第33話 優と両親
殆ど、されるがままの検査が終わった。MRIやCTなど、様々な機械に入れられて、優は疲れていた。病室に戻り、看護師の手を借りて車椅子からベッドに移る。
横になると優は息を吐き、深呼吸をする。少しの動きで乱れた息をなんとか整えた。
「優ちゃん、大丈夫?」
「うん、ちょっと疲れちゃっただけ。......少し休んでも大丈夫かな?」
「そうだよね、大丈夫だよ。今日は診察もないから夕食の時間までゆっくり過ごしてね」
少し息を切らしながら優は看護師に確認する。ベッドに横になると壁に貼ってある注意書きが目に入った。
優は無意識にナースコールを手で探る。そして、案内を終え、病室から出ようとした看護師を呼び止めた。
「寝るなら、コール握ってたほうがいいかな?」
「そうだね、何があるかわからないから握ってて欲しいかな」
看護師は少し考え、注意書きを確認してから頷く。
「ありがと!」
優がお礼を伝えると、看護師は笑って今度こそ病室を出て行った。それを確認してから、優はゆっくりと瞳を閉じる。
疲れていたのか、すぐに優の意識は途切れた。
◇◇◇◇
優の意識が回復してから6日ほど経過した。目覚めた翌日の検査結果は異常がほとんどなく、根本的には何もわかっていないとノートに書いてあった。ただ筋力は落ちており、今後も出来ないことが増えていくだろうと言われたとも記されている。
「なんだろう、まるで夢みたいだけど......夢じゃないんだよね?」
自然と口から声が溢れる。そして、声を出すだけで少し息が切れたことに焦った。今まで、病気とは無縁の超優良児として有名だった。それが、今ではまるで病弱のようだ。
自分の足で歩けない、その事実も優は受け入れたくなかった。しかし無情にも、身体は正直だ。足に力が入らない以前に、足の感覚をあまり感じない。
優は泣きたくなった。知らない場所、知らない記憶、知らない身体と訳がわからない。私は本当に文月優なのかと不安になる。
午前中に両親が見舞いに来た。ノートを読んでいなかったら、両親かわからなかった可能性がある。その事実がとにかく恐ろしい。
「優。お医者さんが、明日から面会の限定を解除するって行ってたわ。緋那くんに連絡しても大丈夫?」
「......ひなた?」
母の口から緋那の名前が出て首を傾げる。そして、ハッとしてノートを開く。
最初の方のページを確認すると、緋那が毎日午後の決まった時間に見舞いにしていたと書かれている。関係が続いていることに優は安堵すると同時に怖くなる。
緋那は、優の知らない優を知っている。一緒に成長したはずなのにその記憶は優にだけない。
自分は緋那に会っていいのだろうか? と思ってしまう。
そんな優の考えがわかったのか、母はまっすぐに優を見つめる。
「どうしたいかは、優が決めていいからね。倒れるまで優は緋那くんには記憶の件を話してないの。でも、もう優は隠し通せないでしょ? 私は事実を話しても緋那くんは変わらないと思う。きっと悩んだりはしても、優の友達で居続けてくれる。私が、そう信じたいだけかもしれないけどね」
母は優の手を握った。握られた手は少し震えている。よく見ると、母の肩も震えていた。
「優が緋那くんに会いたいか、会いたくないかどっち? 確かに優の知っている緋那くんと比べると身長も伸びて、声も変わってる。それでも性格は優しいままよ」
母の後ろに控えていた父が、キャビネットの前に移動すると、1枚の冊子を取り机の上に置いた。
「これは、今年の8月に緋那くんと流星群を見に行った時の写真が入ってるアルバムだ」
父はそれだけ言うと、ベッドから少し離れてしまう。
優は恐る恐るアルバムを開く。そこには星空の元、楽しそうに空を見上げている優や、緋那とのツーショット、流星群の写真がたくさんあった。
「......私、楽しそう」
「楽しかったみたいよ? 帰ってきてから興奮して色々教えてくれたわ。緋那くんの運転する自転車に乗って、いつもの丘に行ったって」
母が微笑む。それは、優の知らない記憶だ。それでも心が温かい。
「ひなたに会いたいな......」
自然と優の口から言葉が溢れる。それを聞いた両親はお互いの顔を一度見合わせてから、優を見て破顔する。
母が優の頭を撫でる。
「うん。その素直な気持ちに従おう。緋那くんには記憶のこと私から話していい?」
「......ううん、私なら話す。私が話さないといけない気がするから」
「わかったわ。それなら、緋那くんには明日から面会許可が出たとだけ伝えるね?」
「ありがとう、お母さん」
優はお礼を言うと母の手のひらに頭を擦り付ける。
そして、明日のことを思う。
アルバムに映る成長した緋那は、知らない男性にも見える。それでも、どこか面影はあった。
記憶の話をするかは明日の自分に優は任せることにした。
どちらに転んでもきっと、緋那は受け入れてくれると何故か信じられた。
優は緋那との間に流れ星が映り込んでいるツーショット写真を見た。
この時、過去の自分は何を願ったのだろうか? 優は気になったがもう答えがわかることは一生ない。
ただ過去にあった記憶のない幸せな時間に、写真を見て少し嫉妬したのはきっと自分だけの記憶だと優は思った。