⑤避難所の襲撃
俺たちはようやく、避難所にしている同心の詰所に到着した。
「みんなよく頑張った。ここで治療しよう」
俺は冷静さを装いながら、なんとか町人たちに声をかけ続けた。
「チッ。町長のとこのバカ息子か。今まで何してやがった?」
最近町にやってきたゴロツキのような浪人たちが避難所の中にいた。俺を叱責するように睨んでそう言う。
「お前らこそ、その刀はなんのためにあるんだ。妖怪の一匹でも斬ったのか?怪我もしてない奴が避難所に隠れてんじゃねぇ」
俺はこれまで抑えてきた感情が爆発して、そう吐き捨てた。
浪人たちは頭に血管を浮かばせながら、俺に近づいてきた。
(やばい、言いすぎた。殺される)
俺が動けないでいると、その場にはとてもそぐわない明るい声がした。
「あれ?佐吉君じゃん?元気?」
避難所の人混みの中から、桃の花飾りがちらりと見えた。
「犬神さん?」
昨日道で会ったその華奢な男は、俺と浪人の間につかつかと歩いてきた。
「いやぁ、一緒に甘味処まだ行けてないよね?それなのに、もうお店も燃えちゃったかな?残念だね」
「おい、なんだお前は?」
まるで、道端で雑談しているかのように話す犬神に、浪人が掴みかかり声をかけた。
「お前ふざけてんのか?消えろ!」
「ちょっと、痛いよ。どこかで会ったっけ?なんでそんなに怒ってるのさ」
俺は、浪人たちがいつ暴れ出してもおかしくないと思い、緊張して様子を見ていた。
その時、避難所の外から悲鳴が聞こえた。俺は急いで、外で警護していた同心たちを探しに走った。そして、何人もの同心が斬り殺されている現場に遭遇してしまった。
巨大な金属製の棍棒を担ぎ、下顎の牙が異様に巨大な妖怪がいた。上背も人間より一回りもでかい。そいつが俺の来た避難所を指差した。
その時気づいたのだが、その妖怪の横には、もう一体別の妖怪がいた。足が三本あるその妖怪は、棍棒の妖怪が指差した方を確認し、棍棒の妖怪と目配せをした。そして、すごい速さで避難所の方へ駆けて行った。
「待て!」
俺が三本足の妖怪に気を取られた瞬間、残った妖怪は勢いよく棍棒を地面に叩きつけた。
俺はただ、近くの同心の亡骸から刀を拾い上げて、必死に構えるしかなかった。剣なんて持ったこともない俺は、ひどく弱々しく立っていたと思う。刀がカチカチとなっていた。あるいは俺の歯が、震えのために鳴っていたのかは分からない。ただ、死ぬという確信だけが、俺の心を支配していた。
その時、俺の背後の避難所から悲鳴や暴れる音が聞こえてきた。
(俺はどうすれば良いんだ。我羅さん、俺にできることって、本当に大したことなかったんだよ。親父、ごめん)
俺は涙が止まらない。
だがようやく決断した。俺はただ死んでしまうくらいなら、我羅さんや明智さんがこいつを倒すことを信じて、少しでも手傷を負わせてやる覚悟を決めた。
「佐吉君、大丈夫そう?」
突然背後から声をかけられ、俺は短く悲鳴を上げた。
「い、犬神さん?あれ?避難所の妖怪は?」
「ああ、一応斬ったんだけどさ、何人かは死んじゃったよ。ごめんね。ところで、佐吉君がこいつを斬るの?」
初めて会った時と何も変わらない調子で、そう言った犬神の右手には、血の滴った刀が握られている。
そして、左手にはズタズタになった三本足の妖怪の亡骸を引きずっていた。
「え、あ、いや」
「もしさ、譲ってくれるなら、俺が斬ったげようか?」
涙と鼻水でくしゃくしゃの俺は、ただ頷くしかできなかった。
「わかった。じゃあ避難所の方へ行っとく?それともここで見てる?」
俺が答える間もなく、犬神の頭上に棍棒が振り下ろされた。
「おいおい、急だね。驚くじゃないか」
明るい調子のまま、犬神はひらりと躱していた。そして、犬神は棍棒の妖怪と正面から対峙した。
その時、先ほどは血が滴っていた刃は、なぜかすでに乾いており、赤黒い錆のような模様がびっしりと浮かび上がった刀身が見えた。
妖怪は棍棒を振り上げた。
「おっと」
今度はどんな動きか、俺にはよく分からなかったが、犬神はするりと妖怪の背後にまわっていた。
「あれ?」
犬神がそう言うと、棍棒の妖怪の首筋には赤い線が見えた。それに気づいた俺は、声を発するまもなく、妖怪の首が地面に落ちた。
「うーん、さっきの三本足の彼の方が強かったよ?」
何が起きたのか俺には分からなかった。ただ、今は命が助かったことが何よりも嬉しかった。
「あ、ありがとう。ありがとう」
「いいよ、いいよ。じゃ、避難所に戻ろうか?」
俺はふらつく足取りで避難所に戻った。そこには、妖怪の流したと思われる大量の血と数名の死体があった。
「こいつらはさっきの浪人?」
「ああ、一応彼らも戦おうとしてたみたいなんだけど、ちょっと邪魔だったからね」
生き残っている避難民たちは、部屋の隅で固まって震えていた。
(邪魔だった、というのは?)
俺はそう聞きそうになるのをぐっと飲み込んだ。震える避難民たちが、犬神を恐怖の目で見ていることも気のせいだと、自分に言い聞かせた。