神秘と叡智の血盟
「悪魔は、元人間なのかもしれないな」
その言葉に、ハルシオンの髪は僅かに揺れた。半歩後ろへと下がったのだ。
アイの持つ存在感からなのか、新しい見解を思いつけなかった悔しさからなのかは、分からないが。
「...実に興味深い見解です」
そう呟きながら、資料はまた引き出しの中に入れた後に鍵をかけた。余程の重要物だという事は、その行動だけでわかる。
「何故、悪魔は人間だと?」
ハルシオンは、周辺に咲いている植物に優しく触れながら問いかけた。その問いに、アイは少し考えるように指を口元に添える。
「植物や、動物達は、基本的に感情よりは生存本能を優先する傾向にある」
そうだね、植物は人間程の身体的変化が少なく見える。
だからこそ、美しさの基準が固定されやすい。神は固定も美しいと思うけどね。
「...神がかつて命じた『美しくあれ』は...言わば最も生命が活発になる瞬間や、生命の象徴を捉えられていることが多いからだ」
うんうん、アイの言う通りだ。
ボクが命じた言葉は、生き物達は殆ど固定されている。人間だけが、個々の意識を持ち、個々の思考だけの答えがある。アイはそれを見抜いている。流石だ!
「確かに、ライオンであれば鬣、桜であれば咲く瞬間、魚達であれば群れる瞬間と生命が活発など、その象徴が美しさとして捉えられる事が多い...しかしそれと悪魔にどう関係が?」
「悪魔は...美しいがない、絶望よりも遥か果て、虚か?そんな感じだ、空っぽだが一つだけナニカがある形に視える」
「...その意味とは?」
オーロラの眼が、煌びやかにハルシオンの視界に映る。
「強い想いは時に...信仰、超人、魔法とも呼ばれる」
「であれば異能の中心核が人間の想いの可能性があると」
話が難しくなってきたね。一度整理をしよう。
つまり、アイの見解としてはこうだ。
悪魔と呼ばれる存在は、元人間。
悪魔に成る条件は不明。
異能と呼ばれる摩訶不思議な力は強い『想い』から現れているのではないか。
こんな感じだろうか?
「そこまでにしては資料が少ないのと、研究結果がその予想から外れている。研究結果の一部、あの...長い名前の武器がどれほど悪魔に通じるのかはどんな風にして考えた?」
「それは、貴女が創り上げた花についている花粉や葉っぱから独特の周波のような物を読み取り、そこから派生して武器の形にしたものですね」
「そんな芸当ができるのか、優秀だな。しかし武器を扱える人物が少ないのか」
「まあ、仕方がないです」
「なら、私の得意分野だ。どうやって植物の命を芽吹かせた」
「成長するイメージを持った。それだけです」
人の想いが世界へ作用するという事だ。
科学で異能を再現したという事になる。
その異端さに、危うさに、同時に純粋さに。
アイは、少しだけ微笑んだ。
「お前、私と契約しないか?」
その言葉に、ハルシオンは微笑みながら「契約?」と返した。
ハルシオンも、徐々に理解してきている。
今目の前にいるこの少女は、悪魔の親などではないと。
「お前の持つ知恵は優秀だ。多くの人から期待されているな」
「光栄ですね」
「だがお前の本質は好奇心のみだ。親、或いは知人あたりからは、恐れられているか、哀しまれているかだな?」
「.........仰る通りですね」
「なら、私とリンで悪魔を捕らえると約束しよう。神と最も近しい存在である私と、その私が認めた優秀な人物がお前を護り、そしてお前の好奇心を満たすと約束する」
「貴女にメリットがありません」
「あるさ」
眠っているリンの方へとアイは近寄っていく。それに続くようにハルシオンも続く。眠っているリンの周辺は夜のように冷たい。しかし植物達が寄り添うようにリンの元へと佇む。
「リンと私、そして研究結果が出るまで悪魔を殺す事を禁ずる。コレでどうだ?」
「ふふ、結局私にしかメリットがありませんね」
するとハルシオンは植物の葉をちぎり取り、そして左目の下を軽く葉で刺した。ゆっくりと血が頬を伝う。
「私の名は楪ハルシオン。悪魔対策本部総責任者の名において、藍と並びシュテルリヒトを護ることを誓う」
その血を親指で拭い取り、アイの方へと血を向けた。アイはどうしたらいいか分からず、人差し指でそっとその血に触れた。
温かな液体と血の匂いが、かつての戦争を思い出させた。
そして、共に風が通り過ぎた。
今度は祝うように、優しく頬を撫でた。
「契約完了。私は貴女達を守る事を誓いました」
まだ何も知らずに眠りについているリンは、小さく「アイ...」と呟いていた。
彼が全ての話を聞いてアイに珍しく怒りを見せるのはまだ少し先の話だ。
「アイ?」
「言い忘れてた、私の名は藍ではない。アイだ」
「なるほど」