第36話 クリスマス
フードコートで時間を潰した緋那は、コーヒーを飲み干すと席を立った。ゴミを片付けると病院へと向かった。
ショッピングモールから病院まではそこそこの距離がある。店の外に出ると、冷たい風が吹き抜ける。思わず体がブルリと震えた。
プレゼントの入った紙袋を肘にかけると、緋那は迷わずに両手をポケットの中に入れる。
マフラーを持ってくるべきだったなと緋那は後悔した。冷たい風が吹き抜けていき、耳が痛い。
ショッピングモール付近はカップルや親子が沢山いたが、病院に近付くにつれて、人気は減っていく。
まあ、そうだよなと思いながら、人波に逆らうように歩いていく。
まだライトアップされていない、クリスマスのイルミネーションの電球をなんとなく見ながら緋那は歩く。
去年のクリスマスは今年も優に振り回されて歩き回るんだろうなと考えていたことを思い出す。
まだ元気に駆け回っていた優も一緒に思い出す。あの時は、優が長期入院することになるとは思いもしなかったなと昔を少し懐かしむ。
しかし、すぐに今の優にこの考えは失礼だと自分に喝を入れた。
その時、視界の隅を白い何かが横切った気がした。緋那は釣られるように上を向く。
空からはふわふわと白い結晶が降って来ていた。
「雪......ホワイトクリスマスかよ」
緋那は思わず悪態をついてしまう。こんな状態で優にクリスマスプレゼントを持っていったら、また揶揄われるのが目に見えている。
それにしても、雪が降りそうだったから寒かったのかと緋那は遅れて納得した。
もう、優の反応は気にしないことにした。気にしてたら何もできないことを今までの人生で学んでいたことを思い出したからだ。
無になろうと思いながらも、寒さから自然と病院に向かう足は速くなった。
病院に着くと、入口の前で微かに積もった雪を払い落としてから中に入った。病院内は暖房が効いており、冷えた身体を暖めてくれる。
天国だなと思いながら、緋那はいつも通りにエレベーターに乗り、優の病室に向かった。
病室の前につくと、扉をノックする。最初の頃はノックの大きさも手探りだったが、もう慣れたものだ。
「はーい」
中から優の元気な声が聞こえてきたため、扉を開ける。病室に入ると、まず目に入ったのが、ベッドに座りながら窓の外を眺めている優だった。
誰が入って来たかは、窓ガラス越しに見えたのだろう。窓ガラス越しに優が一瞬手を振ったのが見えた。
しかし、緋那よりも外の雪を優先したようで振り返ろうとするそぶりがない。
緋那はため息をつき、いつも通り、ベッドの近くに置いてあるパイプ椅子に座った。
「おーい、優」
「んー?」
「聞いてるか?」
「うんうん」
「......プレゼントいらないなら持って帰るぞ」
「んー......ん?」
何を言っても上の空の状態で外を眺めている優に、緋那は少しだけ意地悪をすることにした。緋那に背中を向けている優に向かってプレゼントの入った大きめの紙袋を掲げる。
それまで、空返事をしていた優が、ん? と首を傾げた。
もう一言かと緋那は笑いを堪える。
「ご所望のクリスマスプレゼント買って来たけど、雪の方がいいなら持って帰るぞ」
少し顔がニヤニヤしている自覚はあった。しかし、珍しく優を手玉に取れると普段やられているからこそつい仕返しをしたくなってしまう。
優の肩がピクリと動き、ゆっくりと緋那の方に振り返る。
「クリスマス......プレゼント? えっ、ひなた本当に用意したの? 私のこと好きすぎじゃんか」
そして、紙袋を見ながらケラケラと笑う。顔色が良さそうなことに安堵するも、すぐに言われた言葉を反芻して、顔が熱くなるのを感じた。
「あっ、ひなた照れた」
笑いながら紙袋に手を伸ばして来た優に、緋那は思わず手を遠ざける。優の手は宙を切った。
「ひどい! 私へのプレゼントでしょ?」
「どこが酷いだ。せっかく買って来たのにその言い方はないだろう」
「別にいいじゃん、私とひなたの仲だし!」
「......」
それもその通りだと緋那は敗北感に囚われた。グッと一度紙袋を握る手に力を入れた後に、少し優から視線を逸らして、差し出す。
すぐに受け取る気配がした。チラリと優を確認して、紙袋を持ったのを確認して手を離す。
なんだか無性に照れくさい。優が変なことを言ったせいだと冷静になろうと緋那は努めた。
「うわあ、綺麗なお花だ」
「ソープフラワーだ。枯れないし、世話も必要ないからちょうどいいだろ」
嬉しそうな優に胸を撫で下ろして、緋那はぶっきらぼうに伝える。少し冷静になってきたことを自覚し、優の方を見る。
優はソープフラワーの入ったボックスを嬉しそうに掲げていろんな角度から見ている。
予想以上に気に入っている様子に思わず笑ってしまう。
保険として用意したもう一つは要らなかったかなと、気付かれないうちに回収するかと考える。
「あれ? もう一つある」
しかし、回収方法を思いつくより前に優が気付いてしまった。ソープフラワーをベッドについている机の上に置き、紙袋を漁る。
「おお、小さなテディベアだ。可愛い」
箱に入ったテディベアを取り出すと優は嬉しそうに開封する。手のひらサイズのテディベアを360度回転させながら見ている。
「ひなた、ありがとね!」
どこか幼さを感じさせる笑顔の優に緋那は笑う。そして、無意識に優の頭を撫でていた。
「ちょっ、ひなた、なにすんの!」
「あっ、悪い」
驚いた様子の優に慌てて手を離すが、自分でも何故そんな行動を取ったのかがわからず、しばらく優の頭を撫でた手をぼんやりと眺める。
ガタガタと窓ガラスを鳴らす音が聞こえて、思わず外を確認すると、先ほどまで待っていた雪が本格的に吹き、風により吹雪になりかけていた。窓の外は白以外の色を見つけるのが大変だ。
優も確認したようで、テディベアを抱き抱えながら緋那を見る。
「今日は帰った方がいいんじゃない?」
「だな、また明日来るわ」
このままだと家に帰れなくなる可能性も出て来た為、いつもより早いが帰ることにした。
「プレゼントありがとね! 大事にするよ」
「おう!」
笑顔で手を振る優に見送られながら、緋那は病室を後にする。帰宅するまで、これ以上酷くならないことを祈りながら、エレベーターへと向かった。