⑤廃寺での決着
左右のムカデをくねらせ、私に向けながら、ゆっくりと近づいてくるその姿が、月明かりではっきりと見えた。
「意外だな。正面から堂々とはな」
私の声に反応し、二本の触覚が動く。口元は人間のような歯が見えるが、その上から蜂のような口がついている。そして私が声を発するたびにピクピクと震わせている。
(言葉は通じてそうな反応だが、喋る知能は無さそうか?中級妖怪あたりか)
私はその妖怪が動くのを待ちながら、そう考えていた。
そして、足を折りたたみ、地面を踏みしめ始めた。バッタのようなその足の、筋肉が震えている。
(跳ぶな。しかもかなり速そうだ)
私は呼吸を整え、巨大な刃を地面に触れそうなほど下げて、構えた。
その瞬間、凄まじい音と衝撃が空気を揺らして直線距離で私に跳んできた。
左右のムカデが、その速度についてこれないほどだった。凄まじい速度で、口を開いて突進するその姿から、攻撃方法は明確だった。
私はすでに刀を振り上げ、防御態勢に入っていた。その勢いのまま私の刀と激突し、激しい金属音が周囲に響いた。
凄まじい速度で、正面から刀身にぶつかった妖怪の口は、横に大きく切り裂かれ、そのまま頭がずり落ちそうになっていた。
その瞬間、血まみれの妖怪は、口角を少し吊り上げた。
そして、遅れてきた二体のムカデは体をしならせ、私の背後から、先端の棘を突き刺そうとしていた。
棘の向きと速度から、毒を注ぐことよりも、ただ突き殺そうとしていることがわかった。
私は初撃を防いだ際の反動を利用し、背後に迫るムカデを弾き返した。
ムカデはどちらも地に伏せた後、起き上がることはなかった。
私が一息入れそうになった瞬間、倒れた妖怪の羽織が蠢き出した。私はすぐに思い切り刀を振り抜いた。
血飛沫と共に青臭い体液が飛び散る。
私は妖怪の羽織を脱がして、確認してみた。
羽織の下の皮膚にはいくつかの窪みがあり、そこから飛び立とうとした巨大蚊が、全て潰れていた。窪みの中には吸血された跡があった。
おそらく、自身の体液である毒を、別の妖怪である巨大蚊に運ばせているようだと理解できた。
共生関係のように互いに協力している妖怪だった。
「戻るか」
私はようやく一息ついて、足早に小屋へ戻った。
小屋が見えてきた。
私は走りながら、異変がないか観察していた。
死後も毒が体内に残り続けるタイプの異能だったら、という不安が頭の中にあったからだ。そして、犬神のことも。
「失礼。戻りました」
私はできるだけ静かに部屋に入った。
そこには、先ほどより楽そうにして眠っている男と、そのそばで看病する少年がいた。
そして、部屋の隅で眠っている犬神が見えた。
とりあえず胸を撫で下ろして、少年に近づいた。
「毒の元凶は解決した。お父さんの体を見ても良いかな?」
少年がいいよと答えたので、男の服を脱がしてみた。そこには痩せ細って病弱そうな体があるだけだった。
「痣は消えたようだ」
私は大きく息をつくと、少年にもう大丈夫であることを伝えた。少年は緊張の糸が切れたように、眠り込んだ。
「明智。何か問題はなかったか?」
「ああ、別に」
「そうか。犬神も?」
「そうだ」
私もようやく眠れそうだった。
「この度は大変お世話になりました」
樵(きこり)の男は、まだ自由に動かせない体を引きずりながら、頭を下げてそう言った。
「いえ。私たちこそ勝手に家に泊まってしまって」
「そんなこと気にしないでください。昨晩はもう意識も朦朧としていて、あまり覚えてないのですが、お侍さんの薬でなんとか良くなってきました。逆に何もお礼ができなくて申し訳ない」
あれから、毒の症状が消えたこの男に、私は体力のつく薬を飲ませた。妖怪の話はしていない。
「せっかくですので、もてなさせてください」
そう言う男に、私は急用があることを伝え、立ち去ることにした。
「父ちゃんを助けてくれてありがとう!」
父親の解毒と共にすっかり元気になった少年を見て、私は胸がすく思いだった。
「なんだ、我羅君。俺が寝てる間に妖怪退治してたの?」
小屋から歩き始めてしばらくして、犬神が話しかける。
「仕事熱心だねぇ。起こしてくれれば手伝ったのに」
「そう言うが、お前。私が小屋を出る時、まだ起きていなかったか?」
犬神が首を傾げながら笑う。
「あれ?そうだっけ?」
「起きていたよな?明智。」
「...ああ」
「あ、ずるいよ我羅君。すぐ駒之助君味方につけるじゃん。そういえば、駒之助君も今回は待機だっけ?」
「そうだ」
明智が短くそう返す。
「じゃあ我羅君、次の町に行ったら、お疲れ会開いてあげるよ。食べたいもの何?」
「...筍(たけのこ)の天麩羅」
「相変わらず、天麩羅好きだねぇ」
犬神は楽しそうに続ける。
「そういえば、最近斬ってない気がするなぁ」
私の足が止まる。
「この前の町で妖怪退治しただろう」
「佐吉君の町?そういえばそうだね。でもあの時は、状況的に仕方ないだけだったしなぁ」
再び歩き始めた私は犬神に小言を言いながら、目的地の町に向かった。