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第42話 いつから、オカンに?

 無理はしない主義という優の言葉を以前なら、緋那もその通りだと受け取れることが出来た。
 しかし、今はどうだ。緋那に隠れて無理をしていたことを知ってしまった。だから優本人はきっと本心で言っているとは分かっても、嘘に聞こえてしまう。

「ひなた、どうしたの?」

 黙ってしまった緋那に優が不安そうに尋ねる。

「いや、何でもない。悪いな」

 今の優にそれは関係ないことだ。緋那は頭を切り替えると笑いかけた。優は少し不服そうだ。

「ひなた、ベッドの頭上げてもらっていい? 少し体を起こしたい気分になってさ!」

 仰向けの状態でベッドに横になっている優が、顔だけを緋那に向けて頼む。
 すでに、優は腕や顔などを動かすことは出来るが、体を一人で起こすのは難しくなってきていた。

「わかった」

 緋那はベッドのギャッチを動かすリモコンを持つと、頭を上げる。頭部が45度ぐらいまで上がったところで、優は「ありがとう」と上げるのを制止した。

「ここまででいいのか?」
「うん、十分だよ! ひなた、そこの飲み物とってもらってもいい?」

 優は顎で、キャビネットに置いてあったストローのついた蓋付きのコップを指さす。緋那は頷くと、一度座っていたパイプ椅子から立ち上がり、コップをとるとまた戻る。

「支えいるか?」
「うん、ありがとう」

 そして、優の口元までストローを持って行き、コップも支える。優はストローに口をつけると、ゆっくりと中の水を飲む。
 しかし、数口飲んだところで、むせ込んだ。

「大丈夫か!?」

 緋那は、ベッドに備え付けの机にコップを置くと、むせ込んで丸くなった優の背中をさする。

「大丈夫! 声帯?が麻痺していて飲み物とか食べ物が、誤嚥? しやすいって言われてるんだ。ゆっくり飲んだけど、だめだったみたい」

 あははと優は力なく笑う。それに関しても、以前優に話されて、調べた。
 本来、呼吸するときは声帯が開き、飲食時は声帯が閉じて気道に入らないようになる仕組みが体にはある。
 しかし、優の声帯はその機能が麻痺しており、飲食時も声帯が閉じずに気道に入り誤嚥がしやすくなっている。
 どれだけ優自身が気をつけていても、完全に防ぐのは難しい。

「もお、ひなたは心配しすぎ。いつから、お母さんになったのさ」

 むせ込みが落ち着いた優が、深呼吸をしてから笑って緋那を見た。そして、現在まで言われ慣れている言葉を笑顔で言い放つ。
 お母さん扱いに、今までの緋那だったら、確実にキレて言い返していた。しかし、今の優の状況を考えると、なんともいえない。
 そもそも、優にとって緋那は10歳ほど年上の人間だ。そう考えるとお兄さん扱いでないのはやや不服だが、母親扱いも受け入れられた。

「俺は母親じゃないし、これぐらいみんな心配するだろ。変なこと言うなって」
「変じゃないし、看護師さんよりオカンだったよ?」
「待って、それは誰と比べてかでだいぶ、心へのダメージが違うぞ」
「ん? 聞きたい?」
「聞きたくない。マジでやめてください」

 笑う優に緋那は、若干冷や汗をかきながら答える。その様子を見て、優はさらに楽しそうだ。

「でもさ、ひなた」

 突然笑いを引っ込めた優は、真剣な表情で緋那を見た。外見年齢だけで見れば普通だが、精神年齢が小学校低学年の優がするには大人びた表情に、緋那は底知れない恐怖を覚える。

「な......なんだ?」

 緋那は言葉を詰まらせながら、なんとか返答する。不安にさせないと決めていたのにこのていたらくは何だと自分が許せない。
 しかし、そんな緋那の考えなど知らない優は、そのまま言葉を紡ぐ。

「私は、毎日忘れてるわけだけど、ひなたは大丈夫? 毎日私が同じ話してるとか、その話は聞き飽きたとかそういうのはない? ......ここに来るのひなたの負担になってない?」
「......いきなりどうしたんだ?」

 優らしくない不安げな言葉に緋那は変な表情になった。そんなことは一度も思ったことはない。緋那にとっては、なんであれ優に会えればそれでいいのだ。
 確かに似た話をされることもある。しかし、それでも内容や結論がすべて一緒のことはない。たとえ忘れられたとしても、緋那にとってはすでに優と会うことが重要なことだった。

 恋人ではないし、恋愛感情を優に持ったことすらない。妹のような誕生日だけで考えれば、年上の血の繋がらない家族。それが緋那にとってのすべてだった。
 家族に会いに来るのは普通のことだ。それが優には理解できないようだ。

「いや、看護師さんとの世間話で言われてさ。あっ、悪気があったわけじゃないんだよ? ひなたが毎日来てるけど話題が尽きないのがすごいねって」
「あー、なるほどな」

 優がそう言い出した理由が分かり、緋那はなんともいえなくなる。
 確かに、緋那と優は昔から親交があった。腐れ縁も赤ん坊の頃からだ。しかし、優と緋那の関係が一歩だけ進んだのは、優が8歳の誕生日の時に起きたとある事件からだったと不意に思い出した。

 だから、優も不思議なのだろう。仲はいいが毎日顔を合わせに来る関係だったのだろうかと。
 納得しながら、緋那は過去を思い出す。約8年前の2月29日。8歳の優と7歳の緋那の大冒険であり、すでに優の記憶からは欠落した過去についてを。
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天国行きの切符作者:星川宙
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第42話 いつから、オカンに?

 無理はしない主義という優の言葉を以前なら、緋那もその通りだと受け取れることが出来た。
 しかし、今はどうだ。緋那に隠れて無理をしていたことを知ってしまった。だから優本人はきっと本心で言っているとは分かっても、嘘に聞こえてしまう。

「ひなた、どうしたの?」

 黙ってしまった緋那に優が不安そうに尋ねる。

「いや、何でもない。悪いな」

 今の優にそれは関係ないことだ。緋那は頭を切り替えると笑いかけた。優は少し不服そうだ。

「ひなた、ベッドの頭上げてもらっていい? 少し体を起こしたい気分になってさ!」

 仰向けの状態でベッドに横になっている優が、顔だけを緋那に向けて頼む。
 すでに、優は腕や顔などを動かすことは出来るが、体を一人で起こすのは難しくなってきていた。

「わかった」

 緋那はベッドのギャッチを動かすリモコンを持つと、頭を上げる。頭部が45度ぐらいまで上がったところで、優は「ありがとう」と上げるのを制止した。

「ここまででいいのか?」
「うん、十分だよ! ひなた、そこの飲み物とってもらってもいい?」

 優は顎で、キャビネットに置いてあったストローのついた蓋付きのコップを指さす。緋那は頷くと、一度座っていたパイプ椅子から立ち上がり、コップをとるとまた戻る。

「支えいるか?」
「うん、ありがとう」

 そして、優の口元までストローを持って行き、コップも支える。優はストローに口をつけると、ゆっくりと中の水を飲む。
 しかし、数口飲んだところで、むせ込んだ。

「大丈夫か!?」

 緋那は、ベッドに備え付けの机にコップを置くと、むせ込んで丸くなった優の背中をさする。

「大丈夫! 声帯?が麻痺していて飲み物とか食べ物が、誤嚥? しやすいって言われてるんだ。ゆっくり飲んだけど、だめだったみたい」

 あははと優は力なく笑う。それに関しても、以前優に話されて、調べた。
 本来、呼吸するときは声帯が開き、飲食時は声帯が閉じて気道に入らないようになる仕組みが体にはある。
 しかし、優の声帯はその機能が麻痺しており、飲食時も声帯が閉じずに気道に入り誤嚥がしやすくなっている。
 どれだけ優自身が気をつけていても、完全に防ぐのは難しい。

「もお、ひなたは心配しすぎ。いつから、お母さんになったのさ」

 むせ込みが落ち着いた優が、深呼吸をしてから笑って緋那を見た。そして、現在まで言われ慣れている言葉を笑顔で言い放つ。
 お母さん扱いに、今までの緋那だったら、確実にキレて言い返していた。しかし、今の優の状況を考えると、なんともいえない。
 そもそも、優にとって緋那は10歳ほど年上の人間だ。そう考えるとお兄さん扱いでないのはやや不服だが、母親扱いも受け入れられた。

「俺は母親じゃないし、これぐらいみんな心配するだろ。変なこと言うなって」
「変じゃないし、看護師さんよりオカンだったよ?」
「待って、それは誰と比べてかでだいぶ、心へのダメージが違うぞ」
「ん? 聞きたい?」
「聞きたくない。マジでやめてください」

 笑う優に緋那は、若干冷や汗をかきながら答える。その様子を見て、優はさらに楽しそうだ。

「でもさ、ひなた」

 突然笑いを引っ込めた優は、真剣な表情で緋那を見た。外見年齢だけで見れば普通だが、精神年齢が小学校低学年の優がするには大人びた表情に、緋那は底知れない恐怖を覚える。

「な......なんだ?」

 緋那は言葉を詰まらせながら、なんとか返答する。不安にさせないと決めていたのにこのていたらくは何だと自分が許せない。
 しかし、そんな緋那の考えなど知らない優は、そのまま言葉を紡ぐ。

「私は、毎日忘れてるわけだけど、ひなたは大丈夫? 毎日私が同じ話してるとか、その話は聞き飽きたとかそういうのはない? ......ここに来るのひなたの負担になってない?」
「......いきなりどうしたんだ?」

 優らしくない不安げな言葉に緋那は変な表情になった。そんなことは一度も思ったことはない。緋那にとっては、なんであれ優に会えればそれでいいのだ。
 確かに似た話をされることもある。しかし、それでも内容や結論がすべて一緒のことはない。たとえ忘れられたとしても、緋那にとってはすでに優と会うことが重要なことだった。

 恋人ではないし、恋愛感情を優に持ったことすらない。妹のような誕生日だけで考えれば、年上の血の繋がらない家族。それが緋那にとってのすべてだった。
 家族に会いに来るのは普通のことだ。それが優には理解できないようだ。

「いや、看護師さんとの世間話で言われてさ。あっ、悪気があったわけじゃないんだよ? ひなたが毎日来てるけど話題が尽きないのがすごいねって」
「あー、なるほどな」

 優がそう言い出した理由が分かり、緋那はなんともいえなくなる。
 確かに、緋那と優は昔から親交があった。腐れ縁も赤ん坊の頃からだ。しかし、優と緋那の関係が一歩だけ進んだのは、優が8歳の誕生日の時に起きたとある事件からだったと不意に思い出した。

 だから、優も不思議なのだろう。仲はいいが毎日顔を合わせに来る関係だったのだろうかと。
 納得しながら、緋那は過去を思い出す。約8年前の2月29日。8歳の優と7歳の緋那の大冒険であり、すでに優の記憶からは欠落した過去についてを。
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天国行きの切符作者:星川宙
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