第27話 戦線の崩壊
優と流星群を見にいってから、時は進み9月も中旬に差し掛かってきた。唸るような暑さも少しずつなりをひそめてきたように思う。
緋那はいつも通り、優の見舞いの為に病院へ向かう。父親の一眼レフを持参するのも慣れてきた。流星群の写真で味を占めた優が、ことあるごとに写真をねだるようになったのだ。そして、A4サイズに印刷させて、病室に貼る。優の部屋はある意味でキャンパスのようになっていた。
今日はなんの写真を強請られるのかと考えながら、緋那は扉をノックする。いつもなら、すぐに返事があるのに今日はない。不思議に思いながらも、扉の前で少し待つ。
「あら? 今日も来てたの? 文月さんは今、診察中だから、もう少し待っててね」
「あっ、そうですか。ありがとうございます」
毎日見舞いに来ていた為、顔見知りになった看護師が理由を教えてくれる。緋那はお礼を言って、院内のコンビニで時間を潰そうとその場を離れた。
今まで、この時間に来て診察時間とブッキングしなかったのは運が良かったのかと納得しながら。
◇◇◇◇
優は主治医を前にして曖昧な笑顔を浮かべていた。
朝起きて、ノートを読んでいたタイミングで看護師が入ってきた。まだ、看護師の顔と名前が頭の中に入っていなかった。そして、寝起きで頭の回転が鈍かったため、優は初手を間違える。
その時、優にわかっていたのは記憶の欠落と入院していることだけだったので、ハッタリのしようもなかったのだが。
「えっと、おはようございます」
当たり障りのないように笑顔で挨拶する。すると、看護師が目を見開いた。それを見てすぐに優はやらかしたことに気付いた。この看護師とは仲がそこそこ良かったのだと遅れて把握する。しかし、相手が誰かわからない以上、優はどうしようもできない。今までの接し方を知らないのだから。
「......優ちゃん、何か隠してる? そのノート何?」
慌ててノートを隠すが、後の祭りだった。存在を見られている以上、もうどうしようもできない。
あははと笑いながら、優は心の中で白旗を振る。昨日までの自分は頑張って隠し通した。でもそれが今後もうまくいくかはわからない、優は机の上にノートを置く。
看護師は険しい顔をしながら、優に近づいてきた。そして、目でノートを見ていいか尋ねられ、優は頷く以外の選択肢がない。
「えっと......。多分、不可抗力的な?」
一応、優は言い訳を試みるも、ノートを読み進める看護師の表情がどんどん消える。優は覚悟を決めながらも、内心では過去の自分達を恨んだ。私の時に判明しなくても良かったのにとハンカチを噛み締めたい気分だ。
ノートを最後まで見終わった看護師が、机の上に戻す。そして、ベッドに座っている優に視線を合わせるようにして、少し屈む。そして、優しい笑顔を浮かべた。後ろめたさのある優にとってはその笑顔が怖く感じ、無意識に体の重心を後ろに移動させる。
自然と看護師の口元を見てしまう。何を言われるんだろうと、無意識に優は生唾を飲み込む。
「優ちゃん、ノートに書いてあることは一旦横に避けようか」
「......はい」
そこまで強い口調ではなかった。それでもどこか圧を感じるのは優が後ろめたいためなのだろうか。肩が少し震えそうになるのを必死に抑えた。
「今の優ちゃんはどこまでの記憶は確実にあると言える?」
「......中2の、春」
優は少し言い淀む。しかし、嘘をつくわけにはいかない。だから看護師から視線を逸らしながら答える。詳しい日付はわからないが、中2のクラス替えがあったことと桜が散って間もなかったことだけは覚えていた。だから、この認識は間違いないだろうと優は考えている。
それから少し、看護師と話をする。朝食を食べたら、主治医の診察、それから検査をすることになると説明された。両親には話がいくと聞いた時に少しだけ心が痛んだが、仕方がないことだと無理やり納得させた。
その後、運ばれてきた食事は味を感じなかった。ノートは読んでもいい、でも診察では嘘をつかないようにと約束した。
気が重いのはきっと、記憶はなくても罪悪感を感じているんだろうなと思う。
そして、迎えにきた看護師と午前中に主治医の診断を受けた。その後、さまざまな精密検査をして一度病室に戻る。気づけば、もう昼食の時間だった。食べたくないなぁと思いながらも心配をさせない為に、きちんと完食する。
すでに両親には連絡がいっている。どんな話をされたのかは優には伏せられている為、もうどうしようもできない。せめて、緋那にだけはバレないでいたいなとノートに毎日見舞いに来てると書いてあったのを思い出し、それだけを希望に考えることにした。
看護師の迎えが来るまで、優はノートに今日の出来事を書き記す。きっと、医師の話を聞いてまた書くんだろうなとぼんやりと考える。こればかりは、もうどうしようもできないから、諦めてね、未来の私。優はノートには書かずに心の中でエールを送った。
そして、時は巻き戻り、午後の診察。診察室に入ると、中には両親もいて優は気まずくて仕方がなかった。優は持ってきたノートを胸に抱きしめる。両親の辛そうな顔に何故過去の自分が隠す決断をしたのかが痛いほどわかる。ごめんねと内心でつい謝罪をしてしまう。
それから主治医から検査の結果を伝えられる。残念なことに検査結果はどこも異常なし。しかし、記憶の欠落という異変は起きている。原因が特定できないことを主治医から謝罪された。どうしようもないなと優は自分でも驚くほど冷静に受け入れていた。
「先生、記憶以外には問題ないんですよね」
「そうだね。でも、たまに体に力が入らないんだよね?」
「......そうみたいです」
自分の体のことなのに答えられない。優はもどかしさを感じる。それからも両親や主治医と話すが、どこか他人事のようにも感じてしまう。
ハリボテが剥がれてアベコベな人間になったみたいだ。優は真剣に話す3人を画面の向こうから眺めているような気分で見守る。
早く終わらせて、緋那と話したいなと無意識に思った。
◇◇◇◇
そろそろ診察は終わったかなと緋那はコンビニを出る。その際に、優の両親とすれ違った気がした。しかし、すぐに気のせいかと思い直す。いつも見舞いに来る時間帯で、最近会っていないからこの時間は来ないし、おじさんは仕事があるよなと勝手に納得した。
普段より30分ぐらい遅い時間になっていた。まあ、優の診察のせいだから仕方ないよなと、扉をノックする。すぐに優の返事があった。
「よお、優。体調どうだ?」
「いつも通り元気だよ! ひなたは老けた?」
「お前、言っていい言葉と悪い言葉があるの知ってるか?」
楽しそうな優の笑顔を見て、緋那は今日も大丈夫だと安心した。