

故郷からの使い
ジェフリー達四人は古き清泉亭の一番奥の卓を占領していた。
「いらっしゃい!今日は何にする?」
「ハギスとブラックプディング...いや、ハギスだけでいい。」
ジェフリーが不機嫌そうに答えた。
「どうしたの?」
アリスはロニーに聞いた。
ロニーは皮肉っぽい顔で肩をすくめ、ボリスも無言で天井を見つめている。
「いつもの『アレ』だよ。お嬢さん。」
優男のフィルが代わりに返事した。
「あぁ、『アレ』ね。」
アリスにもわかったらしい。
「で、あなた達は何にするの?」
その途端、ロニーが目を輝かせて尋ねた。
「今日のローストはなんだ?」
「ロースト?今日は鹿肉よ。」
ボリスが右の拳で左の掌をゴツンとやり、フィルがパチパチと拍手した。
「よし!俺達三人は鹿肉のローストだ!大きく切ってくれ!それからソースはもうそろそろ木苺か?」
「そうよ。先週からね。」
「いいね!ソースもたっぷりだ。」
古き清泉亭では肉料理に季節の果物を甘酸っぱく煮込んだソースを添えてくれる。
ロニーは木苺がお好みだった。
「あら?あなた達、今日は懐具合がいいの?お給金はまだ来週でしょ?」
「いいんだよ。お嬢さん。あとエールも人数分ね。」
フィルの補足にボリスがにやりと笑って、親指でジェフリーを差した。
「なるほどね。『アレ』だもんね。」
アリスはクスリと笑うと背を向けた。
「くそぅ...」
ジェフリーの恨めし気な呻き声は周囲の客の話声でかき消された。
案の定、ジェフリーは激怒した。
「公営放牧地を巡回しなかっただと?」
「ちゃんと、ガスの息子達に頼んで、使いを出しました。何かあれば知らせが入ります。」
「馬鹿者!お前達は衛兵だろう?衛兵なら自分の目で確認しろ!使いで済むなら、お前達などいらんわ。」
「しかし、中隊長殿、カンバー丘陵の峠道を怪しげな者達が通り過ぎたのですよ?」
「そんなもの、近所の住人だろう?ただの峠道だ。通行人がいただけで調査をしていたら衛兵が何人おっても足りんわ。」
「普通の通行人が深夜に峠道を通り抜けるでしょうか?」
「俺は昨日、深夜に街路を歩いたわい。」
あんたのは巡回だろう?
ジェフリーは言い返したいところだったが、ジェロームが一度怒りだすと理屈は通らない。
「それにガスの言う。二本足の家畜。怪しいではありませんか?」
ジェフリーは子供の誘拐を疑っていたが、単なる推理だった。
証拠はない。
ジェロームの前で口に出すのは危険だった。
嘘つき呼ばわりされかねない。
これまでにも、危惧していることを素直に報告して、理解されず、虚偽報告とみなされたことがある。
ジェロームはジェフリーが言ったと言う一点で、間違っていると言う見解を持つ傾向がある。
ひどく叱責されたが、処分には至らなかった。
エルムフォードの渡し場で夜中に誰かが船を盗み出して渡河しようとしていた一件があったからだ。
渡し守の連中は信用のある男達で、調査すればジェフリーが報告した通りの証言をするであろう。
ジェロームとしては下手に処分した後に自分の判断が間違えとされることを恐れたのだ。
「お待ちどおさま。」
アリスがエールと料理を持ってきた。
最後にジェフリーの前に小さな鰻の煮凝りをおいた。
怪訝な顔をするジェフリーにアリスが舌を出して言った。
「ごめんね。あなたの大好きな鰻が今朝入ったんだけど、もう売り切れなの。それは最後の残り。少なすぎてお客様には出せないからあなたにあげるわ。これで機嫌をなおして。」
「ありがとう。」
ジェフリーは辺りを見回しながら答えた。
「そう言えば、今日はあの宿泊客達はいないのか?」
古き清泉亭は相変わらずいっぱいだ。
ジェフリー達以外にも衛兵の小隊がもう一組、窓際のこの店唯一の一人用の卓には魔道具屋の主アイザック爺さん、あとは仕事上がりの近所の住人達で卓は全て埋まっていた。
この前、余所者の商人達はアイザック爺さんの指定席から扉を挟んだ反対側の卓にいたが、そこは近所の職人達が座っていた。
「いいえ。もう、食事を済ませて部屋に戻ったわ。」
「そうか...特におかしなことはないか?」
「あのお客さん達がどうかしたの?」
「あぁ、いや。」
しかし、後から思えば、この時、余所者の商人達がいなかったのは天祐だったのである。
ジェフリー達が食事を終え、エールのおかわりで乾杯をしていた時、一人の男が入ってきた。
「ごめんなさい。今、いっぱいなの。」
「いや、構わない。人を探している。」
男はアリスを手で制すると店中に向かって呼ばわった。
「クレイグリー男爵ゴドフリー卿のご子息はおられるか?こちらでお会いできると聞いたんだが?」
客達がざわざわしだした。
「名前は確か...」
「俺だ。ジェフリー、ジェフリー=ワーディンガムだ。」
ジェフリーが立ち上がって黙らせた。
「ジェフリー様、失礼しました。」
男は封蝋のされた手紙を取り出した。
「フラトン公の家令、グレゴリー様から手紙を預かっております。一か月半程前の話です。」
グレゴリーはジェフリーの叔父だった。
地方領主の次男や三男は他家に奉公に出ることが一般的だ。
グレゴリーも若くからフラトン公の家に奉公に出て、そこで気に入られ、家令となっていた。
フラトンは規模の大きい都市だ。
フラトンなら遠方まで行く移動商人も集まる。
この男はフラトン公の館の出入り商人なのかもしれない。
「ありがとう。」
「では、お渡しいたしますが、必ず返信を受け取るよう申し付けられております。お願いできますかな?明日からの三日間、市場に私共も店を出しております。ボダム商会の店までお持ちいただけますか?店の者達には申し付けておきますので。」
男は言葉や態度は丁寧だが、身なりが良い。
かなりの富商と見受けられた。
滞在中、本人は市場などに立たず、商館で商談などをして回るのだろう。
「わかった。」
ジェフリーは手紙を受け取った。
「それにしても一か月半とは随分かかったな。」
フラトンからであれば、一か月もあれば着くだろう。
「王都を経由して来ましてな。」
フラトンやジェフリーの故郷クレイグリーのある北部丘陵からロズベリーアポンフロルへ行くにはグース街道を使うのが一番近道だ。
しかし、王の北道を使って王都まで南下する道もある。
こちらは王都へは近道だが、ロズベリーアポンフロルまではまわり道なる。
「王都に行かれたのか?王都の様子はどうだ?」
「相変わらず、繁栄しておりますな。良い商売ができました。ただ...」
「ただ?」
「北部や北東部は、ややきな臭いですな。」
ジェフリーはもっと話を聞きたかったが、ボダム商会の主はホリスほどの話好きではないらしい。
さっさと話を切り上げると出て行ってしまった。
ジェフリーは手紙とエールを持って、外に出ると店の裏に回った。
そこには古き清泉亭自慢の井戸があった。
そして、井戸の周りには古き清泉亭、主のダグとケラー家の家屋、クレーネの醸造所、醸造所を営むダグの弟一家の家屋が取り囲むように建っていた。
アリスの弟、ラルフが薪割りをしていた。
無愛想な少年で、ジェフリーに気付くと軽く手を上げただけで、黙々と薪割りを続けた。
アリスにはラルフの他に妹のマリーがいる。
マリーはいつまでも可憐な童顔で男客達からは人気があったが、極度に人見知りで厨房から出てくることはない。
料理好きで母親のアガサを手伝っている。
思えば、父親のダグも宿屋の主にしては寡黙で社交的ではなかった。
一族の血なのだろう。
「私だって、得意なわけじゃないわ。でも、私が給仕するしかないじゃない。」
いつしか、アリスはそんなことを言っていた。
いつも、そばかす顔で満面の笑顔を浮かべているアリスも頑張っているらしい。
井戸の脇にはダグが椅子と呼んで譲らない丸太が置いてあった。
上面だけ表皮が削られやすりがけされている。
そこに腰を下ろすと手紙を読み始めた。
メカニア王国のあるアルバウィルディア地方は北方の地だ。
王国南部でも、この時期のこの時間、まだ手紙をなんとか読める程度には明るかった。
「ラルフ。お母さんが呼んでいるわ。今日はマリーが休んでいるから忙しいみたい。」
アリスの声がした。
ジェフリーが手紙から顔を上げるとアリスが店から出てきた。
「あら。ラルフ。もう十分じゃない。お願い厨房に行ってあげて。」
ラルフは頷くと店の方へ去って行った。
「ジェフリー?まだ読んでいるの?」
「いや、もう読み終わったよ。」
「隣、いい?」
「いいよ。」
「もう、疲れたわ。」
アリスがジェフリーの横に腰掛けた。
「いいのかい?」
「ちょっとくらいいいわ。ラルフが行ってくれたし。」
忙しいからラルフは呼ばれたんじゃないのか?
ジェフリーは少し疑問に思ったが黙っていた。
「マリーの調子が悪いのかい?」
「大したことないわ。明日には仕事に戻ると思う。」
「そうか。」
「手紙、何て書いてあったの?」
「あぁ。」
「ごめんさい!差し支えなければ、よ!」
「構わないさ。父親の衰えがひどくなってきたようでな。叔父が知らせてきたんだ。」
「ジェフリーは北部に帰ってしまうの?」
「いいや。まだ当面、帰るつもりはないね。」
「そうなの?」
「あぁ。叔父は帰って来いと言うが、父親はまだ俺に当主の座を譲る気はないよ。本人は衰えの自覚がないからな。帰っても追い出されるだけさ。」
「やっぱり、ジェフリーはいつか貴族の娘さんと結婚するの?」
「なんだって?」
「だって、あなた、男爵の息子なんでしょ?」
「うちは男爵家と言っても一代称号だからな。」
「一代称号?」
アリスは物書き、計算はできるし、食堂で多くの客と会話するから知識もある。
とは言え、貴族の話となるとよくわからないらしい。
「まぁ、俺が貴族の令嬢と結婚することはないだろうな。結婚するとしたら自由民の家からさ。」
「そうなの?」
ジェフリーは思わず、アリスの顔を見た。
声が少し上ずっていた。
もし、もう少し明るい時間であれば、顔色が赤くなったことも知覚できたかもしれない。
「そう言えば!」
「?」
「あなた、干し肉を頼まないじゃない!」
「あぁ。」
「あぁ、じゃないわよ。もう干し肉も燻製も買ってあるし、酢漬けも多めに漬けているのよ!」
「あなた、本当はどれも好きじゃないでしょ?」
「そんなことないさ。」
「嘘!あなたはわかりやすいのよね。」
「参った。干し肉は苦手だ。」
「もう!」
「どうして、干し肉は苦手なの?」
暫く、ジェフリーは空を見上げていたが、ぽつりと答えた。
「少し、長くなるよ?」
「いいわ。聞いてあげるわ。」