第12話 また明日な
しばらく重い空気が病室を支配したが、その空気を吹き飛ばしたのは優だった。
「そういや、ひなた。その花束私へのお見舞い?」
わざとらしいほど明るい声で優は聞く。そこでやっと右手に持ってきた花束の存在を思い出す。
「あっ、ああ。フルーツは高くて手が届かないからな」
そう言いながら緋那は優に花束を渡す。
「薔薇の花束だ。可愛い。私薔薇好きなんだよね」
嬉しそうに抱きしめて優は花の匂いを嗅ぐ。普段はその動作が大袈裟なぐらいに動く彼女の動きは控えめだった。それが緋那の不安感を煽る。夢の様に優は自分の前から消えないよな。焦燥感が体を駆け巡る。しかし、いつまでもこの雰囲気を自分だけが引きずるわけにはいかない。
緋那は小さく深呼吸をした。
「薔薇が好きなんてそんなこと言ってたか? 前は向日葵が好きって言ってただろ」
普段通りの声を出せる様に努めたが微かに声が震える。きっと優も気づいたはずだ。しかし優はそれを気付かなかったふりをして答えてくれた。
「夏の好きな花が向日葵! 季節ごとに好きな花があるの」
楽しそうに笑いながらそう答える優は全くいつもと違わない。普段は我儘三昧で緋那に迷惑をかけるのはライフワークとまで言っていた優だが、こういう雰囲気を察するのは上手い。そして自分を偽る事も。
叶わないなと思いながら緋那は息を吐く。
「そんなに花に詳しかったか?」
「あれ? ひなた知らなかったっけ? 優花の家が花屋さんでよく花の話聞いてたから詳しくなったんだよ」
「マジか、安東と花とか似合わないな」
微かに笑いながら答える緋那に優は嬉しそうににっこりと笑う。
「ひなた、ひどっ。優花に言ったら口でボコられるよ!」
「あいつ、本当に口が悪いよな」
「それが優花のいいところだよ?」
「いや、意味がわからん」
徐々に普段の調子に戻ってきた緋那。しばらく、そんなたわいのない話をした。優へと繋がっている検査用のコードや点滴は見ないふりをして。
しばらくすると控えめに扉の叩く音が聞こえ、看護師が部屋に入ってくる。
「失礼します。点滴の確認させていただきますね。......あら? 面会中でしたか。すぐ終わりますからね」
看護師は緋那に気づくと微笑みながら気を遣って教えてくれる。そして慣れたように点滴と検査用の機械を確認すると看護師は礼をして病室から出ていった。
「いい看護師さんだな」
「先生もいい人だよっ。原因がわかんなくて謝ってくれたしすごい親身になってくれるの」
「しばらくは入院か?」
「そうみたい。これでもう高校3年間無遅刻無欠席の目標は達成できないなぁ」
少し寂しそうにいう優に緋那は何も言えない。
「お前の代わりに俺がその目標受け継ぐわ。優はまず、治すことだけを考えろ」
「原因もわかんないのに?」
「お前の破茶滅茶さに病気も逃げ出すだろ」
「あはは。ひなたの発言が破茶滅茶だよ」
徐々に病室の窓かは西陽が差し込んできて眩しい。ついていたテレビが夕方のワイドショーに変わろうとしている。そろそろ面会は終わりの時間だ。
「とりあえず、先生の言う事ちゃんと聞けよ。俺も来れる限り面会にくるからさ」
「わー、ひなた過保護の保護者みたい」
「同い年の保護対象者は持ちたくない」
そう言いながら緋那は優の頭に手を乗せる。そして乱雑に髪をかき混ぜた。
「元気になるのを学校で待ってるからな。安東達とも多分面会に来る事にもなりそうだな。病室でうるさくしない様に気をつけないといけないな」
「あはは。ひなたと優花仲悪いもんねー」
楽しそうに優は笑う。昨日の夢のせいか今日は優から離れがたく感じる。しかし時間は刻一刻と迫ってくる。
「そろそろ俺は帰るな、また明日」
緋那はそう言い、優の頭から手を離す。また明日の言葉に優の顔がぱぁーと輝く。病院から出れない彼女にとってあしたの約束は嬉しいのだろう。そう当たりをつけ、緋那はじゃぁなと挨拶し、病室を後にした。
♢♢♢♢
ゴールデンウィーク明けの学校。教室は友達同士で話す声で賑わっていた。朝の予鈴がなり、クラスメイトが席につき、ざわつきが少し小さくなる。本鈴と共に担任が教室に入ってきた。朝の朝礼が始まる。担任の口から優の入院による長期休みが生徒に伝えられた。その瞬間、ざわつきが大きく広がりクラスメイトの視線を緋那は一心に感じた。特に優花からの視線の鋭さに冷や汗をかく。
これは休み時間は質問攻めかと緋那は覚悟を決めた。
そして、最初の休み時間。
緋那の机の横に仁王立ちで立ちながら優花は緋那を睨みつける。
「優が入院したってどう言う事?」
「どう言うことってその通りだろ」
「なんで、アンタだけ知ってるのか聞いてるの! もうお見舞い行ったわけ?」
緋那が知っていて自分が知らないことが優花は気に入らなかったらしい。
「優の母親から連絡があったんだ。お前の連絡先なんて知らないんだから、俺が知らせられるわけないだろ」
緋那の正論に優花は悔しそうに唇を噛む。そして1番聞きたかったであろう事を聞いてきた。
「優は元気なの?」
「ああ、昨日も会ったけど元気だったぞ」
「そっか、それならよかった」
安堵した様子の優花に緋那はしばらく悩んでから口を開く。
「今日も見舞いに行く予定だけど、一緒に行くか?」
「......うん」
優花にしては素直に頷き、本日の放課後の予定が決まった。