彼岸の白と白鶴の帰還
リンは、店員を呼ぶ。
『店員、この少女の魅力を最大限引き出す和洋折衷の衣服を』
『かしこまりました』
「アイ、サングラス外せ」
「え」
『何か問題がございましたら、遠慮なくかけていただいても構いませんよ』
アイは、リンに言われるがままにサングラスを外した。
店員の化粧されている整った顔がよく見えた。同時に店員は、一瞬惚けたかのような表情を見せたが、すぐに『少々お待ちくださいませ』と言い、その場を離れ、複数の布生地を両手に持って戻ってきた。
『大変お待たせいたしました。まずは、お連れ様のお召し物からお考えになりたいご様子でしたので、女性物の生地をお持ちいたしました』
そう言いながら、店員はリンとアイに複数の生地を見せていく。
紅、碧、黄、緑、紫。
――嫉妬、喜び、期待、憎悪、不安...。
アイは色に酔い、少し休むと言いたげにリンに引っつく。微かな白夜の香水がアイの視界、耳、鼻を抱き返す。
様々な色を見ていく中で、店員が目当ての物を見つけたかのように動きを止めた。
『お客様には、こちらの白が似合うかと』
差し出された白の布は、光に当たることで少し月の光のような淡い色を持つ色だ。
店員から発せられた言葉に、リンは見ていた生地から店員へと目線を変えた。
『白ですか?』
その言葉に、店員は臆することなく『はい』と答えた。
『白は、死装束として有名では?』
リンの棘のある言い方に、別の店員がやってきた。少し年齢が上に見える男性の店員だった。
『旅立つ者と同じ色を纏い、無事に向こうへ辿り着けるよう願いを込められた逸話と文化は、確かにありました。お客様のように、死装束だと避ける方もいらっしゃるぐらいです』
その言葉に、アイはリンの裾から覗き込むように白い布を見つめた。
――静かだ。
様々な色が混じる布達の中で、白だけは妙に穏やかだった。
まるで、全てを受け入れた後の色みたいに。
「リン、この布は静かだ。死者のようだ」
アイは、全てを見透かすかのような眼差しで白布を見つめた。
『...では、その様な生地を何故この子に勧めた?理由によっては、この子が死にそうな子とも言えるぞ』
棘のある返しを包み込むかの様に、優しい声音で年老いた男性店員は言う。
『彼岸から訪れたかの様な美しさを身に纏っておいでです。まるで、仏様を人間にしたらこの様な御姿なのでは...と、錯覚する程に』
その言葉に嘘はないのだろう。うっとりとした様子で語るのが何よりの証拠だ。
しかしリンは変わらず棘のある言い方で『仏様を侮辱しているのか?』と言う。
『いえ、そんな事はございません。お客様のお気に障るようでしたら、別の布生地をご提案させていただきます』
その言葉を聞いて、漸くリンは我に返った。
――アイの意志を聞いていない。
リンの中で、白はどうしても死装束のイメージがあった。あの民の想いが乗せられた衣服を見た時もどうしても死者のような服だと思っていた。口には出さなかっただけで、確かに思っていた。
それを理解できる知恵がアイにはなかったが、今ならアイは理解してしまうかもしれない。
それがどれだけ危険な事か分からないほどリンは阿呆ではない。
「......アイは、何色がいいと思う?」
できるだけ優しい声音で聞いた。
「...白が、一番静かで...綺麗だ」
――ああ、やはりこの子は天使にも悪魔にも成る存在だ。
『この白と、このブローチを着けたい』
まだ少しぎこちない東方語で、アイは鞄から翡翠の鶴のブローチを取り出した。
店員はいっそう嬉しそうに『かしこまりました』と言う。
――死装束の白に、帰還の鶴。
ちぐはぐで、あやふやで、矛盾の服装は正しく神秘とも言える。
アイは無意識に、神に近い思考で衣服を選んでいた。