第38話 正月
家に帰ると、ポケットから優に頼まれたお賽銭の入ったミニポーチを机の上に置く。明日は忘れないようにいつもの神社に初詣に行かないとなと口元が緩む。
お賽銭の45円。テレビか何かで、始終ご縁がありますようにと縁起がいいと言ってるのを聞いてから、優のお賽銭はずっとこの金額だ。
懐かしいなと緋那は笑う。
家族全員で、夕飯にすき焼きを食べて家族でテレビを見ながら年越しをする。
例年通りの年越しを終えると、緋那は自室に戻りベッドに横になった。
去年は優に引きずられるように近所の神社へと初詣に日付が変わってすぐに行っていた。しかし、わざわざ混む時間に行くのはめんどくさいと思っていた緋那は初詣は起きて、見舞いに行く前にと決めていた。
ポーチを優に返すついでに、病気平癒のお守りも買うかと考える。
明日の予定を考えているうちに、気付いたら緋那の意識は途切れていた。
◇◇◇◇
新年の朝といっても、特に変わり映えはしない。
母親の作ったおせち料理を食べながら、家族でのんびりと過ごす。
「緋那、今日も優ちゃんのところに行くの?」
「そのつもりだけど、なんかあった?」
朝食の片付けを手伝っていると、母親から尋ねられる。
「別に、何もないよ。優ちゃんは元気?」
「出来ることは減ってるけど、相変わらずよく喋る」
「そっか。優ちゃんによろしくね」
「おおー、伝えとく」
母親は洗い物が終わると、ソファに座り、テレビを見る。その隣では父が新聞を読んでいた。
なんとなく、リビングへ居づらさを感じた緋那はそのまま部屋に戻った。
部屋に戻りスマホを見ると、何人からか新年の挨拶が届いていたため、返信する。
時計を確認し、そろそろ行くかと神社に行く準備をする。午前中に参拝をした方がいいと何かで聞いたことがあった気がしたのを思い出したのだ。
緋那はコートとマフラーを手早く着ると、昨日机に置いた優から預かったお賽銭の入ったミニポーチを鞄にしまう。
昼食は適当に外で取ると伝えると、緋那は家を出た。
近所の神社は徒歩10分ほどで着く、そこそこ大きな神社だ。駐車場には屋台が並んでおり、賑わっている。
「思ったより、混んでるな」
境内には参拝待ちの列ができている。緋那は最後尾に並ぶ。列には友達同士やカップル、家族連れと複数人で来てる人が多く、少し肩身が狭い。
並んでいると、パチパチとお焚き上げの火の粉の音や、参拝客の声が聞こえてくる。
冷たい風が緋那の身体を吹き抜け、思わず体が震える。なかなか進まない列にポケットに手を突っ込み、その場で足踏みしながら、進むのを待つ。
賑やかな声に、去年は自分もその中の1人だったんだよなと列に並びながらひたすら喋りまくっていた優を思い出して笑う。
記憶の中にはいつでも優が隣にいるなと緋那は不意に気付いた。
そんな事を考えるといつの間にか参拝の順番が近付いてきていた。緋那は慌てて鞄から優から預かっているお賽銭と自分の財布を出す。
準備を終えると丁度、緋那の番になった。まずは自分の賽銭をいれて、お参りする。そして、次に優から預かったミニポーチからお賽銭を出し、優の代わりに神に祈る。自分の時よりも緋那は真剣にお参りした。
参拝が終わると、授与所により病気平癒のお守りを無事に手に入れる。お守りを大切に鞄にしまうと、適当に屋台で食べ物を買い、昼食を済ます。
予想よりも並んだこともあり、そろそろ神社を出るといつもの見舞いの時間になりそうだなと時計を確認しながら緋那は思った。
もう一度、お守りを入れた鞄を押さえると、緋那は通い慣れた病院へと歩を進めた。
お正月だからか、病院の玄関には門松としめ縄が飾ってある。
いつもと違う様子に、少し非日常感を覚えながら、優の病室へと向かう。途中で通ったナースステーションにも鏡餅のオブジェが飾られており、入院患者もお正月気分が味わえるように工夫されている。
こんなことやってたんだなと正月に病院を訪れることのない緋那は感心しながら通り過ぎる。
いつも通り、優の病室の前に着くと扉をノックした。
「ほーい」
中から返事が聞こえた為、緋那は扉を開けた。
「よっ、あけましておめでとう」
「あけおめ、ことよろ!」
ベッドに座り、優は元気にピースサインをした。
「ひなた! ちゃんと私の代わりに初詣行ってくれた!?」
「ああ、これ返すな」
少し息切れを起こしながらも喋る優に少し呆れながら空になったミニポーチを返却する。それからと、紙袋に入ったお守りも鞄から取り出して渡す。
「ん? 何これ? お年玉?」
「なんでお年玉になるんだよ。お守り! 早く良くなりますようにって」
受け取った優は不思議そうに眺めるもお守りだと伝えると嬉しそうに笑った。
「ありがとう、ひなた! 肌身離さず持って早く治るように願掛けするよ!」
優の言う願掛けという言葉に若干引っかかりながらも緋那は笑顔を返した。
優は息を切らしながらも、大晦日に出た夜ごはんや今日の朝ごはんの話を楽しそうにする。
緋那は時々、優の調子を伺いながらも聞き手に徹した。
「でさー......っと、そろそろひなた帰る時間?」
話している途中で優が気付いたように声を上げる。時計を確認するともうすぐ面会時間が終わる時間だった。
緋那は慌てて鞄を持つ。
「悪りぃ、今日は帰るな! また明日!」
「......うん、また明日ね!」
一瞬、優の表情が暗くなったことに気付かず、緋那は優に手を振ると病室を後にした。