第10話 ステージを建てよう
「ミラ、何やってるの?」
会議から一夜明けた翌朝。
レイナはミラの部屋に来ていた。
というのも、まだ朝日も昇り切っていない時間帯だというのに、ミラの部屋から何かをはがすような異音が聞こえてきたからだ。
ミラのベッドが壊れている。
むしろ破壊されているという表現のほうが適切だろうか。
その部屋の有様だけを見ると、何者かがミラの部屋で暴れているのではないかと思うほどだった。
ただ、ミラの様子を見ると、どちらかというと暴れているのはミラのほうだった。
「ベッドを壊してるの!」
ミラはレイナに目線も移さずにベッドの方を見ながら解体している。
「それは......なんで?」
レイナが困惑している。
「今日中に跳ねるための土台を作りたくて!だからまずは跳ねるベッドの構造から調べておこうと思ったらさ!居ても立っても居られなくて!」
ミラは、レイナには見えない空中の何かに向かって、小さな独り言を言いながらベッドの中身を確認している。
さすがのレイナも、笑うしかなかった。
もちろん、騒ぎを聞きつけた父ノルドからは特大の雷がミラに落ちた。
★
徐々に気温が上がり、朝露が少しずつ溶け始めるころ。
ミラとリグは、ノルドに教えられた場所へと足を運んでいた。
「ここが、今から僕たちのステージになる場所か」
リグは柵に囲われた場所を見る。
敷地の広さは演習場のサイズでそれなりの人が入れそうだ。
柵の中はほとんど見えないが、柵の上から2棟ほど横に長い倉庫の屋根が見える。
柵の入口まで足を運ぶとアッシュベル家の家紋の入った「改築予定。立ち入り禁止」の張り紙が張っている。
その扉が、ゆっくり開く。
「ミラ様とそのご関係者様、ようこそ。ノルド様より管理を任せられていた、ガイセンと申します」
柵の内側から、鍵束を腰に下げた白髪の初老の男性が出てきて、二人に挨拶をする。
「ノルド様より内容をうかがっております。国に秘密にしておきたい魔法で、改築予定だとか」
ガイセンが優しそうな笑顔で笑う。
「いい場所ね。広くて、たくさんの人が入れそう」
ミラはワクワクしている様子だ。
「そうですのう。風車が主流となってより、この交易倉庫を利用する者はほとんどいなくなりましたから。そうなってくれるとうれしいですのう」
ガイセンは二人を柵の中に招き入れる。
「鐘の塔もすぐ近くですね。日常はさておき、お祭りだけ考えるなら、最高の立地だ」
リグは冷静にこの場所を評価する。
ガイセンは二人に建物全体を案内する。
古い交易倉庫なだけあって、灰色がかった石壁は年季を感じる。
屋根は高く、建物自体がっしりとした存在感がある。
馬車が通れるほどの門を通ると、中の広い空間が見える。
小麦の入っていない袋が、地面やテーブルに落ちているのが、少し物悲しく感じる。
かつては人や荷物が行き交っていたのだろう。
「では、あとは好きに使ってくだされ。鍵は裏に置いておくので、終わったら閉めて出てくださいのう」
ガイセンはそう言って去っていった。
「じゃあミラ、ひとまずブレスレットの魔法をよろしく」
リグは邪魔にならないよう、外の門のあたりへと下がっていく。
「アビス、ここだとどう?」
ミラは、ブレスレットに向けて小声で話す。
「そうだな。2棟の倉庫を材料として捉えて組み替えるのが一番良さそうだ」
アビスは、ブレスレット付近に飛んできて仮面の目線をミラに合わせる。
「よし、ひとまず形を作ろうか!」
ミラは声をあげて宣言する。
「了解した」
アビスが腕を広げ、魔力が敷地全体に広がる。
空間に魔力の線が引かれ、設計図が浮かび上がる。
二つの倉庫を隔てる壁は静かにつながる。
屋根が一つになり、波打つような形に変形する。
建物の中央はさらに高く伸び、黄色と赤の派手な色へとその塗装を変える。
霜の残る土は均された地面へと姿を変え、一枚ずつ石が敷かれて石畳へ変わっていく。
やがてそこに現れたのは、立派な円形の建物だった。
屋根と石壁はきれいな白で統一されており、正面には来客を迎えるための大きな入口が口を開き、内側から赤い大きなカーテンで区切られている。
「......イメージどおりだ」
ミラは思わず息をのんだ。
アビスと話して紙に書いていた設計通りの現状が、目の前にある。
スターフェスティアのステージが、目と鼻の先にあるのだ。
立ち止まり、端から端まで視界に納める。
「大きい......」
リグは、出来上がった劇場を見ながら、感嘆の声を上げる。
「でしょ!」
ミラは嬉しそうに振り返る。
「すごいでしょ、この魔法!ちゃんと想像した通りにできてるんだ!ほら、中も見て!」
ミラはリグを引っ張って中に案内する。
毎晩、アビスと話し合って考えていた設計図どおり、円形のステージと観客席ができていた。
適度に柔らかいソファのような席が円形に並び、中央に行くほど低くなっていく。
中央にあるステージからは、客席の後ろまで続くせり出しが十字に広がっている。
「これなら、少なくとも世界一ってのは夢物語ではなくなった気がするなあ」
リグは観客席の一つに座ってみる。
ふかふかすぎず、ただお尻が痛くならない。
これなら長時間座っても疲れにくそうだ。
円形配置によって、席に死角も少ない。
――これなら、お金をとれる施設まで成長できそう。
商人の息子としての目で、リグはステージの持つポテンシャルを深く理解していく。
★
「ってことで、さっそく跳躍床を調整していくよ!」
出来上がった劇場を一通り見て回り、ミラは待ちきれないとばかりにステージへ駆け上がる。
「うわ、ちょっと跳ね返ってくるんだね、この床」
リグもステージに上がってくる。
「ベッドにはバネが入ってたんだ。だから、跳ね返るものをとにかく試してみようかと思って!」
ミラはステージの上で数回跳ねるが、わずかに反発するくらいで高くは飛べない。
「あれ、硬いのかな?」
アビスが再度調整に魔法を使い、床が少し光る。
「うーん......今度は沈むだけだね」
跳べ、跳べ、と口にしながら、二人は何度か床でジャンプを試す。
だが、なかなかうまくいかない。
硬くて跳ねないか、柔らかすぎて沈み、足をとられる。
「ある程度までは跳ね返せる。でも、それ以上は跳ばないね。」
リグは額の汗をぬぐった。
今のが一番感触がよかった。
でもそれでもベッドと同じくらいかもしれない。
空中へ舞い上がれるような床には到底及ばなかった。
「ちょっと水を飲んでくる。一人で無茶しないでね」
リグはステージを降り、入口の方へ歩いていく。
「アビスはどう思う?」
リグが離れていったので、ミラは小声でアビスに聞く。
アビスは少し考える。
「跳ね返すだけだと、いきなり高くはならない。ならば他から力を借りるしかないのではないか?」
「他から力?」
ミラはよくわからない様子だ。
「そう、例えばだな。ごくまれに地面が揺れることがあるんだが、その力を一瞬再現してみるとかだな」
「そんなことできるの!?」
アビスは当然といった雰囲気だ。
「もちろんだ。攻撃としては使えないように調律されているが、その代わりとして局所的に揺らす程度なら可能だ」
ミラは目を輝かせる。
「やってみて!」
ミラはその場で、ぴょんぴょん跳び始める。
「こうやって跳ぶから、地面に着いた瞬間にできる?っていうか、やってみて」
ミラに言葉に、アビスはうなずいた。
ミラは軽く跳び、アビスの目を見ながら着地する。
次の瞬間――。
足元から、突き上げるような衝撃が体を貫く。
気が付けば、足はもう地面から離れていた。
ミラの体が、一気に天井付近まで跳ね上がる。
「おお!?すごい!!」
思わず歓声を上げる。
足元の感覚が消え、髪がふわりと浮く。
見上げていた天井が、今は手が届く距離まで近い。
今、ミラは空中にいる。
世界一高く、パフォーマンスができる場所にいる。
その事実が、胸を高鳴らせる。
「最高だよ!これほんと......え?」
ところが、体がふっと軽くなる。
――あれ?
ここで舞うはずなのに。
どうして。
さっきまであんなに近かった天井が、遠ざかっていく。
――あれ。
これ、まずくないか。
落ちることなど、頭から抜けていた。
さっきまで軽かった体が、急に重力にとらわれる。
風が耳元を切り裂く。
手を伸ばしても、掴めるものは何もない。
ミラの背中を、冷たい汗が伝った。