Fides ―最後の信徒―
とある街の奥の奥。
誰も入りよらない、森の中にある洞窟。
暁の祝福さえも届かない、闇の中。
「お前、誰や?」
一人の少女が、迷い込んだ。
「古から、存在する」
暗くて何も見えないというのに、ナニカに気づく少女は恐らく夜目がいいのだろう。
「へぇ?」
「何か用か?」
その言葉に、少女は一瞬だけ悲しそうな顔を見せた。しかし、少女はすぐに笑う。
「いや。先客がいるのなら用はない」
「では何故、涙を流す」
その言葉によって、少女は自身の眼に触れた。
「......」
「言えとは言わん。だが、何かあって此処に来たのなら、その何かを行うことくらいはしてもいいのではないか」
「母ちゃんが死んだんだ」
その瞬間、洞窟の中にピチャン...と音が響く。
「父ちゃんはそれを喜ぶ」
また、ピチャン...と響いた。
「死体の髪を売って、金にしようとした」
ピチャン。
「母ちゃんの遺品を売って、金にしようと」
ピチャン。
「葬式も、民の見送りも全部私が一人でやるしかなかった。やけど私には知識がなかった。でも父ちゃんを頼れば母ちゃんが奪われる。仲間に頼めば自然と父ちゃんが介入してくる!」
ピチャン。ピチャン。ピチャン。ピチャン。
「...悪い、こんな話」
「森羅万象全てに死というのは訪れる」
「知ってるさ!」
「お前は死を悲しんではいない。死を利用される事を悲しんでいる」
「......」
「お前は、御母上を護り通した」
「.........」
「誇れ、お前は大切な存在を護り通した」
「...お前やない、私の名はシーフや」
「シーフ。誇れ」
「お前の名前は?」
「キ」
「木?」
「好きに呼べ。私の名を呼ぶ者などもういない」
「ならキー、よろしく」
その瞬間、シーフは木を取り出した。
「寒そうだから分けてやるよ」
「意味がない」
「私が見たくないだけだよ」
そう言って、シーフは去っていく。
数週間後。
「見ろ、キー」
そう言いながら、シーフはふわっとナニカを放り投げた。ナニカは見えなかったが、次の瞬間には色が『灯る』
「街の人に無理言って借りた。最新文明機器の炎灯し機器」
そう言いながら、歪な形のナニカを見せた。
「お前の手に持つものは?」
「花さ!」
「マヒル様の寵愛を得た花だ」
「マヒル様」
「この街が朝と夜を迎えられるのは、仲違いをしたその二つをマヒル様が繋いでくださったからや。その寵愛を得た花、どや?」
「よくは分からん。だが、シーフが楽しそうにしていることは分かる」
「キー、お前は外に出やんのか?」
「私はこの洞窟で生まれ、育つ。外に出ることはない」
「マヒル様の寵愛も此処じゃ届かない」
「それでも、私は此処に居るんだ」
数ヶ月後。
「キー、逃げよう」
「どうした」
「街が襲われた。時期にここにも人が来る」
「私が聞いているのはお前の傷だ」
その瞬間、シーフの手から血が滴る。
ピチャン...と音がした。
「シーフ!」
ドサっと音が響いた。
「みぞおちを矢でやられた。もう時期死ぬ」
「治療を行うべきだった」
「私は、ただキーが無事かを確かめ、たかった」
「なぜだ」
「キーは、マヒル様の、導きもない。一人や」
「それは私の選んだことだ」
「でも、ここにくるまえ、何度もみつかった。襲ってきた、やつ、らに」
「もう、話すな、シーフ」
「聞いてくれ、キー。お前が、助けてくれたんやろ」
「そんな力を私は持っていない」
「キー、一人にさせ」
「シーフ」
「シーフ?」
ピチャンと音がした。
ふわりと、花が舞い込んできた。
『マヒル様の寵愛を得た花や』
「シーフ」
ピチャン。
ピチャン。
ピチャン。ピチャン。
ピチャン。ピチャン。ピチャン。
洞窟の中で、形の持たないナニカの涙だけが、
その洞窟の中で響いていた。
信仰してくれる民がいなければ、
神はその存在を維持できない。