第43話 8年前
8年前、2月29日、日曜日――。
優の誕生日にぴったりの天気のいい日だった。緋那はいつも通りの朝を迎えていた。
昼頃に、優のお祝いのために文月家に行くことは決まっている。斜向かいにある優の家には昼過ぎの1時頃に行く予定だ。
緋那はリビングのソファに座りながら昼食が出来るのをテレビを見ながら待っていた。
「緋那、お皿並べるの手伝って」
「今、テレビいいところだから、少し待ってて」
「もう」
母親の呆れたような声を聞きながらも緋那はテレビから目を離さない。
「まったく、緋那もあと1ヶ月したら、小学3年生でしょ」
「そうだけど、手伝わないっていってないじゃん。テレビのキリがついたらだって」
「私は、今手伝ってほしかったの」
「おーぼー」
「あら? 昼ご飯はいらないのね」
「そんなこと言ってない! 終わったから手伝うよ」
緋那はちょうどテレビがCMに入ったタイミングで立ち上がるとキッチンへと行く。
母はまだ皿を並べていなかった。
「母さん、まだ皿並べてないじゃん」
「今からやろうと思っていたのよ、代わりに頼んだ」
「絶対、そうなると思った!」
緋那は文句を言いながら皿を並べる。
「そういえば、優ちゃんへの誕生日プレゼントは用意したの?」
「したよ。1週間前からクラスでずっとうるさかったから。流石にね」
「あはは。優ちゃんらしいね。4年に1回しか本当の誕生日来ないから、気合い入ってるのよ」
「だとしても、うるさすぎた。平日だったらクラスメイト全員からプレゼント貰う勢いだったぞ」
「さすが、優ちゃん。その積極性を少しは緋那にも分けてほしいわ。完全な内弁慶なんだから」
呆れたようにフライパンを動かす母に緋那はばれないようにため息をはく。優みたいな人に迷惑をかける性格には絶対になりたくない。
優は用事が少しでもあると、遠慮なく家に突撃してくる。しかし、用がなければ近付いてこない。学校では優の保護者的な役割をさせられているが、学校外だとそこまで関わりが深いわけではない。それが緋那と優の関係だ。
有り体に言えば、緋那は優にいいように使われているのだ。それが、緋那の自由を奪っており、正直学校のない休日まで会いたくない。
しかし、幼馴染みで家も近所である以上、絶対に会わないのは無理だ。それに今日は4年に1回の誕生日、あの優のテンションは確実に高い。面倒だなと緋那は午後の予定についてすでに嫌になっていた。
「別に迷惑かけてないし、いいだろ」
「ま、そうなんだけどね」
母は笑いながら、料理の手は止めない。
「もう少し、周りとも仲良くなってほしい、親心なのよね」
「......どうせ、優に振り回されてそれどころじゃないから、変わらなくない?」
「逆に、優ちゃんの近くにいて、その社交性のなさがすごいと言った方がいい気がしてきたわ」
「いや、無理だって。優がひたすら喋るんだ。俺が口を挟む余裕すらないから」
「そうなのね、流石優ちゃん」
優を褒める母に、俺の苦労も知らないでと緋那は口をとがらせる。
そこからは話も変わり、優の話が終わったことで緋那は、ほっと息を吐くことが出来た。
昼食を食べ終えると、母に言われ片付けの手伝いをする。先程も思ったが、小2でここまで手伝っている男はそんなにいない気がする。年の離れた兄や姉はいつもそそくさと移動するから手伝いをやるのはいつも緋那だけだ。
また、兄と2人部屋で勉強の邪魔は出来ないと部屋に逃げられない。それも絶対、手伝いをさせられる理由になっていると緋那は悟っていた。
しかし、文句を言っても口で負けることは分かっている。だから、緋那は泣き寝入りするしかない。
片付けの手伝いが終わり、時計を確認する。約束の時間まであと15分ほどある。どうするかなと緋那はまた、ソファに沈み込む。
優の家に行くなら、長く見繕っても5分あれば着く。どうするかなとローテーブルに置いてあるリモコンを触る。
チャンネルを動かすも日曜日のお昼時だからか、何もやっていない。サブスクで何かを見ようかなとチャンネルを再度弄ろうとした瞬間に、家のインターホンが音を立てて鳴った。
「緋那、出てもらっていい? 今手が離せなくて!」
母親は夕食の仕込みをしており、確かに手が離せる様子ではなかった。緋那はソファから立ち上がるとインターホンのカメラを確認する。
「げっ......」
そこにはカメラに向けて、ピースサインをしている優がいた。緋那の口からは自然と言葉が漏れる。誕生日じゃなければ、スルーしたのにと思いながら通話ボタンを押す。
「約束の時間まで、まだあるよな?」
『プレゼントが待ちきれなくて! それと主役は少し外に出ててって、ママが! 盛大にサプライズしてくれるみたいなんだ! だから、時間つぶしに来たよ』
笑顔の優に緋那は言葉を失った。
――こいつ、時間つぶしに俺を使おうとしているぞ。
緋那は4年に1度の誕生日じゃなければ、怒り狂っただろうと思った。必死に、誕生日様だからと言い聞かせる。
『ひなた、まだー?』
お気楽な優はカメラをのぞき込みながら、催促をする。緋那は一度大きく息を吐く。
「少し待ってて、用意するから」
緋那はそう伝えて会話を切ると、部屋に向かい、コートと優への誕生日プレゼントを持つ。兄が何か言っていたが、無視だ。
階段を降りると、仕込みが終わった母が近付いてきた。
「誰だったの?」
「優が待ちきれずに、来たから行ってくる」
「あら、優ちゃん来てるなら、私もお祝いしようかしら」
笑いながら、母は収納扉を開けてラッピングした何かを取り出すと、玄関に向かっていった。緋那は慌ててそのあとを追う。これから騒がしくなるなと微かな頭痛を感じた気がした。