

ジェロームの難癖
ジェフリーが古き清泉亭に戻ると案の定、ロニー、ボリス、フィル達がいた。
扉の赤銅でできたベルがカラン、カランと鳴る。
そして、鳴り終わるまでにアリスがジェフリーに気づく。
「あら!お帰り!」
「あぁ。」
ジェフリーはアリスに手を振ると部下達の方へ向き直った。
「悪いが皆、今飲んでいるのを空にしたら詰所に引き上げてくれ。」
「何があったの?非番なんでしょ?」
いつもと違うジェフリーの声音を聞いてアリスが不安そうに聞いた。
「すまない。言えない。」
「え?」
「箝口令か?」
ダグにはピンと来たらしい。
ジェフリーは頷いた。
厳密には箝口令が敷かれているわけではない。
ただ、『ここだけの話』と言われている。
少なくともジェフリーは口止めされているわけだ。
そして、そのような秘密があることを認めること自体が問題になりかねない。
ダグがそんなことを吹聴して回ることはないだろうが、仮に彼が『どうも何かあったらしい。衛兵の一部で秘密ごとがあると聞いた。』などと町で噂をすれば、決して良いことにはならない。
だから、ジェフリーは頷くに止めた。
「どうしたの?ジェフリー?」
と聞きたがるアリスを制止し、ダグはエールを注いだマグをアリスに取りにこさせた。
「せめて、一杯くらい飲んでいくでしょ?」
アリスは心配そうにそのマグをジェフリーに渡した。
「司令官からは酒場に行くなまで言われているんだけどな......」
ジェフリーは苦笑しながらもマグに口をつけた。
「なんだか知らねぇけどよ。」
ロニーが立ち上がってマグを掲げた。
「覚悟がいるんだな?」
ボリス達は既にジェフリーの懸念を聞かされている。
「じゃあ、僕達小隊、覚悟の乾杯しない?」
フィルの言葉で四人はガツンとマグをぶつけ合うと一気に飲み干した。
足早に詰所に戻る途中でジェフリーは周囲の通行人に気を付けながら、アヴォンマス陥落を部下達に伝えた。
ローランド卿の最後の言葉は彼らにだけは言っておけ、と言う意味と捉えていた。
「本当に戦争が起きちゃったんだね。」
「シッ!」
のんきなフィルの言葉をボリスが制する。
「ま、今誰もいねぇよ。」
ロニーが辺りを見回す。
例え、人がいたとしてもいつもの通り四人の衛兵が食事を終え、宿舎のある北門詰所に帰るという、どうでも良い日常の景色にしか思わなかっただろう。
詰所に戻ると同じく非番だったライリー達がいた。
「なんだ?早かったな?俺達も早く出ればよかったな。」
「どうした?」
「古き清泉亭に行こうとしたらな、サイモン中隊長に止められてな。腹減ったのにさ。」
「何か言われたか?」
「いいや。兎に角、宿舎にいた非番組は足止め。外出している連中もどこに行ったのか?って、騒いでたな。お前らも呼び戻されたクチか?」
「俺達はたまたま戻ってきたんだよ。」
ライリーは親しい小隊長だが、流石に言う訳には行かない。
やがて昼番の衛兵達が戻ってくると夜番で出ている小隊を除いて全員が会堂に集められた。
しかし、会堂に集められてからも一向に中隊長達幹部は現れないままだった。
「なんだよぉ。これなら古き清泉亭で食えただろうに。」
ライリーが不満を言う。
「悪いな。俺達はもうたっぷり楽しませてもらったぜ!」
ロニーは偉そうに自慢するが、実はロニー達も食事を始めたところでジェフリーが戻った為、ろくに食べてはいない。
『はったりは俺の十八番さ。』とはロニーの口癖である。
会堂に集められた衛兵達の不満が溜まりに溜まった頃、中隊長達が会堂に入ってきた。
北門詰所には三人の中隊長がいる。
筆頭がジェローム。
北門詰所の長だ。
同じ中隊長の地位で、ジェロームの副官を務めるのがサイモン中隊長とギル中隊長である。
ジェローム不在時に北門の仕切る立場にある。
この三人は会堂に入ると小隊長だけが残るように言った。
これまで無駄に待たされた平の衛兵達から一斉に不満が出た。
更に、外出禁止令も出た為、彼らの不満は頂点に達したが、
「これはロズベリーアポンフロル代官のシェリンガム卿直々のご指示だ。」
とジェロームはそれで皆が納得するかのように言った。
誰も納得はしていなかったが、代官の指示を守ろうとするジェロームに手が付けられないことは周知のことだったので、ぶつぶつと文句を言いながら会堂から出て行った。
「さて、これは一切他言無用だ。」
ジェロームが残った中隊長達に宣言した。
「アヴォンマスがどこかの軍隊によって陥落させられた。」
「なんだって?」
「どこの国だ?」
「アヴォンマスはメカニア王国随一の港湾都市だぞ?」
あまりの衝撃に小隊長達がどよめく。
その様子を見まわしていたジェロームは一人落ち着いているジェフリーに視線を落とすと言った。
「約一名知っていた奴がいるようだな?」
左右の二人の中隊長が怪訝そうな顔をする。
小隊長達もざわめく。
「ジェフリー、お前、知らせが入った時、丁度、中央詰所にいて、司令官殿から情報を聞き出したそうだな?」
「中隊長。たまたまです。本を借りに行った時のことです。」
「そうそう。お前、『攻城論』なんて本を借りていたそうだな?」
「そうですが、それが何か?」
(ライトの奴、そんなことまで調べ上げてジェロームに報告しているのか。鬱陶しいな!)
ジェフリーは苛立ちを押さえようとした。
ここでかっかすればジェロームの思う壺だ。
「随分、手回しが良いじゃないか?アヴォンマスが陥落する前から『攻城論』とやらを読んでいて、陥落した時には中央詰所に行って、いち早く情報を聞き出している。」
「たまたまだと言っているんです。」
「そうか?なんでも別の本を借りていたのを読み終わってもいないのに、慌てて『攻城論』を借りたそうだな?これが、たまたまかね?」
(ライトの奴......次は盗み聞きかよ。きっと執務室の外で盗み聞きしてやがったに違いない。しかし、ジェロームに例の怪しい八人組の話をしても理解はされまい。余計にややこしくなるだけだ......)
「だから、何だと言うんです?」
流石にジェフリーも苛立ちを押さえられなくなってきた。
元々、ジェフリーは思っていることが表に出やすい。
「お前、裏切っていないだろうな?」
「なんだとぉっ!」
思わず、ジェフリーは思わずジェロームに詰め寄った。
「図星かな?」
「ジェローム!貴様っ!」
「ジェフリー!ジェローム中隊長に失礼だぞ!控えろ!」
見ていられなくなったサイモン中隊長が割って入った。
「ジェローム殿もほどほどにしてください。証拠もないでしょう?」
「証拠?ないなぁ。状況証拠だけだ。仕方がない。おい、皆、ジェフリー小隊が少しでも怪しい動きをすれば俺に伝えろよ?アヴォンマスが陥落したのだ。これから何があるかわからない。」
ジェフリーは更に激高したが、左右からライリーとランディが押さえた。
横でサイモン中隊長がかぶりを振っている。
ジェフリーのジェロームに対する反抗的な態度も問題視されていたが、ジェロームのジェフリーへの態度もフェアではないと言うことも有名であった。
「解散だ。」
会堂ざわめきを抑えるようにギル中隊長が言った。
怒りを抑える為、腕を組んで会堂に残っていたジェフリーは最後まで一緒に残ってくれていたサイモン中隊長が会堂を出る際に声をかけた。
「サイモン、教えてほしい。」
「どうした?」
それは本来、ジェロームにするつもりだった質問だ。
「随分、時間がかかったようだけど?」
「あぁ。例の代官様の優柔不断さ。」
「やっぱり。」
「衛兵達に伝えると町人に漏れかねない。かと言って、衛兵達が何も知らないままだといざと言う時に即時対応ができない。それでいつまでも決断できない代官様を見かねて南門詰所のブライアン中隊長が小隊長にだけ知らせましょうと進言したんだ。」
「ギルドには?」
「実はそれについてもなかなか判断が下されなかったそうだ。」
「まさか!ギルドに黙っていれば、別方面から情報が入った時、大変なことになりますよ!」
「そこに思い至ったからこそ、とうとう各ギルドの長にだけ知らせるとなったのさ!」
(と言うことはダグの耳には入らないな......)
「いつまでもそのままで良いとは思えませんが......」
「全くだ。しかし、代官様の優柔不断が役立つこともあるな。」
「?」
「実はな、王都から招集命令が密かに来ていたんだ。優秀な衛兵の半分をよこせとな。」
「王都からの評価を何より気にするシェリンガム卿なら直ぐにでも応えたでしょうに!」
「ハハハ!『優秀な』が付いていたからな。ランドルフもエリックも毎日のように代官様から『もう十分訓練したか?』と尋ねられていたよ。」
「それで......。あのですね。実は......」
「どうした?」
「アヴォンマスの衛兵隊は既に半分を招集されていたらしいんです。」
「何だって!そりゃ、落とされるな。しかし、お前よく知っていたな。」
「それはですね......」
ジェフリーはホリスから聞いた話をサイモンに教えた。
「なるほどな。お前、賄賂を取らずにおかしな話ばかり聞きこんでいると評判だが、まんざら無駄でもなかったんだな!」
「笑い事ではないですよ。サイモン。私がこんなことを事前に知っていたなどとジェロームが聞いたら......」
「ジェロームはいよいよ本気でお前を裏切者として告発するかもな。」
「他にもおかしなことがあるんです。」
「ほう?」
「これはジェロームには内緒ですよ?実は......」
謎の八人組への疑念、余所者の商人による食料の買い占めなど、ジェフリーが知りうる限りの情報をサイモンに伝えた。
ジェロームは論外、ギルは融通がきかない、三人の中隊長で一番若く立場は弱いが比較的信用できるサイモンには言っておいた方が良いとジェフリーは判断した。
「ふむ......確かに怪しいがどれも決定的な証拠とはならんな。しかし、わかった。機会があれば、俺からもローランド卿に進言する。ただなぁ......」
「ジェロームですか?」
「そうだ。ジェロームは俺達でもローランド卿に直接話しかけるのを良しとしないからな。」
「まぁ、規則上、司令官に具申するのは詰所の長を務める中隊長とされていますからね。」
「でも、ジェロームのお気に入りの連中がローランド卿に直接話をする機会があれば、おおいに話をして顔を覚えてもらえと勧めているんだよ。」
サイモンが苦笑した。
「まぁ、兎に角。お前も気を付けろ。ジェロームがお前を裏切者かもしれないと言い出したのは単なる思いつきと嫌がらせかもしれん。しかし、彼は一度そうかもと思うとそのように思い込む傾向があるからな。」
確かにジェフリーが裏切者であるという思い付きをジェロームがしたのは、後々厄介なことになるかもしれない。
(ただでさえ、大変な時に......忌々しい!)
サイモンと別れるとジェフリーは詰所内の宿舎に戻った。
寝床に入ろうと梯子に手をかけると下の段のロニーが起き上がった。
「どうだった?」
「なんだ。起きていたのか?」
「寝てたさ。明日、朝番だからな。」
「俺達だけには公開されたよ。勿論、一切他言無用だ。」
「わかった。明日、ボリスやフィルにも黙っているよう念押ししておこう。」
通路を挟んだ寝床では上段にフィル、下段にボリスが寝ていた。
(どこの国だ?それにしても......あまりにタイミングが良すぎる......)
ジェフリーは様々な疑念を振り払って寝返りを打った。
下段では既にロニーが寝息を立てていた。