第11話 跳躍床を調整しよう
――まずい。
ミラはギュッと目を閉じた。
地面の衝撃に備えて、体を丸める。
「ミラ!」
その瞬間、炎をまとった人影が入口の方から矢のように飛び出す。
客席を蹴り、低く飛ぶように跳躍し、ミラの元へ駆けつける。
「っと、あぶないわね!」
ミラを受け止めたのはミラの姉。
王国選抜魔導部隊として最前線で戦う女性、レイナ・アッシュベルであった。
「レイナお姉ちゃん!」
ミラは、レイナの腕の中で抱きついた。
「ミラったら、危ないじゃない。リグがちょうど入れてくれたから間に合ったけど......なにしてたのよ」
レイナはミラをそっと立たせる。
「跳躍床を試していたら、勢いが付きすぎて」
「着地も考えずに?」
「それは......ごめんなさい」
ミラは頭を下げる。
「レイナさん、ごめんなさい。僕がミラを一人にしたんです」
後ろからレイナを追ってきたリグもミラと一緒に頭を下げる。
レイナはやれやれとばかりにため息をつく。
「訓練後に私を呼んだのは正解だったわね。ほら、今何を試しているのか教えなさい」
ミラとリグは、跳躍床について実験していた詳細を、実際に床を変えながら伝える。
しばらくレイナはいろんな種類の床を試す。
アビスの魔法をかけるたびに、何度か床で軽くジャンプする。
「そうね。まず着地なんだけど。硬い跳ね返りではなく柔らかい跳ね返りの素材がいいわね。四つ前に試したやつ」
レイナの言葉に従うように、アビスの魔法が変容し、ベッドよりもさらに柔らかい印象の床になる。
「そして、最初の跳び出し用の跳躍床とでもいえばいいかしら。スタートとなる床の場所はあらかじめ決めておくといい気がするわ」
アビスはふむ、とミラにしか聞こえないつぶやきをこぼす。
そしてステージの中央に、2~3人が入れそうな程度の大きさの赤い円を作り出す。
「これね。試すわよ」
レイナはその円に飛び乗る。
ガンという音と共に、レイナが勢い良く空中へ跳び上がる。
ミラは、自分がさっきまであの高度にいたことを思い出す。
跳ぶ人を見る側だとこういう感じなのか。
ミラは、落ちた恐怖など忘れてまた興奮していた。
レイナはきれいに空中で2回転し、地面に着地する。
――と共にステージに深く踏み込む。
着地したレイナの足がぐっと床に押し込まれ、再度レイナが空中に跳び上がる。
さすがは《嵐》の精鋭、空中でも体の制御が抜群にうまい。
何度か跳ねて、最後は空中で得意の炎をまとった宙返りを3回転決めて、着地する。
「すごい!」
リグもミラも拍手喝采だ。
弧を描く炎の軌跡が、空中を舞う一羽の鳥のように見えた。
自分も練習すれば、いずれこのようになれるかもしれない。
――お姉ちゃんに教えてもらおう。
ミラはそう決意する。
「これをベースに調整したらいいと思うわ。高さを出すための跳び出し用跳躍床と、高さを維持して跳ねるだけの跳躍床を併用する形ね」
レイナはステージ上にミラを再度引っ張り上げる。
「ほら、試してみなさい」
レイナがミラの背中を押す。
ミラは、今のレイナの動きを頭の中でイメージして、重ねるように跳躍床を踏み込む。
そう、空中で回転して、お姉ちゃんと同じように――。
「って、うわあ!?」
二度目の天井への跳躍は、そのイメージとは大きくかけ離れた、制御を失った跳躍となった。
頭から落ちそうになったところを、再度レイナに受け止められる。
「ミラ......空中で姿勢を維持するのが下手ねえ」
「お姉ちゃんがおかしいんだよ!」
★
夕方の鐘が鳴る。
レイナのような超人ではなく、ミラやリグでも練習すれば跳べるようになるために、跳び出し用跳躍床と通常の跳躍床の調整を何度も行った。
思った方向に跳べなくて、跳び出しの衝撃の方向やタイミングの調整。
そして、高さを維持しやすい硬さの微調整。
最初こそ何度もレイナに受け止められていたが、調整がうまくいき始めてからは、ジャンプする感覚の延長で飛び上がれるようになった。
その後、リグも数回練習したら一人で着地できたので、ひとまずは誰でも使えるようなレベルには仕上がっただろう。
「こんなものかな!」
ミラはぴょんぴょん跳ねながら、満足げだ。
「レイナさんは明日からも練習見てくれたりできますか?僕はまだ不安で」
リグは3人分の水をもってきている。
「そうね。明日からもできるだけ練習見てあげるわ」
レイナはコップに手を伸ばす。
「お姉ちゃん、ほんと?《嵐》の仕事忙しくなったりしない?」
ミラは高度を落とし、ステージから降りる。
「そうね。明日からも時間を作れそうよ」
レイナは笑顔で応える。
「そうなの?やっぱり戦争は落ち着いてきてるんだねえ」
ミラもコップを手に取り、水を補給する。
「......そうね。それも理由の一つだわ」
レイナの表情が一瞬曇る。
「他にも理由あるの?」
「......まあ、しばらくは休みみたいなものね。さあ、家に帰るわよ」
レイナはコップをリグに返し、礼を言って先に入口の方へ歩いていく。
「ちょっと、お姉ちゃん待って!」
レイナを追って、ミラとリグは慌ててついていく。
★
「演出とダンスに詳しい人が見つかったわ」
翌朝、リグとは別で人材の情報を集めていたリリアから話が入った。
母の話によると、名前はオリヴィア。
南のチェリー農場の1つを運営しているとのこと。
元ダンサーで、軍事式典などの演出を考えているメンバーの一員だったこともあるらしい。
「私が旅芸人していた時に、歌とダンスで共演したこともあるわ」
その日のうちにリグの父のトライルクス商会を通じて面会を希望したところ、実際のステージを見て話をしたいとの連絡を受けた。
そして、翌日の昼、スターフェスティアのステージにて。
「オリヴィアさんって、どんな人なんですか?」
入口のところでオリヴィアを待ちながら、リグはリリアに聞く。
「昔しか知らないけれど、美しい方よ。でも厳しい印象だったわね。自分にも、他人にも」
リリアは思い出すように、空を見上げる。
その言葉に、やや緊張の雰囲気が流れる。
「お母さんのお知り合いだもの。絶対に協力をもらいたいわね」
レイナは髪をきゅっとポニーテールに結び直す。
「一流のダンスと演出を取り入れるぞお!」
ミラは張り切っている様子だ。
そんな雑談をしていたところ、柵の扉のところからノックする音が。
「オリヴィアです。開けてください」
リグが慌てて扉の方に駆けていき、オリヴィアを招き入れる。
入って来たのは、黒髪の美しい女性。
黄色の簡素なカチューシャ。
深い海のような青い衣。
素朴なイアリング。
派手な装飾があるわけではない。
それなのに、華があって、洗練されていて、目が奪われる。
美を追求している人だと一目でわかる。
「初めまして。チェリー農園をしております、オリヴィアと申します」
挨拶するオリヴィアは、その所作さえも美しい。
見られるだけでなく、魅せるために計算された所作。
その道を追求している者独特の美しさが見て取れる。
ただ、ミラたちの想像していた姿とは一つだけ違うものがあった。
彼女は、車いすに座っていた。