ウサギの書庫
「......み! ちなみ!」
名前を呼ばれて目を覚ました。
おかしな夢を見ていたようだ。
十六歳の私はスマートなスーツなど着ていないし、会社にも勤めていない。セーラー服にみつあみの、ごく平凡な高校生。
「おいおい、しっかりしてくれよ。」
耳元で、私を呼んだのと同じ声が聞こえた。
窓のない薄暗い部屋。三面の壁を埋める書架、無数の本。私と同じ顔の魔女。
「二度と手放すな。」
魔女が私に鍵束を手渡した。
夢の中でウサギに奪われた鍵束だ。受け取るとずっしりと重く、ほんのりと暖かい。
私は現実に戻ってきたことを実感した。
「ありがとう、みなみさん。」
「みなみで良いって言ってるだろ。」
魔女ことみなみは、私の手のひらの上に手のひらを重ねた。鍵束の鍵がぐるぐると絡まり合って、一本の杖に変わる。
「さぁ、呪文を唱えて。私の魔力を、全部使って良い。」
杖の先が青白い光を放つ。
書架の無数の本から一本ずつ鎖が伸びて、そのうちの一本がベッドの下に潜り込む。鎖は見覚えのあるウサギを捕らえ、私たちの前にその全貌を晒した。
「『形を持たない書の怪よ、物語に帰りなさい。』」
私が呪文を唱えると光はより強い光量で魔方陣を描く。
魔方陣の円がつながったのを確認したら、呪文を締めくくり封印の魔法を発動する。
手のひらを通してみなみの体温と魔力が身体中を巡る。成り行きで引き受けた任務だけれど、私はこの瞬間が嫌いではない。
「『読了!』」
パキィと甲高い音を奏で、強い風を伴いながら、ウサギは解けて文字になっていく。文字は鎖を伝って本に戻り、純白の背表紙に色が入る。ウサギの本はペールブルー。爽やかでどこか物悲しい、空の色に似ている。
やがて風が止み、杖先の光の中に新しい鍵が生成された。
「お疲れ様。」
みなみが杖で鍵をつつくと、杖は新しい鍵を飲み込んで、元の鍵束に戻った。初めの頃はこのタイミングで意識を失っていた。私も随分と成長したものだ。
私はみなみから鍵束を受け取って、ポケットに仕舞った。