに行く予定。なんか見たい物とかあれば言ってくれよな」
「この国がどんな所かを知りたい、教えてくれ」
「ふっ、了解。じゃあ歩きながら説明するから、ちょっとだけ待ってて」
 そう言いながら、リンは一つの露店の店主に話しかけた。店主は微笑みながらコップに注ぐ。その緑の色をした飲み物を二つをリンは片手に持ちながら、もう片方の手には丸いナニカを持っていた。
「紅茶か?」
「紅茶は飲んだことあるのか?」
「昔一度だけ、黄金の色をした香り深い飲み物を供物でいただいた。それとはまた違うのか?」
「飲めば分かるさ、どっちがいい?甘めと苦め」
「両方とも飲んだことがない、苦いのはいいことなのか?」
「好みが分かれるな」
「そうか...なら甘めをいただきたい。苦いのも素敵かもしれないが、私にはまだ早いかもしれない」
「了解、こっちは饅頭。桜の味の餡と普通の餡子の味のがある、どっちがいい?」
「桜を食べるのか?」
「そ、面白いでしょ」
「気にはなる...な」
「なら、桜食べてみろよ。合わなかったら二つとも交換してやるし一口分けてやるから」
 アイは、リンから甘めの茶と桜味の餡が練り込まれた饅頭を受け取った。
「歩きながら食おう」
 桜饅頭を食べながら歩く二人。
「苦いのも飲んでみろ」
 そう言われ、アイはリンから苦い茶も一口飲んでみた。
「喉が苦しい...」
「倭では、先に饅頭とかの茶菓子で口の中を甘さで満たしてから苦い茶を飲むのが風習ふうしゅうなんだ」
「ふうしゅう?」
「風の習わし...まあルールみたいなもん?かな」
 その言葉に、アイは少しだけ考えるような素振りを見せた後、静かに言う。

「私が、風を使い記憶を辿ることができるのも、その風習ふうしゅうからきているのかもしれないな」

 そう呟くアイに、思わず「成程」と言いかけたリンだったが、すんでの所で止まる。
「茶、と言っていたが紅茶ではないのか?」
「南とか他国では紅茶が有名だけど、倭では緑茶や焙じ茶って呼ばれてる物が多い。こう言った緑とか、茶とかだな」
「何か違うのか?」
「そこまでは俺も知らん...採ってる葉っぱの種類とか、栽培時期とか、淹れ方とかかもな」
「成程...飲み慣れた物にも、歴史が詰まっているのか、この国はどうやら歴史や文化を重んじているようだ」
 まだ灯されていない紙提灯が揺れる通りの先に、古びた木造の書店がある。軒先には風鈴の音だ。
 硝子越しに見えるのは、和綴じの本や木版画。
 アイは自然と足を止める。
「......文字だ」
「ん?興味あるか?」
「この国は、文字を大切にしている匂いがする」
 その言葉にリンは少し驚く。
「匂いで分かるのかよ」
「紙と墨の匂い。古い記録を残そうとする空気を感じる」
 ――空気それも、風なのか?
 そう問いかけようかと思ったが、かつて父が言っていた言葉を思い出して留まった。
「まだ時間はあるし、みてみるか?」
「いいのか?」
「お前が見たいのならな」
「み、みたい」
シェア
前の話 →
渡し守の花畑
← 次の話
濁流風
祝福作者:結弦
目次を見る
コメント0件
ログインしてコメントする
まだコメントがありません
ホーム›祝福›白鶴の帰還
← 前の話目次次の話 →

白鶴の帰還

 そして長い船旅を終え、二人は東方倭とうこくやまとと呼ばれる国へ辿り着いた。
『嬢ちゃん、良き旅路を』
 船主は去り際に、アイに一つのブローチを手渡した。それは、羽の部分が翡翠の宝石になっている鶴の形をしている代物だった。
 ――上等品だな。
 リンは見ていてそう思う。
「いいの貰ったじゃん」
 そう言われ、アイはゆっくりとブローチを太陽に向けた。太陽の陽射しの祝福を受けたブローチはキラキラと輝きを放つ。
『鶴は縁起がいいんだ。その羽根は羽ばたいても、ちゃんと帰ってくるからな』
「...良い動物?」
 東方の言葉を読み取るのにまだ慣れていないのだろう。部分的にしか感じ取ることができていなかった。しかし、最も重要な部分だけは聞き取れたようだった。
 ――嬉しい?何故?
 アイは嬉しいと思う理由が分からなかった。
 理由としては、自分の物を他者に渡すというのは、言わば取引であり契約だと認識しているからだ。その考えはボクも同じ考えだ。
 人とは、対価があってこその契約が生まれると思っているから。
「鶴は、縁起がいいって言われてるんだよ」
『ああ、必ず帰ってくるという意味もある』
「帰るって意味もあるんだってよ」
 リンが笑いながら言う。
 アイは、もう一度太陽の祝福を受けている翡翠のブローチを見つめた。
『ありがとう、船主』
『いいってことよ、縁があればまた会おう』
 その言葉に、リンも東方語で『次は誘拐犯と思うなよー』と返す。

 黎明れいめい十五年 春 東国倭とうこくやまと 統地とうちへ到着。

 二人はゆっくりと街を歩き始めた
 倭の桜は南国と違った色合いだった。
 南国が赤に近い色合いであれば、倭はより桃に近い色。
 咲き誇る瞬間も美しいが、今は散り始めの頃で桜の絨毯が敷かれている。
「綺麗だ」
 落ちている花弁をできるだけ踏まないように歩きながらアイは言う。
 その姿を、リンは静かに見つめた。
「ははっ、確かに神様ではお目通り叶わない桜景色ってやつだ」
「桜景色これも、あの男は見ていたのか」
 その言葉に、リンは過去を懐かしむような眼差しを桜に向けながら「うん」と返す。
 アイは、桜景色を記録するかのように瞬きを繰り返す。サングラスを外したいと思ったが、この人混みの中では外すことはできない。
「夜の桜も綺麗だ、そん時はサングラスを外して見れる」
 そんな気持ちを察するかのようにリンは言う。
「では、夜にまた来よう」
「了解。とりあえず昔世話なってた宿があるからそこに行く予定。なんか見たい物とかあれば言ってくれよな」
「この国がどんな所かを知りたい、教えてくれ」
「ふっ、了解。じゃあ歩きながら説明するから、ちょっとだけ待ってて」
 そう言いながら、リンは一つの露店の店主に話しかけた。店主は微笑みながらコップに注ぐ。その緑の色をした飲み物を二つをリンは片手に持ちながら、もう片方の手には丸いナニカを持っていた。
「紅茶か?」
「紅茶は飲んだことあるのか?」
「昔一度だけ、黄金の色をした香り深い飲み物を供物でいただいた。それとはまた違うのか?」
「飲めば分かるさ、どっちがいい?甘めと苦め」
「両方とも飲んだことがない、苦いのはいいことなのか?」
「好みが分かれるな」
「そうか...なら甘めをいただきたい。苦いのも素敵かもしれないが、私にはまだ早いかもしれない」
「了解、こっちは饅頭。桜の味の餡と普通の餡子の味のがある、どっちがいい?」
「桜を食べるのか?」
「そ、面白いでしょ」
「気にはなる...な」
「なら、桜食べてみろよ。合わなかったら二つとも交換してやるし一口分けてやるから」
 アイは、リンから甘めの茶と桜味の餡が練り込まれた饅頭を受け取った。
「歩きながら食おう」
 桜饅頭を食べながら歩く二人。
「苦いのも飲んでみろ」
 そう言われ、アイはリンから苦い茶も一口飲んでみた。
「喉が苦しい...」
「倭では、先に饅頭とかの茶菓子で口の中を甘さで満たしてから苦い茶を飲むのが風習ふうしゅうなんだ」
「ふうしゅう?」
「風の習わし...まあルールみたいなもん?かな」
 その言葉に、アイは少しだけ考えるような素振りを見せた後、静かに言う。

「私が、風を使い記憶を辿ることができるのも、その風習ふうしゅうからきているのかもしれないな」

 そう呟くアイに、思わず「成程」と言いかけたリンだったが、すんでの所で止まる。
「茶、と言っていたが紅茶ではないのか?」
「南とか他国では紅茶が有名だけど、倭では緑茶や焙じ茶って呼ばれてる物が多い。こう言った緑とか、茶とかだな」
「何か違うのか?」
「そこまでは俺も知らん...採ってる葉っぱの種類とか、栽培時期とか、淹れ方とかかもな」
「成程...飲み慣れた物にも、歴史が詰まっているのか、この国はどうやら歴史や文化を重んじているようだ」
 まだ灯されていない紙提灯が揺れる通りの先に、古びた木造の書店がある。軒先には風鈴の音だ。
 硝子越しに見えるのは、和綴じの本や木版画。
 アイは自然と足を止める。
「......文字だ」
「ん?興味あるか?」
「この国は、文字を大切にしている匂いがする」
 その言葉にリンは少し驚く。
「匂いで分かるのかよ」
「紙と墨の匂い。古い記録を残そうとする空気を感じる」
 ――空気それも、風なのか?
 そう問いかけようかと思ったが、かつて父が言っていた言葉を思い出して留まった。
「まだ時間はあるし、みてみるか?」
「いいのか?」
「お前が見たいのならな」
「み、みたい」
シェア
← 前の話
渡し守の花畑
次の話 →
濁流風
祝福作者:結弦
目次
コメント0件
ログインしてコメントする
まだコメントがありません