ダイモン・プレカーティオ
『沈め』
その瞬間。
植物の空間の灯りは沈み、影が伸びた。
「そのコートのお力ですか?綺麗な夜ですね」
ハルシオンは広い天井をゆっくりと見つめた。一周くるっと周る。
美しい夜空が、部屋の中を覆う。
『穿て流星 轟け満月』
リンは流星を一つ掴むと同時に、竜胆の色の武器が編み出された。
「リン?」
アイの声が聴こえた。しかし夜の風に乗って消え去った。
『新月の降臨、満月は影に』
その言葉と共に、輝く星空は闇に仕舞われた。
竜胆の色で構成されたその武器の形状は弓だった。リンは弓を美しく構えた後、矢を放った。植物たちが護るべく立ちはだかるが、それら全てを貫通し、ハルシオンの頬を掠る。
ハルシオンは、黄水晶の眼を大きく見開いた。
「リン!」
空気が沈む。世界が死を意識する。
「リン!落ち着け!」
咄嗟にアイはリンに抱きついた。
「リン!」
アイはリンの頬を掴み、無理やり眼を覗き込んだ。
「私の瞳を見ろ」
視界いっぱいに、虹が広がった。
碧にも、紫にも、金にも見えるその眼は—。
まるで、世界そのものを映したみたいだった。
――ああ、護ってくれたのか。
そのオーロラの眼差しに、リンはようやく夜明けを迎えることができた。
「眠られたのですか?」
掠った頬を撫でながらハルシオンは言う。
「そうみたいだ」
寝息をたてているリンの髪に優しく触れる。
その触れ方は、まるで硝子細工のようだった。
「話し合いの続きをしよう。リンに手を出してみろ、その時はお前ごとこの部屋に死を宣告する」
「ふふ、面白いですね。では、話し合いを始めましょう」
二人はリンから離れ、植物の中に閉じ込められるかのように包まれながら会話を始めた。
「まずは貴女とシュテルリヒト様について。お二人は悪魔ですか?」
「否、私は神と呼ばれ、シュテルリヒトは恐らく何者かとの約束を果たしているだけだ」
「お二人が先ほど見せた人類では扱うことのできない御力は?」
「私は民からの信仰の下使える物だ。シュテルリヒトは恐らくはコートだな。アレには数々の思考と約束、想いが乗っていた」
「悪魔をお作りになられたのではないかと私は思っていますが、お二人は違うと?」
「勿論。むしろ今回訪れたのは、何故そのような存在が世間に広がったのかを知りたいが為だ」
話し合いというより、尋問ではないかと思うような質疑応答が繰り返される。
やがて、ハルシオンは質問を止め、指を口元に添えながら、思考するかのような振る舞いを見せた。
「......嘘には見えませんね」
「当たり前だろう」
「...では一つ聞きたいことが、貴女は悪魔は何故生まれたとお考えに?」
「知らん。お前の研究データとやらを見せてみろ」
その言葉に、ハルシオンの黄水晶の眼は弧を描きながら言う。
「お見せしても?」
そして持ち出された極秘資料と書かれた書類を何枚か捲る。一部抜粋してみよう。
音を操る悪魔の記録。
周辺の音の波数を変える力を持つ。
戦闘員が音の遮断機をつけながら戦闘した為、連携が取れず多数死者が出た。
鼓膜が破れる音も出せれば、
悲鳴に近い声も、誰かに助けを求めるかのような声も出せる。
さらに音の方法さえ変えれば、
ハッキングなどもできる為、刺殺。
水を操る悪魔。
周辺にある水を操る力を持つ。
手出しができず現在は閉じ込められている。
悪魔にしては珍しく、死者はなし。
威力が高く、現在の悪魔の中で最も強い可能性がある。
書き換える悪魔。
事象を書き換える悪魔。
戦闘の際に、攻撃をなかったことにされた。
或いはなかった攻撃をあることにされた。
恐らくはシュレディンガーの猫に近い。
現在は隠密中な為、捜索中。
捕まえることは不可能に近い。
威力は少ない。
操作系悪魔の中では最も強い可能性がある
その他にも悪魔の資料を文字から読み取ろうとしていた。
これは、かつてのアイなら不可能であった。
文字には、さまざまな記憶がのせられているからだ。
しかし今神に近づいたアイなら、可能かもしれないと読んだのだ。
パラパラと頁を捲る音だけが響く。
「ん?」
ふと、ページを捲る手を止めた。
インクのように滲む色と記憶に、アイは吐き気を感じた。
――苦しい。助けて。
――――どうして。どうして。どうして!
事の全容を理解した神秘は、資料を視る事をやめた。そして、最も純粋で好奇心に溢れている女性の方へとオーロラの眼を向けた。
「悪魔は、総じて助けてと言っていた」
その意味とは?