第11話 病室の中は
5月8日。優の母親より病院から面会の許可が出たと連絡があった。病院に向かう途中の花屋で花束を買うか迷う。前回はフルーツの盛り合わせを優が所望したからだ。しかし倒れた人間に食べ物の差し入れはなんとなくしづらい。迷った末、店員に依頼して、小さな可愛い花束を購入した。花束のメインに使用されているバラが元気に咲き誇っており、どこか優を思い出させた。
病院へと向かいながらも緋那は優に会う事に後ろめたさを感じていた。5月5日の悪夢が緋那の頭の片隅から消えない。入院している優に対してなんて夢を見たんだ。あの悪夢を見た日からそんな罪悪感が緋那を支配していた。
病院に向かう途中に、夢で見た交差点を通る。その交差点に差し掛かった瞬間に、緋那の足は怯んだ。
あれは夢だ、現実じゃない。心の中でそう唱える。その時、横を黒猫が通過していった。
「ーーっ!!」
交差点に黒猫。悪夢の内容がフラッシュバックする。ヒュッと喉の奥から音が鳴る。
周りを歩く人々が突然立ち止まった緋那を訝しげに見る。しかし今の緋那はそんな周りの目も気にすることができない。
息が上手くできない。拳を握りしめようとした際に、自分が花束を持っている事に気づく。そこで意識がはっきりと現実に戻る。
優は交通事故にはあっていない。倒れて病院という何かあった時に1番安心できる場所にいる。それを思い出すと息の詰まりが解消し、新鮮な空気が肺に入ってくる。
その場で何度か呼吸をし、息を整える。そして、自分の頬を平手で打つ。
「よしっ、行くか」
そして今度こそ優の入院している病院に向かったのだった。
♢♢♢♢
優の入院している病室の前に着くと、緋那は一度深呼吸をした。そして、扉をノックする。何時ぞやと同じ様に元気な声が中から聞こえてきた。
緋那は息を吐き、扉を開けると病室の中へと入る。
そして、言葉を失う。
ベッドの上にいた優には様々な検査用と思われる管が付いており、その様子があまりにも非日常的で緋那は何も言えない。
「ひなた、待ってたよ! 退屈してたんだ」
普段のように元気に優は緋那に笑いかける。その様子がさらに優の体から伸びる様々なコードの異質性を際立たせた。
「だっ......大丈夫なのか?」
口が乾燥して、上手く言葉が出ない。以前入院したときの様な普段通りの軽快な会話なんて出来ない。あの時は何故あんなにもいつも通りでいられたのだろうか? 緋那は自問自答する。
「大丈夫だよ。見た目はまぁ......こんなんだけど」
優は変わらずにニコニコと笑っている。しかしその体はゴールデンウィーク前にあった時と比べて少し痩せている様に感じる。何も言葉を発せない緋那に優は手を振る。その際に点滴のチューブが一緒に揺れた。
「おーい、ひなた? どうしたの?」
不思議そうに優が緋那を見ている。両手を振っているがベッドから降りる様子はない。よく見るとベッドに体を起こしているのではなく、ベッドのギャッチを上げて体をもたれさせる様にして座っていた。それだけ体力が落ちたのだろう。
「......悪い」
やっと自分がほとんど言葉を発していない事を自覚した緋那が優の方へと近づく。
一歩近づくごとに、消毒の匂いと、優の体に繋がっている機械のピッピッという音が病室内に響く。
「思った以上に本格的に通常時の検査をしてたから驚いて」
緋那は彼女の母親から2日ほど絶食状態で脳の状態や体のバイタルの確認をしており、今日からは通常時の物を確認すると聞いていた。入院してからは倒れる事もない為、医者も原因がわからず頭を抱えているそうだ。
「あー、いっぱい何か生えてる様に見えるよね。私は元気なのにさ。そーいやさ、ひなた。私昨日変な夢を見てさー」
笑いながら優は語る。それは緋那の呼吸を止めるには十分な内容だった。
「なんかさ、ひなたと話てたら猫が交差点に飛び出して、私が助けてトラックに轢かれる夢! なんかすっごく生々しくて起きたらまず自分の心臓が動いてるから確かめちゃったよね」
おどけた様にいう優に緋那は何も言えない。優は変な夢を見たなと笑い飛ばされるのを待っている。長い付き合いからそれはわかった。しかし、同じ様な夢を見た緋那は何も言えない。
「あれ? ひなた? やっぱり病院に入院してるのにこれは不謹慎だった?」
優が緋那の目を覗き込みながら聞いてくる。緋那は拳を握りしめる。爪が皮膚に食い込む感覚がする。少し冷静になった緋那は優にバレない様に息を吐く。
「いや、俺も似た様な夢見たからびっくりしてさ。夢占いあるよな、轢かれるのってどんな意味だったっけ?」
平静を装いながら緋那はスマホを取り出す。
「調べなくていいよ、ひなた。これでよくない結果だったらなんか嫌だ」
「あ、そうだな。悪い」
優の言葉に緋那は罰が悪そうに窓の外を見ながらスマホをポケットにしまった。
なんとも言えない空気がその場に流れた。