第41話 未来のひなた
優に忘れられてからも緋那は毎日病院に通った。
最初は手探りの状態だった。しかし、幼馴染みということもあり、緋那は優の性格を熟知していた。
1週間経過するともう、病室へ入ってまずはどうすればいいのかという記憶だけが子供の優の攻略方法を心得て、怯えられずに会話することがスムーズに出来るようになっていく。
しかし、優の記憶は依然として前日に対しては毎日欠落している。過去の記憶については欠落していたり、していなかったりと法則が一切わからない。
ただ、記憶が欠落していくその事実だけがあった。原因は未だにわかっていない。
気付けば、2月になっていた。
緋那はいつもと変わらず、放課後になると優のお見舞いに向かう。
今年は、閏年。優の本当の誕生日がある年だ。去年の誕生日付近からそのことに気付いた優は定期的にその事実を、周りに何度も伝えていた。
優の多い友人達も、今年は気合いを入れてお祝いすると楽しげにいっていたことを思い出す。
しかし、それは叶わない願いとなった。
優の記憶の欠落から、複数人が祝える状態ではない。そうなると病院の職員や両親、緋那がそれぞれのタイミングでお祝いすることになるのだろう。
誕生日を楽しみにしていた優を思うと少しやるせない気分になる。
考え事をしながら歩いていたためか、気付くと病院の前に到着していた。
優の誕生日に対して考えるのはそこで一度やめた。変に考えて、優と話しているときに表情へ出るのを防ぐためだ。
緋那は優の病室の前にまでたどり着くと、いつの通りに扉をノックした。
もちろん、優からの返答はない。そもそも、声帯の筋力も弱っており、大声を出すとすぐに息切れをしてしまう。だから朝食を運んでくる看護師に、朝一で大声を出さないように言われていると優が笑って言っていたのはいつだったか。
口から生まれたような優が言葉を封じ込められている。それを初めて聞いたときは、なかなかくるものがあった。
そして優本人からも以前、ノックをしたらゆっくりと扉を開けたら返事を待たずに入っていいと言われていたため、ノック後に静かに扉を開ける。
病室では優が静かにベッドに横になっていた。窓側に設置されているテレビを見ているようで、顔は見えない。
まずは、寝ていなかったことに緋那は安堵する。
一度、寝ている際に遭遇して退室しようとしたタイミングで、優が覚醒するという軽い事故が起きた。そのときの事は、思い出したくもない。悲惨だった出来事を思い出し、緋那の背中を冷や汗が伝う。
優はゆっくりと首だけを後ろに動かした。そして、緋那と目が合うと一瞬固まった。
「こんにちは、優。俺は高校生の望月緋那だ。見舞いに来たんだが、いいか?」
最初に必要な情報を伝えると、あからさまにほっとした表情を優は浮かべた。これで第一関門は突破だと緋那は安心する。
「へー、高校生のひなたは大きく育ったんだねぇ。先生やママの後ろにいたとは思えない」
優は緋那を物珍しそうにみながら口を開いた。あまりに聞き捨てならない言葉に緋那はピシリと固まる。
頭では優は幼稚園児や小学生と言い聞かせるも、ここ数年はネタにされていなかったため、緋那自身も忘れていた。
昔は引っ込み思案だった性格を緋那の感覚では久しぶり、優としては最近の出来事という時間の差が生まれているがために、掘り起こされた黒歴史だ。
「あっ、その様子だと昔過ぎて忘れていたとみた!ふふふ、黒歴史というやつですか?」
楽しそうに優がベッドから体を動かさずに揶揄う。緋那は動かない優と話している内容、そして話しながら息切れしていること様々なことが緋那は気になってしまう。
否定したいが、それによりさらに話をさせることになり、苦しい思いをさせるのではないかと不安になってしまう。
「おーい、未来のひなたくん? 無言になってどうしたの?」
優の中で、緋那は未来から来た人間となっている。そして優としてはその未来から来た設定はアニメみたいで気に入っているようだ。下手に不安にならないならそれでいいと緋那もその設定を受け入れていた。
「なんでもない、それよりも苦しくないか?」
「大丈夫! 体は使い方を覚えているみたいで無意識にセーブしてるみたいなんだ!」
緋那の疑問に優は笑いながら答える。確かに、最初の頃に比べると息は切れているが、苦しそうな様子は軽減していた。記憶はない、しかし体は学習している。そんなアンバランスさに緋那は何度言葉を失ったのだろうか。
笑っている優の痛々しさに毎回緋那はかける言葉を見つけられない。
受け入れるなよと言いたい。でも、受け入れざるを得ない状態だ。病気を変わってやることも出来ない。なのにそんな無責任なことを誰が言えようか、緋那は今日も敗北感を覚える。
それでも、表情には必死に出さないように気をつけた。
「そうか、無理はするなよ」
優の頭に、ポンッと手を乗せて撫でる。横になっているから、少し頭が撫でづらい。
優はされるがまま、緋那に頭を撫でられていた。
「もぉ、みんな無理するなって言うんだよ、私は無理しない主義なのに」
唇をとがらせながら優は不服そうにいった。