④虫の妖怪
私は走りながら、常に私の近くを跳び回る妖怪の攻撃を刀で防ぎ続けた。
(このままでは受けきれそうにないか)
私は一度立ち止まり、刀を下向きに構える。妖怪も私を警戒し、動きを止める。
木々の中で息を殺しているようだ。月明かりがあるとはいえ、木の多い山中では暗闇は多い。私はわずかに聞こえる呼吸音の方へ向いて、じっと待った。
突然、二体の大ムカデが私に飛び掛かる。私はその二撃を難なく受け止め、その後の追撃に備えた。
鋭く鞭のようにしならせながら、ムカデは私に襲いかかり続けた。私はその場で、受け止め続けた。
(このムカデの棘からは、青臭い匂いが強い。毒でやられた樵や野生動物から漂ったものと同じ匂い。間違いなく強力な毒だ。当たってはいけない)
私は常にムカデの動きに対応できるよう、少し距離を取るように後ずさりしながら、防御を続けた。
木々の中から、ムカデの腕だけを出す本体はまだ見えない。
(そろそろか)
私はいきなり振り返り、背後に迫っていた三体の巨大蚊を薙ぎ払った。
(くそ、タイミングの読みは合っていたが、斬り落とせはしないか)
二体はそのまま逃げ去り、一体は通常の刀の倍ほどの太さの刀身に掠った。
掠った巨大蚊は半身が潰され地に落ちた。
さらに追撃してくるムカデを刀で受け続ける。
(今の蚊の逃げ方。本体とは別の意識がありそうだな)
先ほどの二体の逃げた巨大蚊は、私の反撃に驚いて逃げた様子だった。それなのに、このムカデは何の変化もない。
(少なくとも、さっきの蚊はしばらくは怯えて近づいてこないと見て良さそうだ)
私に防がれ続けて、ムカデたちの動きがわずかに鈍くなった。
私はその隙に、走り出した。
妖怪もまた跳んで、追ってくる。しかし、最初の時ほどの俊敏さは無くなっているようだった。
(やはりムカデと本体の体力は連動している。私に捌かれ続けて疲れたようだな)
私は一定の速度で走り続けるが、妖怪との距離が少しずつ離れる気配を感じた。そこで、また立ち止まり妖怪の攻撃を待った。
しかし、闇の中から飛び出したのは、ムカデではなく、青臭い液体だった。
私は少し驚いたが、大した速度ではないと判断し、即座に躱した。
そして、液体は近くの木にかかり、強烈な匂いを発した。
その時、背後から二体のムカデが私に迫ってきたが、すでに速度の低下したムカデを刀で受けることは造作もなかった。そして、ムカデは再び闇の中へ隠れた。
(まずいな。やり過ぎたか?)
私は妖怪がこの場から逃走することを警戒したが、杞憂に終わった。再び速度を上げてムカデが襲いかかってきたからだ。
「流石に妖怪は体力の回復が早いな。それでも最初に比べると遅いぞ」
私はまた防御の態勢をとり、防ぎ始めた。
そして、攻撃の手が弱まった隙に、再び走り出した。少し体力を回復させた妖怪も追ってきているようだ。
(この辺りのはずだが)
少し走るとひらけた場所に出た。
いくつかの切り株がある以外に、大きい木や植物の少ないその土地の中心には朽ち果てそうな寺があった。それまで、立ち込める木々に遮られていた青白い月明かりが、その場を静かに照らす。
「ようやくここまで来れた。正確な場所は知らなかったので、苦労したぞ」
私はそう言って妖怪のいた方へ振り返った。
「ようやく、広いところで刀を振れる」
妖怪が静かに月明かりの下まで歩き出した。