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挿絵AIで作った挿絵

武装

「おい。お前達にはもう話はいっているのか?」
珍しく自ら料理を持ってきたダグがひそひそ声で聞いてきた。
周りを窺っている。
今日も古き清泉亭イ・オルド・ブルナ・インは満席だった。
衛兵達の外出禁止令はすぐに撤回された。
衛兵達が詰所に籠っていれば、それこそ町人が怪しむとの判断があったらしい。
(当たり前だろう......)
晴れて、ジェフリー達は古き清泉亭イ・オルド・ブルナ・インに来ていた。

「話だって?」
「そうか......知らないか。実はな。ここだけだぞ?」
「ギルドの長には既に話があったんだが、どこの国がアヴォンマスを陥落させたかわかったんだ。」
「何?それで?どこだったんだ?」
「ワクソニア王国さ。」
「まさか!?」
「間違いない。ビルビーがこっそり教えてくれたんだ。」
ビルビーことビル=ブルワーは酒造ギルドの長だ。
「今日の夕方にアヴォンマスから逃げてきた衛兵が町にたどり着いて、そう証言したらしい。」

 ダグはジェフリーが中央詰所から帰って来て小隊連れて店を出た後、直ぐにビルビーに聞きこんで、アヴォンマス陥落のことを聞き出していた。
「やはり、この町に来るんだろうか?」
「ワクソニア王国......ワクソニア王国か......」
ジェフリーが考え込んだ。
「ワクソニア王国なら、アヴォンマスを陥落させた後、王都に向かうより、こちらを攻めるだろうな。」
「じゃあ、やっぱり町は包囲されるのか?」
「ワクソニア王国としてはアヴォンマスを陥落させてもそのままじゃ軍は孤立する。本国からの援軍と合流したければ、アヴォンマスと本国の間にあるこの町は欲しいに違いない。迂回路がないからな。しかも、ここは交通の要だからな。」

「ジェフリー、食料は地下室に入りきらないくらい貯めこんでいる。今は仕入れた食材は地下室にしまって、地下室で一番古いものから使っているんだ。」
「ダグ、ありがとう。」
「礼ならあの子に言ってくれ。儂がいくら言っても聞く耳持たず、食料を貯めこみたがるんだ。」
ダグは店の向こう側で笑顔でエールを運ぶアリスを見た。
アリスの奇行は町で話題になりつつあった。
しかし、本人はそんなことを気にする様子は毛ほども見せず、毎日仕入れに奔走していた。
ダグもここにきて、理解するようになったらしい。
「それに儂が礼を言わねばならないかもしれない。もうすぐ、この情報は皆に知れる。そうなれば皆が食料を貯めこみにかかるだろう。値段も跳ね上がるだろうな。」
「できるだけ騒ぎにならないと良いんだがな。」

「あら?お父さんまで話し込んで、何の話?」
アリスがにこやかに話しかけながら卓の真ん中に大皿に乗ったペイストリ料理を置いた。
「さ、今日は鴨よ!マリーがこの鴨は絶対に美味しいって!この鴨ね......」
アリスは声を潜めた。
ジェフリーは肩をすくめると耳を彼女に向けた。
アリスはこれがしたがったのだろう。
ニッと笑うとその耳に囁いた。
アリスの吐く暖かい息がジェフリーをドキドキさせる。
「余所から来た商人から買ったのよ!」
アリスはウインクを残して厨房に戻った。
今日は繁盛しているから忙しいらしい。
「あれでも、客に無理やり節約させようとするのは何とか止めさせたんだ。」
ダグが呟く。

 ジェフリー達はエールの入ったマグをぶつけ合うと鴨のパイに取り掛かった。
古き清泉亭イ・オルド・ブルナ・インの料理は凝っている。
鴨肉には香草を纏わせており、鴨油のねっとりとした旨味とよく調和していた。
生地には鴨から流れ出た汁が程よく染み込んでおり、外はさっくり、中はしっとり、そして肉は食べ応えがあった。
「食べるなら今の内さ!」
ロニーが人気の一番端を切り取った。
ジェフリー小隊は全員パイ生地が好きだったから肉の片側までたっぷりパイ生地がまわりこんだ端っこを食べたがる。
「たっぷりと食べるならな。」
ボリスが付け足した。
ボリスは大きな塊を切り出していた。
「素敵なお嬢さんの給仕で食べるのもね!」
お上品にパイと肉を少しずつ自分の皿に取り分けたフィルはアリスに向かって手を振った。
自分の分をつつましく取り分けたように見せかけて、実は付け合わせの木苺のソースと玉ねぎのグリルを半分近くかっさらっている。
これを混ぜて食べるのがフィルの好物だった。
「あぁ。明日にはどうなるかわからんからな。」
ジェフリーはロニーが取った反対側のパイの端っこを取り、齧ると、マグを上げた。
四人はまたマグをぶつけ合った。

 翌日、とうとう代官はアヴォンマス陥落を公表した。
思ったほどの混乱はなかった。
何故なら各ギルドの長は慎重すぎる代官の判断を信じず、密かに情報をギルド員に伝えていたからだ。

 衛兵達は忙しくなった。
堂々と門の見張りは強化された。
中央詰所の武器庫から武装が引き出され、補修が開始された。
武具の定期的な点検と補修はどの都市でも義務付けれられた規則であるが、王都の評価を過剰に気にするシェリンガム卿が珍しく疎かにしている規則であった。
それほどまでにロズベリーアポンフロルが敵に攻撃されるとは誰にも想像ができなかったのだ。

 周辺の地にも衛兵小隊が派遣された。
町の外の王領内に住む住民への警告だ。
郊外の住人は町への避難を始めた。
農民達はできるだけの農作物や家畜を持ち込んだ。
これらは門を通過する際に全て買い上げられた。
ギルドと代官が折半している。
これも王国法に定められた通りの措置である。
逆に町に滞在していた商人達は逃げ出した。
この場合、その荷物は全て没収された。
商人達としては町と運命を共にしたくなければ、これに服するしかなかった。
これらの物資は全て、中央詰所、北門詰所、南門詰所、ギルド会館、代官館の各倉庫に収められた。
どの倉庫もほとんど空だったのである。
本来は倉庫にはもっと保存食や物資が蓄えられていなければならなかった。
これも王都の評価を気にするシェリンガム卿が軽視していた数少ない規則であった。
しかし、これについても多くの者がシェリンガム卿を責められなかった。
やはり、ロズベリーアポンフロルが攻められるとは誰にも思われてなかったのである。

 町の外に出た衛兵達はエルムフォードの渡し場にも出向いた。
これにはジェフリー達が出向いた。
エルムフォードの渡し守達はジェフリー達の姿を見て吹き出した。
「何だ?あんた達?またジェローム中隊長に叱られて、罰でも受けているのか?」
この頃には衛兵達はいつもの制服ではなく、戦時下の武装を纏っていた。
鎖帷子チェインメイルに鉄板胴衣ブリガンダイン、それに陣羽織サーコートである。
二十五年も前に終わった親不孝戦争時の兵士のような出で立ちだ。
何も知らなければ冗談にしか思えただろう。

「戦争だって?本当か?」
「どこの国と?」
「いつここに来るんだ?」
渡し守達は口々に質問してきた。
「わからない。兎に角、アヴォンマスが陥落した。下手すれば、もう近くにいるかもしれない。あんたらも逃げるべきだ。」
「わかった。ロズベリーアポンフロルに行く。おい!船を全部引き出せ!」
渡し場の頭は渡し守達に指示をした。
「船で町まで行く。あんたらも乗って行きな。」
こうして、エルムフォードの渡し舟は全て撤去された。

 ジェフリーはロニーと二人で渡し舟に乗っていた。
「なぁ、ジェフリー。お前、この任務買って出てたよな?」
「あぁ。」
「冷や冷やしたぜ。ジェロームに申し出るんだからな。」
「仕方ないさ。あいつが北門詰所の長だからな。」
「また、余計なことを言われないと良いがな。」
「全くだ。しかし、今回は思い通りに行った。渡し舟を撤去できたんだからな。」
「必要なのか?それ?」
「ロニー、俺はワクソニア軍にこの渡し舟を使わせたくないのさ。」
「だって、あいつらはアヴォンマスから......そうか!峠道のことだな。」
「そうだ。まさか俺もワクソニア王国軍とは思わなかった。あいつらは西から来たと言いながら北部訛りだった。それでも怪しい奴が真夜中に峠道を下見したことには変わらない。あいつらがワクソニア王国と繋がっていれば......」
「なるほどねぇ......おっと!」
ジェフリーに操船技術は全くなかったが、ロニーは衛兵になる前にフロル川を行き来する船で働いたことがあるらしく、かろうじて船を操れた。

 エルムフォードの渡し場に行く前にジェフリーはジェロームとこれまで以上に衝突をしていた。
一つは南門出向の件がある。
アヴォンマスが陥落した以上、敵が攻めてくるとしたら南門側であることは明白だった。
だから、北門詰所の衛兵の半分が南門に加勢に加わることになった。
武装を支給された日、ジェロームは北門詰所の衛兵達に南門への加勢に参加したい者を募った。
多くの者が挙手した。
しかし、ジェフリー小隊は手を上げなかった。
そこでジェロームが嘲ってきた。
「ほう!ジェフリー小隊はワクソニア王国軍が怖いと見えるな?ほとんどの者が南門に加勢してこの町を守ろうとしているのに、貴様らは安全な北門で隠れていたいか?」
ジェフリー小隊は怒りで頭がいっぱいになったが、黙っていた。
こう言われることは予想していた。
ライリーやランディの小隊も手を上げなかった。
事前にジェフリーは気の合う話しやすい連中にだけ話をしていた。

 次に北門前の防備についてもジェフリーはジェロームと言い争いをした。
南門はフロル川に架かった石橋を渡らなければ門を通れない。
しかし、北門は左右のフロル川によってかなり縊れた地形とは言え地続きで攻められる。
この北門を防御する為の戦術は事前に決められていた。
即ち北門の外、追分の辺りに大量の障害を設置して、それを第一の城壁として籠り、抵抗すると言うものだ。
ジェフリーはこれを優先的に施すべきだと主張した。
しかし、これもジェロームによって却下された。
「敵はアヴォンマスから来るんだぞ?北からじゃない。」
「城攻めの基本は包囲戦です。北門にも敵は来ます。」
「流石、『攻城論』とやらで勉強していただけのことはあるな?ジェフリー?だが、私だってロズベリーアポンフロルの地理くらいは知っている。この町はフロン川によって守られているんだ。どうやって北門に回ると言うんだ?」
「峠道です中隊長殿。峠道を越えた辺りであればフロル川は渡河できます。」
「また峠道か?好きだな?例え北門から敵が来るなどと言っても、貴様らが臆病者であることには変わらんぞ?敵は南から来るのだ。北からではない!」

 散々、嘲られた挙句、ジェフリー小隊は武装をして北門の城壁に上った。
右手にカンバー丘陵が見える。
雲のない青空の下、淡く緑の芝草がに覆われた険阻な丘陵だ。
彼らは敵がその丘陵を乗り越えてくると考えていた。

 城壁では最後の補修の為、人夫が行き来していた。
ジェロームに指摘された例の側防塔の矢間もそうだった。
人夫を指揮している男の服にはつるはしの紋章が刺繍されていた。
(メイソン家の者か......)
珍しい話ではなかった。
メイソン家はロズベリーアポンフロルの人足請負をほぼ独占していた。
何か労役が発生すればメイソン家が請け負うのが常だった。
「精が出るね。」
「いやぁ、敵が攻めてくるんでしょう?城壁の補修なんて滅多にしないから......」
(ジェロームの奴。あれだけ嫌味を言っておきながら、自分は補修を命じてなかったな。それを今更......)
ジェフリーはメイソン家の刺繍が入った服を纏う男を見た。

 例え、メイソン家があの謎の八人組と何か密約を結んでいたとしても、この男には何も知らされてはいないだろう。
(一応、カマをかけてみるか?)
「メイソン家は大繁盛だね?」
「そうかね?私はこんな石工仕事が専門でね。他の依頼まではわかりかねるが......そう言えば、少し前に北にある鉱山か何かで大きな受注があったようだな。お陰で人夫の大半が出払っていてね。城壁の補修も頑張ってはいるが......」
「仕事中邪魔をして悪かったな。」
「いや、何。衛兵さんもよろしく頼むよ。この町が攻められたらあんた達が頼りだ。」
どうやらこの男はメイソン家に雇われた専門家で自身はギルドに属していないらしい。
ギルドメンバーであれば戦時は駆り出される。
つまり自分自身で町を守らなければならない。

 ジェフリーは改めて城壁から北の景色を眺めた。
右手にはカンバー丘陵、真ん前から左手にかけてはメカニア王国南部らしい緩やかな起伏の平野が続いている。
広い畑に放牧地、家畜を囲い込む石積みや防風林、果樹園。
戦争前とは思えない美しい風景だった。
そしてこれから、これらの地は敵軍に蹂躙される。
ワクソニア王国は以前からメカニア王国を敵視している。
親不孝戦争の終結後はお互いに行き来していたが、戦になれば、彼らの奥底に眠るメカニア王国への敵意が再び燃え上がるだろう。

「きれいな景色なのにな。俺はこいつを守りたいだけなんだ。」
「仕方ないさ。ジェフリー。」
ロニーは鋸壁に体重をかけ、楽な姿勢を取ると頭の後ろで手を組み、吹き抜ける風に涼んでいた。
「結局、敵が来れば迎え撃つ。そういうことだな。」
仁王立ちするボリスは武装するとおとぎ話に出てくるオーガのように見えた。
「まぁ、やるしかないよね?」
一番、武術の苦手なフィルが一番余裕あり気だった。
ジェフリーにはそれが、彼らなりに自分を勇気づけてくれようとしていることだとわかっていた。
「そうだな。やってやるさ。」

 翌朝、町の東方で狼煙が上がった。
事前にアヴォンマス方面に出張っていた小隊が上げた狼煙だ。
その狼煙を見たロズベリーアポンフロルの住人は、子供まで何が起きているのか理解した。
アヴォンマスからワクソニア軍が行進してきたのだ。
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籠城食堂作者:荒野旅人
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武装

「おい。お前達にはもう話はいっているのか?」
珍しく自ら料理を持ってきたダグがひそひそ声で聞いてきた。
周りを窺っている。
今日も古き清泉亭イ・オルド・ブルナ・インは満席だった。
衛兵達の外出禁止令はすぐに撤回された。
衛兵達が詰所に籠っていれば、それこそ町人が怪しむとの判断があったらしい。
(当たり前だろう......)
晴れて、ジェフリー達は古き清泉亭イ・オルド・ブルナ・インに来ていた。

「話だって?」
「そうか......知らないか。実はな。ここだけだぞ?」
「ギルドの長には既に話があったんだが、どこの国がアヴォンマスを陥落させたかわかったんだ。」
「何?それで?どこだったんだ?」
「ワクソニア王国さ。」
「まさか!?」
「間違いない。ビルビーがこっそり教えてくれたんだ。」
ビルビーことビル=ブルワーは酒造ギルドの長だ。
「今日の夕方にアヴォンマスから逃げてきた衛兵が町にたどり着いて、そう証言したらしい。」

 ダグはジェフリーが中央詰所から帰って来て小隊連れて店を出た後、直ぐにビルビーに聞きこんで、アヴォンマス陥落のことを聞き出していた。
「やはり、この町に来るんだろうか?」
「ワクソニア王国......ワクソニア王国か......」
ジェフリーが考え込んだ。
「ワクソニア王国なら、アヴォンマスを陥落させた後、王都に向かうより、こちらを攻めるだろうな。」
「じゃあ、やっぱり町は包囲されるのか?」
「ワクソニア王国としてはアヴォンマスを陥落させてもそのままじゃ軍は孤立する。本国からの援軍と合流したければ、アヴォンマスと本国の間にあるこの町は欲しいに違いない。迂回路がないからな。しかも、ここは交通の要だからな。」

「ジェフリー、食料は地下室に入りきらないくらい貯めこんでいる。今は仕入れた食材は地下室にしまって、地下室で一番古いものから使っているんだ。」
「ダグ、ありがとう。」
「礼ならあの子に言ってくれ。儂がいくら言っても聞く耳持たず、食料を貯めこみたがるんだ。」
ダグは店の向こう側で笑顔でエールを運ぶアリスを見た。
アリスの奇行は町で話題になりつつあった。
しかし、本人はそんなことを気にする様子は毛ほども見せず、毎日仕入れに奔走していた。
ダグもここにきて、理解するようになったらしい。
「それに儂が礼を言わねばならないかもしれない。もうすぐ、この情報は皆に知れる。そうなれば皆が食料を貯めこみにかかるだろう。値段も跳ね上がるだろうな。」
「できるだけ騒ぎにならないと良いんだがな。」

「あら?お父さんまで話し込んで、何の話?」
アリスがにこやかに話しかけながら卓の真ん中に大皿に乗ったペイストリ料理を置いた。
「さ、今日は鴨よ!マリーがこの鴨は絶対に美味しいって!この鴨ね......」
アリスは声を潜めた。
ジェフリーは肩をすくめると耳を彼女に向けた。
アリスはこれがしたがったのだろう。
ニッと笑うとその耳に囁いた。
アリスの吐く暖かい息がジェフリーをドキドキさせる。
「余所から来た商人から買ったのよ!」
アリスはウインクを残して厨房に戻った。
今日は繁盛しているから忙しいらしい。
「あれでも、客に無理やり節約させようとするのは何とか止めさせたんだ。」
ダグが呟く。

 ジェフリー達はエールの入ったマグをぶつけ合うと鴨のパイに取り掛かった。
古き清泉亭イ・オルド・ブルナ・インの料理は凝っている。
鴨肉には香草を纏わせており、鴨油のねっとりとした旨味とよく調和していた。
生地には鴨から流れ出た汁が程よく染み込んでおり、外はさっくり、中はしっとり、そして肉は食べ応えがあった。
「食べるなら今の内さ!」
ロニーが人気の一番端を切り取った。
ジェフリー小隊は全員パイ生地が好きだったから肉の片側までたっぷりパイ生地がまわりこんだ端っこを食べたがる。
「たっぷりと食べるならな。」
ボリスが付け足した。
ボリスは大きな塊を切り出していた。
「素敵なお嬢さんの給仕で食べるのもね!」
お上品にパイと肉を少しずつ自分の皿に取り分けたフィルはアリスに向かって手を振った。
自分の分をつつましく取り分けたように見せかけて、実は付け合わせの木苺のソースと玉ねぎのグリルを半分近くかっさらっている。
これを混ぜて食べるのがフィルの好物だった。
「あぁ。明日にはどうなるかわからんからな。」
ジェフリーはロニーが取った反対側のパイの端っこを取り、齧ると、マグを上げた。
四人はまたマグをぶつけ合った。

 翌日、とうとう代官はアヴォンマス陥落を公表した。
思ったほどの混乱はなかった。
何故なら各ギルドの長は慎重すぎる代官の判断を信じず、密かに情報をギルド員に伝えていたからだ。

 衛兵達は忙しくなった。
堂々と門の見張りは強化された。
中央詰所の武器庫から武装が引き出され、補修が開始された。
武具の定期的な点検と補修はどの都市でも義務付けれられた規則であるが、王都の評価を過剰に気にするシェリンガム卿が珍しく疎かにしている規則であった。
それほどまでにロズベリーアポンフロルが敵に攻撃されるとは誰にも想像ができなかったのだ。

 周辺の地にも衛兵小隊が派遣された。
町の外の王領内に住む住民への警告だ。
郊外の住人は町への避難を始めた。
農民達はできるだけの農作物や家畜を持ち込んだ。
これらは門を通過する際に全て買い上げられた。
ギルドと代官が折半している。
これも王国法に定められた通りの措置である。
逆に町に滞在していた商人達は逃げ出した。
この場合、その荷物は全て没収された。
商人達としては町と運命を共にしたくなければ、これに服するしかなかった。
これらの物資は全て、中央詰所、北門詰所、南門詰所、ギルド会館、代官館の各倉庫に収められた。
どの倉庫もほとんど空だったのである。
本来は倉庫にはもっと保存食や物資が蓄えられていなければならなかった。
これも王都の評価を気にするシェリンガム卿が軽視していた数少ない規則であった。
しかし、これについても多くの者がシェリンガム卿を責められなかった。
やはり、ロズベリーアポンフロルが攻められるとは誰にも思われてなかったのである。

 町の外に出た衛兵達はエルムフォードの渡し場にも出向いた。
これにはジェフリー達が出向いた。
エルムフォードの渡し守達はジェフリー達の姿を見て吹き出した。
「何だ?あんた達?またジェローム中隊長に叱られて、罰でも受けているのか?」
この頃には衛兵達はいつもの制服ではなく、戦時下の武装を纏っていた。
鎖帷子チェインメイルに鉄板胴衣ブリガンダイン、それに陣羽織サーコートである。
二十五年も前に終わった親不孝戦争時の兵士のような出で立ちだ。
何も知らなければ冗談にしか思えただろう。

「戦争だって?本当か?」
「どこの国と?」
「いつここに来るんだ?」
渡し守達は口々に質問してきた。
「わからない。兎に角、アヴォンマスが陥落した。下手すれば、もう近くにいるかもしれない。あんたらも逃げるべきだ。」
「わかった。ロズベリーアポンフロルに行く。おい!船を全部引き出せ!」
渡し場の頭は渡し守達に指示をした。
「船で町まで行く。あんたらも乗って行きな。」
こうして、エルムフォードの渡し舟は全て撤去された。

 ジェフリーはロニーと二人で渡し舟に乗っていた。
「なぁ、ジェフリー。お前、この任務買って出てたよな?」
「あぁ。」
「冷や冷やしたぜ。ジェロームに申し出るんだからな。」
「仕方ないさ。あいつが北門詰所の長だからな。」
「また、余計なことを言われないと良いがな。」
「全くだ。しかし、今回は思い通りに行った。渡し舟を撤去できたんだからな。」
「必要なのか?それ?」
「ロニー、俺はワクソニア軍にこの渡し舟を使わせたくないのさ。」
「だって、あいつらはアヴォンマスから......そうか!峠道のことだな。」
「そうだ。まさか俺もワクソニア王国軍とは思わなかった。あいつらは西から来たと言いながら北部訛りだった。それでも怪しい奴が真夜中に峠道を下見したことには変わらない。あいつらがワクソニア王国と繋がっていれば......」
「なるほどねぇ......おっと!」
ジェフリーに操船技術は全くなかったが、ロニーは衛兵になる前にフロル川を行き来する船で働いたことがあるらしく、かろうじて船を操れた。

 エルムフォードの渡し場に行く前にジェフリーはジェロームとこれまで以上に衝突をしていた。
一つは南門出向の件がある。
アヴォンマスが陥落した以上、敵が攻めてくるとしたら南門側であることは明白だった。
だから、北門詰所の衛兵の半分が南門に加勢に加わることになった。
武装を支給された日、ジェロームは北門詰所の衛兵達に南門への加勢に参加したい者を募った。
多くの者が挙手した。
しかし、ジェフリー小隊は手を上げなかった。
そこでジェロームが嘲ってきた。
「ほう!ジェフリー小隊はワクソニア王国軍が怖いと見えるな?ほとんどの者が南門に加勢してこの町を守ろうとしているのに、貴様らは安全な北門で隠れていたいか?」
ジェフリー小隊は怒りで頭がいっぱいになったが、黙っていた。
こう言われることは予想していた。
ライリーやランディの小隊も手を上げなかった。
事前にジェフリーは気の合う話しやすい連中にだけ話をしていた。

 次に北門前の防備についてもジェフリーはジェロームと言い争いをした。
南門はフロル川に架かった石橋を渡らなければ門を通れない。
しかし、北門は左右のフロル川によってかなり縊れた地形とは言え地続きで攻められる。
この北門を防御する為の戦術は事前に決められていた。
即ち北門の外、追分の辺りに大量の障害を設置して、それを第一の城壁として籠り、抵抗すると言うものだ。
ジェフリーはこれを優先的に施すべきだと主張した。
しかし、これもジェロームによって却下された。
「敵はアヴォンマスから来るんだぞ?北からじゃない。」
「城攻めの基本は包囲戦です。北門にも敵は来ます。」
「流石、『攻城論』とやらで勉強していただけのことはあるな?ジェフリー?だが、私だってロズベリーアポンフロルの地理くらいは知っている。この町はフロン川によって守られているんだ。どうやって北門に回ると言うんだ?」
「峠道です中隊長殿。峠道を越えた辺りであればフロル川は渡河できます。」
「また峠道か?好きだな?例え北門から敵が来るなどと言っても、貴様らが臆病者であることには変わらんぞ?敵は南から来るのだ。北からではない!」

 散々、嘲られた挙句、ジェフリー小隊は武装をして北門の城壁に上った。
右手にカンバー丘陵が見える。
雲のない青空の下、淡く緑の芝草がに覆われた険阻な丘陵だ。
彼らは敵がその丘陵を乗り越えてくると考えていた。

 城壁では最後の補修の為、人夫が行き来していた。
ジェロームに指摘された例の側防塔の矢間もそうだった。
人夫を指揮している男の服にはつるはしの紋章が刺繍されていた。
(メイソン家の者か......)
珍しい話ではなかった。
メイソン家はロズベリーアポンフロルの人足請負をほぼ独占していた。
何か労役が発生すればメイソン家が請け負うのが常だった。
「精が出るね。」
「いやぁ、敵が攻めてくるんでしょう?城壁の補修なんて滅多にしないから......」
(ジェロームの奴。あれだけ嫌味を言っておきながら、自分は補修を命じてなかったな。それを今更......)
ジェフリーはメイソン家の刺繍が入った服を纏う男を見た。

 例え、メイソン家があの謎の八人組と何か密約を結んでいたとしても、この男には何も知らされてはいないだろう。
(一応、カマをかけてみるか?)
「メイソン家は大繁盛だね?」
「そうかね?私はこんな石工仕事が専門でね。他の依頼まではわかりかねるが......そう言えば、少し前に北にある鉱山か何かで大きな受注があったようだな。お陰で人夫の大半が出払っていてね。城壁の補修も頑張ってはいるが......」
「仕事中邪魔をして悪かったな。」
「いや、何。衛兵さんもよろしく頼むよ。この町が攻められたらあんた達が頼りだ。」
どうやらこの男はメイソン家に雇われた専門家で自身はギルドに属していないらしい。
ギルドメンバーであれば戦時は駆り出される。
つまり自分自身で町を守らなければならない。

 ジェフリーは改めて城壁から北の景色を眺めた。
右手にはカンバー丘陵、真ん前から左手にかけてはメカニア王国南部らしい緩やかな起伏の平野が続いている。
広い畑に放牧地、家畜を囲い込む石積みや防風林、果樹園。
戦争前とは思えない美しい風景だった。
そしてこれから、これらの地は敵軍に蹂躙される。
ワクソニア王国は以前からメカニア王国を敵視している。
親不孝戦争の終結後はお互いに行き来していたが、戦になれば、彼らの奥底に眠るメカニア王国への敵意が再び燃え上がるだろう。

「きれいな景色なのにな。俺はこいつを守りたいだけなんだ。」
「仕方ないさ。ジェフリー。」
ロニーは鋸壁に体重をかけ、楽な姿勢を取ると頭の後ろで手を組み、吹き抜ける風に涼んでいた。
「結局、敵が来れば迎え撃つ。そういうことだな。」
仁王立ちするボリスは武装するとおとぎ話に出てくるオーガのように見えた。
「まぁ、やるしかないよね?」
一番、武術の苦手なフィルが一番余裕あり気だった。
ジェフリーにはそれが、彼らなりに自分を勇気づけてくれようとしていることだとわかっていた。
「そうだな。やってやるさ。」

 翌朝、町の東方で狼煙が上がった。
事前にアヴォンマス方面に出張っていた小隊が上げた狼煙だ。
その狼煙を見たロズベリーアポンフロルの住人は、子供まで何が起きているのか理解した。
アヴォンマスからワクソニア軍が行進してきたのだ。
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