Via Serpentis––神楽––
蛇は逃げるために曲がるのではない。
生きるために、最短を捨てる。
「暑い!」
砂漠を歩きながら、一人の少年が声を上げた。
「親父、なんでこんな暑いところを歩くの」
その言葉に、列の前を歩いていた音が小走りで少年の元へと向かう。
「俺たちが根源の使いだからだよ!」
「なら、空を飛べばいい!その力を俺たちは持っている!」
少年は、琥珀の眼を大きく見開きながら言う。
空を指差すと、太陽が応えるように輝いた。
「はは、そう思うのも仕方がない」
「答えになってない!」
「俺たちは確かに特別な力を持つ」
「うん」
「じゃ、例えば俺が『痛み』を感じないって言ったらお前はどんな事を言う?どんな行動を取る?」
父の問いかけに、間髪入れずに返す。
「殴り飛ばす」
「なんでだ?」
「本当か確かめるため」
「そうだな、普通は『疑う』んだ」
「うぅん?」
唸り声を出す少年を見て、父は微笑んだ。
「蛇は真っ直ぐ進めるのに、曲がって進む」
「人は正しい道を知っていても、迷う」
「だから俺たちは、人の姿を選んだ」
「うん」
「はは、まだ難しいなこの話。また話してやるよ」
そう言って、父はまた最前列へと戻る。
「なあ、俺たちはなんの力を持つんだ?」
隣を歩く仲間に、少年は声を掛けた。
「力と知恵さ」
そう返された。
「だから俺たちは全員容姿が同じなのか?」
「黒曜の髪と琥珀の眼は、根源から力と知恵を授かった証だ」
「黒はまだわかる、琥珀が分からない」
「それはお前の親父さんが一番わかるだろ」
その言葉に、少年は「どうして?」と呟く。
「そりゃあ、レオンさんは最初の根源の使いだからだ」
その言葉に、少年は琥珀の眼を輝かせた。
「親父、そんなに面白い人だったのか!」
「面白い...かは、分からないけど...」
「親父ー!また昔話してくれよ!聞きたい!」
その言葉に、最前列を歩くレオンは言う。
「いいぞー!深淵の底の話も、溶岩の話もなんでもしてやる!」
その言葉に、少年はこの砂漠の道が、いつの日にかの父の冒険談になるのだと思うと楽しくなってきた。
長い道を歩く。歩く。歩く。歩く。
「親父、疲れた!」
「確かにな。ならそろそろ休憩を挟もう」
そう言いながら、レオンは指をパチンと鳴らした。その瞬間、レオンの手元に水が現れた。
その姿を見て、少年はまた眼を輝かせた。
「何度見てもすごい!」
「ははっ、ありがとうな」
そう言いながら、レオンは空の水筒に水を注ぎ始めた。
指を鳴らす。水が現れる。水筒へ注ぐ。
その繰り返しを百回行った。
なぜ百回なのか? その理由は単純だ。
根源の使い。『スネークウォーク』
彼らは百人で、一つだった。
「さて、水は飲んだな。そろそろ俺たちの仕事がくるぜ」
そう言いながら、楽しそうにレオンは大きな声で残りの仲間に語りかけた。
「今回は人里が対象だ」
「人間ははじめてだな」
「人間って矛盾の生き物だろう?ちょっと怖いな」
「何言ってるんだ、俺たちは遥かに強い力を持つんだぜ?怯える必要性がない」
「まあ、レールの言う通り。俺たちの名はスネークウォーク。忘れるな、俺たちは人の姿を模してる百の神だということを」
レオンはそう言う。その言葉に、一同は頷く。
「親父?」
レオンはその声に返事をしなかった。
砂漠を渡る風が、二人の間を通り抜ける。
まるで、壁のように。
「......」
息子だけは、レオンの言葉に違和感を感じた。
だが、その違和感の正体を突き止められるほど、少年はまだ世界を知らなかった。
そうして、スネークウォークは人里に無事辿りついた。
「アンタが村の長か?」
「何者だ!」
―――アレ?
少年は思う。
―――何故刃物を向けられているのだろうかと。
少年は思う。
―――何故そんな眼を向けるのだと。
「俺たちの名はスネークウォーク」
レオンが開口の言葉を紡ぐ。
「世界を導く者だ」
「...神の使いだと?」
「ああ」
「何か証拠を見せろ」
「アンタらが今悩んでるのは雨が降らない事で間違いないな?」
「ああ」
「なら、恵みを与えてやろう」
その言葉と共に、レオンは一歩前へと進む。
その瞬間、超人的な身体能力でひたすらに『神楽』と呼ばれる神踊を披露した。
「うそだろ、本物か」
その舞は、かつて神が踊ったとされるもの。
多くの文献に、その舞が残されている。
では、なぜ村の長がここまで驚くのか。
「本当に、神様なのか!」
この舞はこの世界を生きる者には踊れない。
絶えず三十分。ひたすら動き続ける。
植物の芽吹きを描くように手を巡らせる。
獣の躍動をなぞるように足を運ぶ。
人へ手を差し伸べるように腕を伸ばす。
四季の巡りを映すように舞を繰り返す。
『神楽』
神が世界を慈しみ、楽しむために生まれた舞。
故に、森羅万象は舞えない。
故に、人は舞えない。
そして、ポツ。と雨が降り出した。
「神が、神が降りてこられた!」
村の長の叫びと共に、隠れていた人々はゾロゾロと姿を現す。
隠し持っていた武器を捨てて、レオン達を心から歓迎した。
隠し持っていた武器を捨て、まるで心酔するかのようにレオンを見つめた。
―――なに、コレ。
少年だけは、違和感を抱えたままその様子を眺めていた。空間が切り取られたかのように、自分が浮いて見えた。
「親父」
名前を呼ぶ。
「親父!」
「ん、どうした?」
「行かないで」
震えていた。
「俺は此処に居るぞ?」
その言葉で、漸く違和感の正体が分かった。
大切な父が、遠のく気がしたのだ。
神楽を踊り、人々に奉られる父を見て。
少年は、無意識に父がいなくなると感じた。
少年はまだ知らない。
人々は神という救いを求めることを。
その代わりに。
父という役目が、奪われることを。