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第37話 大晦日

クリスマスの雪は夜になると止み、そこまで積もることはなかった。
 そして、気付けば大晦日。今年も今日で終わりだ。昨日のうちに病院に確認し、面会は問題ないということで緋那は今日の午後も優のお見舞いに行く予定だ。

 相変わらず、優とは会っているが、彼女の両親とは会えていない。看護師の人達ともあまり話はできていないが、昨日面会の確認をした時に、今まで優の彼氏だと思われていたことに愕然とした。
 すぐに幼馴染で妹みたいなものだと訂正した。どう見たら、恋人と勘違いするんだよと悪態を吐きかけたが、考えてみると毎日ほとんど欠かさずに見舞いに来てるから勘違いされたのだとすぐに納得はできた。
 しかし、解せはしなかった。

「なんなんだろうな、そんなに俺と優の関係はおかしいのか?」

 自室のベッドに座りながら緋那は考える。大晦日といっても、特にいつもと変わりない日だ。冬休みの宿題を午前中に少し片付け、優の面会の時間までボーッと過ごす。
 以前はこの静かな時間を求めてすらいた。静かに過ごそうとすると騒がしい優が押しかけてきたり、強引に外に呼び出されたりが日常茶飯事だったのだ。

 優が入院してから、そんな日常がガラリと変わった。
 優が隣にいるのが当たり前だった。まるで半身がなくなったかのような違和感を覚えた。

「そういえば、あいつの記憶の件はどうなったんだろうか」

 ほぼ毎日会っていたが、6月のあの一件以来、記憶に関して一切の違和感がない。
 記憶の欠落が進行しているのか緋那には全くわからない。

 本当に記憶を失っていないのか、繕っているのか、最初の方は緋那も考えていた。しかし、あまりにも違和感がなさすぎて、いつの間にか忘れてしまっていた。
 その事実に今更気付き、恐怖を覚える。

 結局、自分を安心させるためで、優のことは考えてなかったのではないかと不安になる。
 記憶なんて、いくらでも自分の都合のいいように脳が勝手に書き換得ることが可能だ。
 
 緋那はベッドから立ち上がる。これ以上考えてたら、さらに悪い方向に沈む。だから、考えるのをやめることにした。
 時計をチラリと確認する。そろそろ家を出る時間だ。

 緋那はハンガーにかけてあるコートとマフラーを手に取り着ていく。

「行くか」

 部屋の扉を開ける前に一度大きく深呼吸をして、緋那は自室を後にした。

 
 優の病室の前まで来た緋那は、自室を出た時と同様に深呼吸をしてから、扉をノックする。

「はいはーい」

 中からいつも通りの優の声が聞こえたと思った瞬間、盛大な咳払いが聞こえてきた。

「大丈夫か!?」

 緋那は心配になり、扉を開けて早歩きで病室に入ると、優が座っているベッドに近付く。
 優は口元に手を当てながら、咳払いを続けている。チラリと緋那を見ると目だけで笑ったのがわかった。

 机の上に水の入ったペットボトルがあったため、蓋を開けて渡すと、優は一口飲む。

「急に喋ったら、咽せちゃったよ。ありがとね、ひなた」

 優はペットボトルのキャップを緋那から受け取り、蓋をしめる。ふーと優は息を吐きながら、緋那に笑いかける。

「最近、喋るとすぐに息苦しくなるんだよね。やれやれだよー」
「大丈夫か?」
「んー、問題ないよ。だって、喋りたいから!」

 優は顔の横でピースサインを作る。緋那は記憶のことを聞く覚悟を決めて、病室まできた。
 しかし、今の優の状態から不安を煽るようなことはしたくなかった。緋那は問題の先送りを選んだ。

「お前、口から生まれたような奴だもんな」
「そうそう、喋らないと私じゃないからね!」

 顔色はいいが、喋るたびに優の息は切れていた。それでも笑顔で話す優が少し痛々しい。

「さっきの咳払いもね、少し息苦しいなぁって時にすると、少し楽になるんだよ」
「......あんまり、無理するなよ?」
「もー、大丈夫だよ、ひなたママ!」
「誰が、ママだ! 誰が!」

 普段通りのやり取りに緋那は無意識に息を吐く。大丈夫だ。何度自分に言い聞かせたかわからない単語をまた頭の中で呟く。
 優の病室は消毒の匂いがきつく感じる。本当に強いのか、そのイメージが強いため、消毒の匂いを感じるのかもはや緋那にはわからない。ただ、不安を煽る匂いであることだけが事実だった。

 不安から視線を優から動かす。
 キャビネットの上には緋那がクリスマスにプレゼントしたオレンジを基調としたソープフラワーのボックスとテディベアが飾ってある。
 緋那の視線に気付いた優が嬉しそうに笑う。

「お花、朝見て幸せな気分になったんだ。本当にありがとね、ひなた」
「気に入ってくれたなら、買ってきた甲斐があったよ」

 息切れしながら話す優を緋那は直視できない。最初に優の入院を聞いた時と一緒だ。現実だとなかなか受け入れられない。
 さらに話すほど息が切れている様子を見ると、自分は見舞いに来ない方がいいのではないかという不安すら湧いてくる。

 自分はどうすればいいのだろうかと緋那は考える。しかし、底なし沼のように思考が落ちていくだけで、答えは見つかる気がしない。
 結局、また明日も優の様子が心配で見舞いに来るんだろうなと思う。

「おーい、ひなた?」
「あっ、悪い」
「もおー、聞いてなかったの。明日、私の代わりに初詣でお参りお願いって話! これお賽銭!」

 そう言って、優はミニポーチを渡してきた。受け取るとジャラジャラと小銭がぶつかる音がした。

「5円玉9枚! 45円分入ってるから、よろしくね」

 語呂合わせかと思いながら、緋那は了承した。受け取ったミニポーチをポケットにしまう。

「わかった。願いは?」
「元気になりますように!」
「りょーかい」

 笑顔の優に緋那もつられて笑う。窓の外を見ると日が傾き、薄暗くなってきている。そろそろ面会時間の終わりだ。

「明日は、お参りしたら来るな。良いお年を」
「よろしくね! 良いお年を!」

 元気な優に見送られながら、緋那は病室を後にした。
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天国行きの切符作者:星川宙
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第37話 大晦日

クリスマスの雪は夜になると止み、そこまで積もることはなかった。
 そして、気付けば大晦日。今年も今日で終わりだ。昨日のうちに病院に確認し、面会は問題ないということで緋那は今日の午後も優のお見舞いに行く予定だ。

 相変わらず、優とは会っているが、彼女の両親とは会えていない。看護師の人達ともあまり話はできていないが、昨日面会の確認をした時に、今まで優の彼氏だと思われていたことに愕然とした。
 すぐに幼馴染で妹みたいなものだと訂正した。どう見たら、恋人と勘違いするんだよと悪態を吐きかけたが、考えてみると毎日ほとんど欠かさずに見舞いに来てるから勘違いされたのだとすぐに納得はできた。
 しかし、解せはしなかった。

「なんなんだろうな、そんなに俺と優の関係はおかしいのか?」

 自室のベッドに座りながら緋那は考える。大晦日といっても、特にいつもと変わりない日だ。冬休みの宿題を午前中に少し片付け、優の面会の時間までボーッと過ごす。
 以前はこの静かな時間を求めてすらいた。静かに過ごそうとすると騒がしい優が押しかけてきたり、強引に外に呼び出されたりが日常茶飯事だったのだ。

 優が入院してから、そんな日常がガラリと変わった。
 優が隣にいるのが当たり前だった。まるで半身がなくなったかのような違和感を覚えた。

「そういえば、あいつの記憶の件はどうなったんだろうか」

 ほぼ毎日会っていたが、6月のあの一件以来、記憶に関して一切の違和感がない。
 記憶の欠落が進行しているのか緋那には全くわからない。

 本当に記憶を失っていないのか、繕っているのか、最初の方は緋那も考えていた。しかし、あまりにも違和感がなさすぎて、いつの間にか忘れてしまっていた。
 その事実に今更気付き、恐怖を覚える。

 結局、自分を安心させるためで、優のことは考えてなかったのではないかと不安になる。
 記憶なんて、いくらでも自分の都合のいいように脳が勝手に書き換得ることが可能だ。
 
 緋那はベッドから立ち上がる。これ以上考えてたら、さらに悪い方向に沈む。だから、考えるのをやめることにした。
 時計をチラリと確認する。そろそろ家を出る時間だ。

 緋那はハンガーにかけてあるコートとマフラーを手に取り着ていく。

「行くか」

 部屋の扉を開ける前に一度大きく深呼吸をして、緋那は自室を後にした。

 
 優の病室の前まで来た緋那は、自室を出た時と同様に深呼吸をしてから、扉をノックする。

「はいはーい」

 中からいつも通りの優の声が聞こえたと思った瞬間、盛大な咳払いが聞こえてきた。

「大丈夫か!?」

 緋那は心配になり、扉を開けて早歩きで病室に入ると、優が座っているベッドに近付く。
 優は口元に手を当てながら、咳払いを続けている。チラリと緋那を見ると目だけで笑ったのがわかった。

 机の上に水の入ったペットボトルがあったため、蓋を開けて渡すと、優は一口飲む。

「急に喋ったら、咽せちゃったよ。ありがとね、ひなた」

 優はペットボトルのキャップを緋那から受け取り、蓋をしめる。ふーと優は息を吐きながら、緋那に笑いかける。

「最近、喋るとすぐに息苦しくなるんだよね。やれやれだよー」
「大丈夫か?」
「んー、問題ないよ。だって、喋りたいから!」

 優は顔の横でピースサインを作る。緋那は記憶のことを聞く覚悟を決めて、病室まできた。
 しかし、今の優の状態から不安を煽るようなことはしたくなかった。緋那は問題の先送りを選んだ。

「お前、口から生まれたような奴だもんな」
「そうそう、喋らないと私じゃないからね!」

 顔色はいいが、喋るたびに優の息は切れていた。それでも笑顔で話す優が少し痛々しい。

「さっきの咳払いもね、少し息苦しいなぁって時にすると、少し楽になるんだよ」
「......あんまり、無理するなよ?」
「もー、大丈夫だよ、ひなたママ!」
「誰が、ママだ! 誰が!」

 普段通りのやり取りに緋那は無意識に息を吐く。大丈夫だ。何度自分に言い聞かせたかわからない単語をまた頭の中で呟く。
 優の病室は消毒の匂いがきつく感じる。本当に強いのか、そのイメージが強いため、消毒の匂いを感じるのかもはや緋那にはわからない。ただ、不安を煽る匂いであることだけが事実だった。

 不安から視線を優から動かす。
 キャビネットの上には緋那がクリスマスにプレゼントしたオレンジを基調としたソープフラワーのボックスとテディベアが飾ってある。
 緋那の視線に気付いた優が嬉しそうに笑う。

「お花、朝見て幸せな気分になったんだ。本当にありがとね、ひなた」
「気に入ってくれたなら、買ってきた甲斐があったよ」

 息切れしながら話す優を緋那は直視できない。最初に優の入院を聞いた時と一緒だ。現実だとなかなか受け入れられない。
 さらに話すほど息が切れている様子を見ると、自分は見舞いに来ない方がいいのではないかという不安すら湧いてくる。

 自分はどうすればいいのだろうかと緋那は考える。しかし、底なし沼のように思考が落ちていくだけで、答えは見つかる気がしない。
 結局、また明日も優の様子が心配で見舞いに来るんだろうなと思う。

「おーい、ひなた?」
「あっ、悪い」
「もおー、聞いてなかったの。明日、私の代わりに初詣でお参りお願いって話! これお賽銭!」

 そう言って、優はミニポーチを渡してきた。受け取るとジャラジャラと小銭がぶつかる音がした。

「5円玉9枚! 45円分入ってるから、よろしくね」

 語呂合わせかと思いながら、緋那は了承した。受け取ったミニポーチをポケットにしまう。

「わかった。願いは?」
「元気になりますように!」
「りょーかい」

 笑顔の優に緋那もつられて笑う。窓の外を見ると日が傾き、薄暗くなってきている。そろそろ面会時間の終わりだ。

「明日は、お参りしたら来るな。良いお年を」
「よろしくね! 良いお年を!」

 元気な優に見送られながら、緋那は病室を後にした。
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