Eos ―失われし黎明―
暗闇に満ちている世界。
藍、紺、黒、黒、黒、黒。
あぁ、この世界はとても『暗い』な。
遥か大昔、この世界には「暁」というものが存在していたらしい。空が黒から徐々に色を取り戻していくというソレは素晴らしい景色だったそうだ。
しかし、この世界は「常夜」しか今はない。
世界は常に暗い。下手をしたら自身の顔すら見えなくなる。
蝋燭を片手に人々は生活をしている。
蝋燭のような、不思議な色合いが空へ溶けていけば...それはどれほど美しいのだろうか。
「エーオース!どうしたんだ?」
「この世界に、暁が存在したらいいのにって思って」
「それは無茶だ。この世界の常夜様が永遠に夜を齎してくれているから、俺たちは生活できてるんだぜ?」
その言葉に、私はひどく悲しい気持ちを抱いた。
この世界から暁が消えた理由。
暁を齎す神様が亡くなってしまったからだ。
それを憂いて、常夜を齎す神様がずっとこの世界に夜を齎してくれている。
そのせいで、私は好きな人の顔も見れない。
そのおかげで、私は好きな人に顔を見せなくていい。
この矛盾した気持ちとの向き合い方を
私は知らない。
「ねえ、ルイ」
私は声を掛けた。ルイは私の方を見てくれたのだろうが、夜のせいで顔はほとんど見えない。
蝋燭も使っていない。
蝋燭は貴重な『暁の遺品』だ。
数に限りがある。
蝋燭が無くなってしまえば、
いよいよ、私たちは『灯火』を失う。
「どうした?」
だから、私は決めた。
「私、賭けに出ようと思う」
私が暁の神に成ると。
「常夜様は、とても素晴らしい御方なのは分かってる」
でも、私は見てみたい。
一度も見たことのない暁を。
「それでも、私は信じたい」
もう誰も覚えていない、暁の灯火を。
「古い文献を頑張って読み解いたの」
私はボロボロの紙切れを渡した。
「神様は、人々の信仰心で成り立つって書かれてるわ」
「だからエーオースが神に成るの?」
「そうよ」
私の揺るぎない決意の宣言に、ルイは唸った。
「神様になったら、エーオースはもうエーオースじゃなくなるんじゃないか?」
ルイは静かに言った。
「それでもいい」
私は答えた。事実、それでもよかった。
「だって、誰かが暁を覚えていないと。この世界は永遠に夜だから」
「僕とエーオースが覚えているだろ?」
「でも見たことはないわ」
「そりゃ、大昔のお伽話だからね」
「でも、事実あったのよ」
「そうだけど...エーオース、はっきりと言う」
その言葉に、私はルイの声がする方を見つめた。
「僕はエーオースがいなくなるかもしれないのなら、一生暁なんて来なくていい」
「ねえ、ルイ。どうして暁は亡くなったか知ってる?」
「知らない」
「私も知らない」
その言葉に、ルイはなんだそれと笑った。
「でも、忘れられたからだと私は思う」
「だから、見てて、私を」
「エーオース?」
「忘れないで、私を」
私はゆっくりと歩いた。
―――あぁ...『暗い』なぁ。
「常夜様、一人で頑張ってくれてありがとう」
「常夜様、一人で導いてくれてありがとう」
「常夜様、もう大丈夫」
私は、手に隠し持ってたナイフを取り出した。
儀式を行うために必要なのは、
その身を循環する純潔な『血』
そして、その身を捧げる『覚悟』
古い文献だから、正解かは分からない。
だけど、多くの文献を数少ない蝋燭を使って、
限られた時間の中で私は読み解いた。
どの文献にも必ず書いてあった言葉。
「強い信仰は、神をも凌駕させる事がある」
「常夜様、私をどうか認めて」
「エーオース、ダメだ」
「常夜様、私が新しい『暁』よ」
世界で初めて、夜が揺れた。
常にそこにあった暗闇が、
まるで泣いているように震えた。
それは怒りではなかった。
長い孤独を終える者の、安堵だった。
「ルイ」
蝋燭のような色が空へと溶け込んだ。
私は嬉しくて、後ろを振り返った。
だけど、そこにルイはいなかった。
「ルイ?」
何度も、何度も、何度も、呼んだ。
「ルイ」
その日、世界は御伽話だと言われていた
『暁』を迎えた。
「暁だ!」
人々は歓喜した。
「常夜様は無事か⁉︎」
人々は夜を齎し続けた神の心配をした。
「あぁ、暁様の御誕生だ!」
人々は、暁の祝福を心から喜んだ。
ただ一人を除いて。
「エーオース」
ルイはただ静かに暁を見ていた。
暁を迎えたと同時に『暁へ溶けてしまった』
エーオースという、少女の名を忘れない為に
ルイは言う。
「暁」と