②謎の病
「今日はここで野営しよう」
私の提案に犬神が顔を歪ませてこう言った。
「我羅君本気?こんな山深い場所で?虫とか多いよ」
「それがどうかしたか?」
そう返すが、犬神は嫌そうな顔をしたままだった。
「問題ないよな?明智」
「...別にどうとも」
明智の淡白な答えを聞きいた犬神は、渋々といった様子で、ぶつぶつ言いながら野営の準備を始めた。
私たちは焚き火や寝床の準備をしながら、各々自分の作業をし始めた。犬神はお気に入りの紫色の羽織を脱いで手入れを始めた。そのあとは桃の花の髪飾りの手入れでもするのだろう。明智は腰の二刀の刃の手入れを丹念にし始めた。私も刀の手入れと持ち物の確認をすることにした。
「我羅君。今日は見張りを立てるの?」
「...そうだな。この山のことはあまり知らないから、念のために―」
明智がいち早く刀を握って、茂みの方を睨む。私もすぐに、かすかに聞こえた物音の方へ注意を向けた。
「誰かいるのか!」
私はそちらに声をかけてみることにした。妖怪や野盗ならば、素直に返事をしないにしても、何かしら反応があるからだ。しかし、意外にも返事が聞こえた。
「あ、あの、はい」
か細いその声は、明らかに子供のもののようだった。
私はその姿勢のまま、声のした方を見続ける。明智も同様のようだ。犬神は寝そべりながら、私たちのやりとりをあくびして眺めている。
「こんな夜にここで何をしている?」
「あの、はい。薬草を探してます」
そう言いながら、焚き火の方へ歩いてきたのはどう見ても普通の子供だった。歳は十くらいだろうか。それを見て私は少し警戒を緩めた。明智は変わらないようだが。
「この山の住民か?」
「父ちゃんが、父ちゃんが倒れて」
私は話を聞くことにした。どうやらこの少年はこの山で樵をする家の子どものようだ。原因不明の病に倒れた父親のために山で薬草を探していたようだ。
「君。こんな時間に山に入ってはいけない。たとえ慣れた山だとしても、危険は避けられない。それと、見知らぬ人間に不用意に近づくことは感心しないな」
少年はオドオドとした様子で「ごめんなさい」と頭を下げた。
「こんな説教をした後に言うのも変な話だが、家に案内してもらえるかな?私はいくつか薬を持っている。もしかしたら何か助けになるかもしれない」
少年は嬉しそうに頷いた。横目で明智と犬神が何か言いたげに私を見ていたが、気づかないふりをした。
私たちは少年に案内されて、山中にある寂れた小屋に着いた。
「失礼。お邪魔させてもらいます」
私が中へと踏み入ると、そこには額に汗を滲ませた男が布団に入って苦しそうにしていた。小屋の中には、湿った木材と薬草のような匂いが漂っていた。男は荒い息を繰り返し、少年はその横で不安そうにその男の顔を覗き込んでいる。そして、必死に父親と思われるその男に声をかけ始めた。
「私は旅の者です。薬を持参しているのであなたの症状を確認させてもらいます」
「は、はぁ。お願いします」
その男は苦しそうにしながらも、そう言った。
背負っている長刀を床に置き、私はその男の額や腕に触れ、症状を確かめた。私に医療の知識はないため、持っているいくつかの薬が効きそうかどうか確かめるだけだ。
「む、これは...。失礼。」
私はその男の袖口から見えた紫色の痣に気づき、服の下を見ることにした。
「明智。これをどう見る?」
私はその男の上半身に、何箇所も紫がかった痣があることを確認し、黙って立っていた明智に尋ねた。
「毒か。それも人のものではなさそうだ」
「やはりか」
私は以前、毒を使う妖怪を見たことがある。この症状はそれとよく似ていた。
「これを解毒するには...」
私は記憶を呼び起こし、毒の進行状態を考えた。
(この毒の解毒剤を作るには材料が足りない。少なくとも1日以上はかかる。この男は持たないだろう)
私はそばの長刀を持ち、立ち上がる。
「ご主人、少し外に行きます。必ず助けます。君、お父さんに声をかけ続けていなさい」
私はそう言うと、眠そうに座り込む犬神を置いて、明智と外に出た。
「私はこれから妖怪を斬ってくる。この毒を生成した妖怪を殺すのが最も早い。このタイプの毒はおそらく、妖怪の異能によるものだ。元凶を殺せば霧散すると思う」
「...まあ、そうだろうな」
「お前は犬神とここで待機してくれ。この妖怪が、もし上級レベルの知能なら、ここにくる可能性がある。その時は守ってくれ」
「...いいだろう」
「そして、妖怪が来なかったとしても...」
「わかっている。犬神だろう?」
明智は私が言う前にそう答えた。
「ああ、犬神のことは頼んだ」
「まあ、それは構わんが...。もしもの時は、俺は俺の判断で動くぞ」
「...ああ。それでいい」
私はもう一度家に入った。
「ご主人、この山にどこか変わった場所はありますか?」
「あ、それなら、おら知ってるよ」
少年が口を開く。
「確かここから真っ直ぐ山を登ると、もう管理されてない寺があったよ」
「本当か。ありがとう」
私は苦しそうにしている男が、そうだと相槌を打ったのを確認して、一人山へ入って行った。