第9話 優ちゃんのお母さんみたい
桜の花が少し散り始めた4月6日、緋那と優は向ヶ丘高校の校門の前にいた。春の風が髪を靡かせ、気持ちがいい。校門の横にある入学式とデカデカと書かれた看板に優に引きずられるようにして緋那は隣に立つ。どちらもの両親がそれを微笑ましく見ながら、記念撮影をしていた。
「今日は記念すべき、ひなたに迷惑かける高校生活1日目だね!」
髪をお団子にした優は真新しい制服に着られているようにも見える。緋那をビシッとと指さし、宣言する。そこには1日の日に倒れたとは思えない元気な姿があった。
3日に退院のお祝いとしてショートケーキを持って優の家に訪れて時と同じ元気な優がいる。一度倒れたと聞いてから、なんだかんだ元気な姿を見て緋那は安心していた。しかし、耳に聞き捨てならない言葉が聞こえた為、いつものように言い返す。
「俺に迷惑かける事を前提にするなよ......」
クラス掲示を見るために並んで歩く。両親達はその様子を微笑ましそうに後ろからついてくる。優の両親は優を回収してくれと背後で楽しそうに話す両親達を恨めしそうに横目で見ながら優と話を続ける。
「俺は不名誉な優との6年間同クラスを今度こそ卒業すると決めているんだ!!」
「そんなこと言うと、また同じクラスになるフラグにしか聞こえないよー」
拳を握りしめながら宣言する緋那に優はクスクスと手を口元に当てて笑う。そしてクラス掲示されている昇降口に着くとクラス発表を確認する。
「おっ、フラグ回収だね! 同じクラスだよ、ひなた。これで1年迷惑かけ放題!」
「......マジかよ。嘘だといってくれ......」
そこには天国と地獄が待っていた。元気に喜ぶ優と絶望で落ち込む緋那。そんな2人の背後から元気な声が響く。
「ゆっーう! おはよー! 今年も同じクラスだね!」
そして声の主は元気に優に飛びついた。その様子に緋那は一瞬ギョッとしたが、優が緋那に向けて大丈夫と笑いかけた為、ほっと息をつく。倒れて異常がなかったとはいえまだ1週間も経っていない。原因も不明な為、何かあったらと緋那は自分でも気づかないうちにかなり優に対して過保護な考えを持ってしまっていた。
飛びついてきた少女、優花は緋那をみると、シッシッと手を振る。
「望月もいたの? 私が優と一緒に教室行くから1人で行きなさいな」
「はいはい」
優花の発言に慣れたようにため息をひとつ落とすと緋那は靴を履き替えるために昇降口から校舎に入ったのだった。
♢♢♢♢
1年3組。それが緋那達の1年間過ごす教室だった。黒板に掲示されている座席を確認し、緋那は荷物を置いて席に着く。周りを見渡すとすでにいくつかのグループに分かれて楽しそうに話している。中学3年間、優に振り回されていた緋那は男友達が少ない。学校は同じだが話したことのない生徒達もチラホラいるが、声を掛けづらく持ってきていた文庫本を鞄から取り出して読もうとした。
「ひなたー! 何、本読もうとしてるの? せっかくの新学期だよ。目指せ友達100人できるかな!」
緋那の読もうとした本を取り上げて優はニコニコと笑っている。その後ろでは緋那を睨むように優花がいた。
「安東と話せばいいだろ、俺はこの少しの平穏を満喫したいんだ」
「何いってんの? とうとう望月頭いかれた?」
「あはは。優花、ひなたがおかしいのは今に始まったことじゃないよ」
「おい、待て優! それだけはお前に言われたくはない」
緋那は本を読むのを諦めて、周りを気にしながら言葉の応酬をくり返す。しばらくすると1人の少女が3人の元にやってきた。
「おはよう、優花。望月くんと文月さんも」
同じクラスになった千春はすでにクラスで目立ち始めている3人に普通に近づくと声をかけた。
「あっ、千春おはよー。クラス一緒でよかったよ」
緋那との言い争いをやめて、優花は千春に抱きつこうとする。千春は慣れたように横によけて抱きつきを回避する。
「あっ、橘さんだったっけ? あの時はすみません」
千春の姿を見て、春休みにあった少女だと気づいた緋那は頭を下げる。
「千春ちゃん、私は優でいいよ! 苗字であまり呼ばれ慣れてない!」
笑顔で手を振りながら優は千春に近づく。そして人懐っこい笑みを浮かべ、千春の両手を握る。
「千春ちゃん、私とも仲良くしてね! 高校での記念すべき友達1号として!」
にゃははと笑いながら優は握った腕をブンブンと振る。握られた手の温かさに千春は笑いながら、困ったように緋那を見る。
「あー、本当にすまん、橘。優! 困ってるだろ、やめろ」
それを察して緋那が助け舟を出す。渋々と言うように優は千春から離れた。
「噂には聞いていたけど、本当に望月くんは優ちゃんのお母さんみたいだね」
「待って、橘さん。俺、それ1番言われたくないやつ」
ほぼ初対面の人間に怒ることもできず、緋那は項垂れた。その時チャイムが鳴り響き、これから1年間お世話になる担任の教師が教室に入ってくるとみんな慌てて席に戻り着席した。